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14.既視感【side ブルールージュ】

 

 二人の姿を見たとき、頭の中が真っ白になったのに胸だけはいやにざわついて、必死に平静を装った。


 本格的に栽培を始めることになるだろうコメの農作業に使える魔道具の取引にゴールドウイン伯爵家を訪れたとき、初めて来たはずなのにやけに既視感を覚えながら応接室に案内された。


 ゴールドウイン伯爵家は魔道具を開発し販売しており、様々な分野で役立つ魔道具を提供していると友人から聞いたことがあるのを思い出し、試しに麦の刈り取り魔道具を領民たちが購入するならば、と助成金を出したのが取引のきっかけだった。

 取引先の候補はいくつかあったが、アリアナとジェットの話を聞いて決めた。


 ゴールドウイン伯爵領の職人たちはこだわりをもって魔道具作りをしているらしく、使いやすいと我が領民たちにも評判だ。

 ジェットと話し、他にも何か良い魔道具が無いかと吟味する為ゴールドウイン伯爵家にやってきたのだが、初めて来たような感覚が無いのが不思議だった。


「では、こちらの魔道具の購入を領地に持ち帰り検討させていただきます。栽培面積は広くはありませんが、数台は購入できるかと思われます」

「ありがとうございます。職人たちも万全の体制で良き返事をお待ちしております」


 ひと通り商談が終えたところで、ふと応接室の窓から見える木に目がいった。


「あの木は……」

「ああ、あれはドングリの木ですね。放っておいたらいつの間にか大きくなりましてね。もう少ししたら小動物が実を食べに来るのでお茶会のネタにもなるのですよ」


 吸い寄せられるように窓のそばに行き、木を眺めてみる。


『やーい! ブルルの意気地なしー!』


 遠い記憶が蘇りそうになって息を呑んだ。と同時にそこにいるはずのない人物を見て息が止まりかけた。


 木の上にアリアナとグレイが並んで座っていたのだ。


「何か見えましたかな……──っあの、バカ息子……!!」


 グレイの父である伯爵がぎょっとして応接室から飛び出して行った。

 俺も何か言わなければ、と足を動かす。


 アリアナと伯爵令息であるグレイが幼馴染だというのは、あの歌劇デートのあと知ったことだ。

 だから気安く話していたのか、とどこかホッとしていたが、二人の関係が増々気になるようになった。

 だがアリアナはグレイ……というより、人間より植物を好むのでその辺りは信頼していた。


 それなのに、二人で木の上に登り密着しているのを見れば怒りより先に裏切られたショックが先に来た。

 ──俺にはそんなことを思う資格なんかないのに、自分のことは雲の上にでも放り投げてアリアナを募りたかった。


 グレイは魔法でひょいひょい降りてきて伯爵に殴られ連れて行かれ、アリアナは呆然として俺を見ている。


 危ない、とハラハラしながら見ている俺の気持ちもお構いなしに。


 ふと、また既視感をおぼえる。

 こんな光景が、いつかどこかであったような。


「きみはどうしてここに……」

「旦那様……? どうしてここに……」

「商談で来たんだ。向こうにジェットもいる」


 邸宅に目を向け、再び俺を見ているアリアナは迷子のような目をしていた。


「降りて来ないのか?」

「えっ、いや、あの……」


 戸惑うアリアナを見ていると、やはりどこか既視感がある。その謎を解明しようとして、俺は木に手を掛け登り始めた。


「えっ!? ちょ、旦那様、危ないですよ」


 慌てるアリアナを無視して上に登って行く。

 こんなことをしたのは幼少のとき以来だ。木に登る貴族なんて俺も大概なものかもしれない。


 登り終えてアリアナの隣に座る。案外息が上がるものだが彼女は戸惑ったように見ていた。


「木に登るなんて危険です」

「きみも登っていた」

「私は慣れていますから」

「……ここはきみの家ではないだろう?」


 アリアナはぐっと言葉に詰まり、服の裾をぎゅっと握った。


「申し訳ございません。独身気分で気軽に幼馴染の家に来たことは軽率でした」

「……なぜ、木の上に登っていたんだ?」


 普通の令嬢は木に登るなんてしない。夫人はもっとしないはずだ。だが彼女は普通の女性とは違う。それが新鮮でもあるが行動の理由が分からず目が離せない。


「ここに来ると、自分がどんな人間か再確認できるような気がするんです。

 大きくもなければ小さくもない。案外普通の人間なんだ、って」

「……普通の女性は木に登らないんじゃないか?」


 アリアナはぐっと言葉に詰まり唇を引き結ぶ。

 だが確かにここからだと、王城も大聖堂も小さく見える。


「もう、しませんから」


 気まずそうに目を逸らし、項垂れた。

 木の上に登るなんてアリアナらしいと思うし、気安い幼馴染の家に来ているのも咎めたいわけではない。

 アリアナとグレイの間に何もないことは分かっている。彼女の性格からすれば少なくとも人間と不貞などするはずがないことも。


 だが、二人が並んで笑っているのを見て目の奥がカッと熱くなり、頭の中が沸騰しそうになった。


 けれどそれを言えるはずもない。


 ──初夜に愛さないと言ったのは俺の方だ。

 今更人となりを知って、惹かれているなんて言ったら軽蔑されるだろう。


「最近悩んでいるように見えた。ここに来れば落ち着くなら来てもいいだろう。

 ゴールドウイン伯爵家に迷惑がかからないならば」


 ならばせめて、アリアナが憂うことがないようにしてやりたい。


「侯爵家にもドングリを植えるか」


 何年あればこれくらい大きくなるだろうか。


 大きくなる頃には、アリアナとの仲が改善されるだろうか。


 できることなら初夜からやり直したい。

 そう願わずにはいられない。


「そういうことを言うから、悩むんです」


 ぽつりと呟いた言葉に、「え」と声にならず口だけ動いた。


「でも、私は……決めました。もう悩みません」


 何だか嫌な予感がする。

 アリアナは慣れたようにひょいひょいと木を降りて行った。


「アリアナ……?」


 残された俺は木の上で呆然としていた。


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