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13.大きなどんぐりの木の上で

 

「よいしょっ、と」


 大きな幹に腰を下ろすと、風がさぁーっと流れていった。

 もう結婚したのだからはしたないのは分かってはいるけれど、お気に入りの場所なので許してほしい。


 ここはゴールドウイン伯爵家の庭にあるどんぐりの木の上だ。

 幼い頃から何かにつまずくとここに登って景色を眺めていた。

 勝手知ったる幼馴染みの家で、ゴールドウイン伯爵も好きに来ていいよ、と言って下さっている。

 とはいえ結婚してからは流石に、と思ったけれど煮詰まった私はどうしてもここに来たかった。

 裏庭にあるので周りから見え辛いのも幸いに、伯爵様に挨拶してこちらに来た。

 はしたないと言われるだろうけれど、ここからの景色は何事にも代えがたい魅力があるのだ。


 大きなどんぐりの木の上から見れば、王城も教会も大聖堂さえ目線の高さにあって、自分の大きさなんて決して大きくはないけれど小さくもないなと思えるから不思議だ。


 手を伸ばせばまだ緑色のどんぐり。やがて茶色になって落ちたものを小さな頃はポケットに沢山詰め込んで、グレイに投げて遊んでいたな。

 今そんなことをすれば社交界で何と噂されるやら。

 そんなことを考えて、ふ、と笑みがこぼれた。

 農地バンザイだった私が、社交界の心配をするなんて自分でもちょっと意外だった。


「私は……お飾り妻なのだから、……愛されないのだから、おとなしく領地に引っ込んで……」


 旦那様に愛する人がいるのなら、余計な揉め事が起こる前にその座を譲ろうと思っていた。

 愛する人が初恋の人で、見つからないなら手伝うこともやぶさかではなかった。


「最初の印象が最悪だったせいでその後が全て台無しよね」


 その点、植物は楽だ。

 愛情を与えれば与えただけ見返りがある。

 天候に左右されることもあるけれど、自分が手塩にかけて育てた分、応えてくれる。

 何も言わない、話すことも無いから、傷付けられる事も無い。


 誰かを愛することも無く、触れ合える温かみも無い。

 最初から求める事もできないから、何かを期待して裏切られることも無い。


 けれど、ブルルは違う。

 彼を愛しても、その心は別の女性のものだ。

 妻として大切にしてくれているけれど、それは義務からだ。

 それでいい。

 政略結婚だし、私は侯爵家の広大な農地があればそれでよかった。

 領民たちと汗水流して農作業したり、新しい特産を作ったり、観光地としても呼び込みしたりして、侯爵領の発展に尽くせればよかったのに。


「いつの間にか、それだけじゃだめになっちゃった」


 グリシーナ様やスカーレット様はブルルと腹を割って話し合え、と言っていた。

 けれど未だに怖くて話せない。

 ブルルが植物なら嫌われる事も無かったのに。

 ……愛される事も無かっただろうけど。


「あーー、もーー、ぐじゃぐじゃしたくないからここに来たのに!」


 ワシャワシャと頭を掻きたいけれど侍女に整えてもらった髪が乱れるのが嫌で挙げた手は空を彷徨い、それがまた私のもやもやを広げた。


「相変わらずここにいるんだな」


 深呼吸をして気持ちを落ち着けていると、下から声がした。


「なんだ、誰かと思ったらグレイじゃない」


 グレイはひょいひょい、と風の魔法を使いながら木を登って来る。

 魔法を使える人は限られているけれど、力もなにもいらないのズルいと思うわ。


「確かに目立たないとはいえ、周囲の目はどこにあるか分からないぞ」

「勝手知ったる幼馴染みの家に来ました、じゃだめかな」

「邪推する奴もいるだろう。結婚したんだから別の木を探せばいいだろうに」

「ここがいいのよ」


 考えごとをしたいのに、茶々を入れるだけならほっといてほしい。


「……うまくいってないのか?」

「すこぶる良好よ」

「じゃあ何でここに来たんだ」

「あーー、もう、うるさいわねぇ。一人になりたいんだから放っておいて」


 落ち着いて考えようにも横槍入れられたら集中できない。


「心配だろ。……幼馴染みとして」


 グレイは真剣な眼差しを向けてくる。

 今までの茶化すようなものではなくて、本当に心配してくれている目だ。


「だいたい、お前は結婚しないと思ってたんだ。

 それが爵位も上の侯爵家にあっという間に嫁いじまった」

「政略結婚よ。貴族ではよくある話でしょ」

「ああ。愛も情けも何もない、ただ仕事の便宜を図ろうとかいうだけの為に整えられた縁組な」

「……あとから芽生えるものもあるじゃない」


 グレイは何とも言えない表情になった。

 政略結婚で悩むことは無い。

 私だって農地が目当てだった。

 それだけでよかったのに。


「人は業が深いもの。欲にまみれうつつを抜かし……」

「待て待て、お前熱でもあんのか?」

「常に飢え、全てを飲み干さんと欲す」

「いやいやいや、怖ぇよ」


 悟りを開きかけたとき、グレイの手が私の額に触れた。


「熱はないみたいだな。……まあ、アレだ。悩みごとがあるならいつでもここに来ていいからよ」


 それだけ言うと、ぷい、とそっぽを向く。

 昔から変わらないな。

 いつだったか、この木に登って一緒に怒られたのも彼だった。


 ……よね?


「あれ?」

「どうした?」


 今、何かいにしえの記憶が蘇りかけたような。


「いや、あのさ」

「グレイ!! 何をしている! そこから降りろ!」


 ゴールドウイン伯爵の怒鳴り声がして、肩が跳ねた。

 その方向を見ればゴールドウインのおじ様が血相を変えてこちらに向かって来るのが見えた。


「やべっ」


 グレイが短く呟いてひょいひょいと魔法で降りて行く。そして殴られて連れて行かれてしまった。


 その様を見ていると、誰かがこちらに来ているのに気付いてひゅっと息が詰まった。

 ここにいるはずのない人がいて、心臓が早鐘を打つ。


「きみは降りて来ないのか?」


 どうしてここに?


 抑揚のない声に心臓が握り潰されたようにぎゅっとなった。

 恐る恐る見てみれば、絶対零度の表情を浮かべたブルルが私を見ていた。


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