12.植物相手の方が簡単
「麦の収穫だーー!!」
ディスティニア侯爵領の麦が刈り取りの時期を迎えた。
ブルルは私が提案した通り、それぞれの農家に助成金を出して魔道具の導入を進めた為、刈り取りの時期には魔道具が大活躍だった。
通常は近隣の人手を借り、みんなで刈り取るのだが自分の土地は自分でできるようになったのだ。
そうすると自分のいいタイミングで刈り取れるので導入する農家は多かった。
ただ、金銭的な問題で導入できない農家もチラホラあった。
そこは今まで通りみんなで協力しあって刈り取り、物々交換などでお礼をしあって比較的スムーズに刈り取りシーズンが終わった。
時間の余裕ができると他の農作物も作りたくなるもので、余った土地に何を作るかの話し合いも出たので、すかさずコメを提案しておいた。
聞いた話、見た目は麦と似ているけれど栽培方法も変わるから新しいことへの挑戦ができるのは楽しみがすぎる。
これは決して私情ではなく、カリーとの相性がバツグンだったからの提案だ。
グリシーナ様からカリーの粉の輸入元を教えてもらい、大量購入してから領地の皆に振る舞うと大評判だった。
カリーはどんな野菜にも合って、色んな野菜を入れて作ってみたいとそれぞれがアイデアを出していた。勿論キノコも対象だ。
コメがキノコとタケノコと相性がいいのも幸いして、ジェットさんを始めとした有志たちに東国にコメの作り方を習いに行ってもらった。私も行きたかったけれどブルルに止められた。
荷馬車に紛れ込み、荷物に擬態したのに見つかってしまった。私の代わりにしっかりと学んできてほしい。
侯爵領のみんなはカリーがお気に召したようで、コメが生産されるまでは何にかけて食べようかと話し合い、パンを付けて食べたり、パンの中に入れてみた結果、小麦との相性もバツグンだった。
ただ、課題もやはり出てくるもので。
カリー自体はとても美味しい。
作り方も簡単。材料の野菜と肉をカリー粉と一緒に煮込むだけ。どんな野菜や肉に合うのも手軽に作れていい。
けれど、スパイシーさが足りない人や、逆に子どもたちには辛かったりして食べるのが遅くなってしまったりするのだ。
スパイシーが足りない人は香辛料を足せばいい。
けれど子どもたちには食べやすいように調整しないといけないので、こちらの対策が急務だった。
それさえクリアできれば大人も子どももみんなに人気のカリー。
侯爵領の新たな特産を生み出すべく、私はグリシーナ様の邸宅に足を踏み入れた。
「どうしてあなたがここにいらっしゃるの」
グリシーナ様とお茶を飲んでいたのは、何を隠そうパターンピンクことスカーレット・ピンクゴールド伯爵家令嬢だった。
言われた言葉を山彦のように返せたらいいのに、と薄く笑みを浮かべる。
「アリアナ様、いらっしゃいませ。すみません、スカーレットが突然やって来たものですから……」
「いえ、お気になさらず。お二人は仲がよろしいのですね」
「仲がいいといいますか……。スカーレットは私のいとこにあたりますの」
「なるほど。あ、こちらお土産ですわ」
お飾り妻としての心得そのいち。
急に出会った愛人候補に足元を見られるなかれ。余裕の笑みを浮かべ、鼻で笑い、あしらうべし。
「ちょっと、聞いてらっしゃる?」
「もう、スカーレット! 今日はアリアナ様が先約よ。邪魔をするなら出て行って」
グリシーナ様に言われ、ぐっと唇を引き結ぶのを見て、力関係がどこにあるか分かるくらいには貴族社会に慣れてきた。
「私は構わないわ。ピンク様……」
「スカーレットよ!」
「では、スカーレット様。よければご一緒にお茶を嗜みましょう」
お飾り妻としての心得そのに。
どちらの力が上か、きちんと示しておかねば舐められてしまいますからね。
ニコニコと笑みを浮かべていれば、スカーレット様はしぶしぶ着席した。
グリシーナ様も眉をひそめながらため息を吐き、私に申し訳ないと頭を下げた。
お飾り妻としての心得そのさん。
目下の方の無礼は笑顔で許す。
例えドレスに隠された足がガクブルと震えようと、慣れないことをして頬が引き攣りそうでも淑女の笑みを絶やすべからず。
その後はほぼスカーレット様は置物人形となり、会話は私とグリシーナ様のやり取りだった。
むすっとした態度はアレだけど、口をつぐめるのは大事だ。
先日の侯爵領に行って実感したのは、やはり私は政略結婚の責務を果たしたい。
頭を垂れる麦穂のきらめき、侯爵領産の野菜が実り、人々の口に入り、それが笑顔を生み出す様を見ていたい。
社交が大事なのは分かる。
けれど、植物相手の方が楽だしやりがいもある。
だから、第二夫人を……と思いはしても、最近はブルルの隣に誰かがいることを想像すると胸がぎゅっと苦しくなるのも事実だ。
私が作った野菜を、苦手で嫌いなものも食べてくれるのは嬉しかった。
ちなみに領地から来たトマトや人参は食べないので、そこも無駄に好感度アップアップで、どうしたものかと悩んでいる。
あつらえたかのように目の前に第二夫人候補がいて、それを切り出せばいいのに胸がずーんと重くなって言い出せない。
「ちょっと、聞いてます?」
「ああ、すみません、聞いてませんでした」
「はぁ!? 酷っ! 失礼!」
「スカーレット様、一応私は侯爵夫人ですよ?」
「……っこ、侯爵夫人ならもっと堂々となさっては? そ、そんななら、私がディスティニア侯爵様を奪っちゃいますよ!?」
「どうぞどうぞ」
相手から言い出してくれるなら渡りに船。
言ったそばから唖然とする二人の顔を見て、深くため息を吐いた。
「スカーレット、それこそ失礼よ! 謝罪して」
「な、なによ、本気じゃ……いや、本気だけど、本気じゃ……というか、先日のあなたの気合はどこに行ったのよ」
「私も悩むことはあります」
「アリアナ様、悩みとは? 私で解決できるかは分かりませんが、悩みを口にすることで気持ちの整理にもなりますわ」
「グリシーナ様……」
今優しくされると簡単に心を許してしまいそう。
心配そうな表情のグリシーナ様を見て、私は結婚してからのことを話すことに決めた。
「ディスティニア侯爵様、ちょっとデリカシーなさすぎですわ」
「貴族社会は後継者命ですのに」
初夜で言われた言葉を言えば、二人は難しい顔をした。
「政略結婚というのは承知です。私も侯爵領の農地目当てに来たのでそこはいいのです。
だから……第二夫人を、と……。
このままでは私ばかりが幸せで、旦那様の幸せを逃してしまうのでは、と思うと……」
「侯爵様は何とおっしゃっているのですか?」
「旦那様は第二夫人はいらない、とはおっしゃいました。けれど、愛する人は別にいる、と」
──ああ、そうか。
ブルルの幸せを願うなら、闇雲に愛人を探すんじゃなくて、ブルルの愛する人を探さなきゃいけないんだ。
それが、嫌なんだ、私は。
「アリアナ様、侯爵様と一度腹を割って話すことをおすすめしますわ」
「でも……」
「私も賛成。今このご夫妻に第二夫人として入り込んでも、私が蔑ろにされるイメージしか無いわ」
ブルルはたぶん、迎え入れたら丁重に対応すると思う。
平等にできるかどうかは怪しいけれど。
「旦那様が植物なら簡単なのに……」
腹を割って話して、もしまた「愛する人がいる」と言われたら?
初夜から状況は変わってしまった。
義務じゃ満足できなくなったのは、私の方だった。




