11.収穫のときは来たれり
「真っ赤に熟~れた〜トマトちゃん〜〜」
優しく実を持ち手首のスナップをきかせれば、ぷりん、とヘタごと離れて来る。
侯爵家の庭先に作った植物壇……もとい畑には真っ赤に、そしてたわわに実るトマトが収穫のときを迎えていた。
これまでもちょこちょこと赤くなっては丸かじりしていたが、この度魔法肥料のおかげででんでんどどん! と実った次第。
人参も間引きしながら生き残った精鋭たちは青々と葉っぱが生い茂り、我、収穫のときは来たりてと言わんばかりに風に揺れている。
ちなみにブルルも一緒に収穫している。
トマトの青くささにげんなりしながらも、丁寧に収穫してはそっと籠に入れている。
ひと息ついたところで先に収穫したトマトを洗って氷に浸しておいたものをマージが持ってきてくれた。
そのまま食べても美味しい、ちょっと塩に付けても美味しい。
ぷっくりとした真っ赤なそれに口付けするように口に含み、噛んでみればじゅわっと広がる甘さと青くささ。
「はぁ〜〜美味しい。もぎたてもあるけど自分で育てたからってのもあるわぁ」
次から次へと冷やしトマトを口にしていると、ブルルはげんなりしたまま手に持って見つめているだけだった。
「旦那様、無理して食べなくてもいいですよ」
「いや……約束したからな。それを破るようなことはしない」
それでもブルルはまるでドラゴンを前にした冒険者のようにトマトを睨み付け、何度も唾を呑み込んだ。
そんなに嫌ならやめておけばいいのに、と思いながらぱくりと食べる。
最近は侯爵家秘蔵のマヨソースなるものを付けて食べるのもよしと気付いたから、これにたっぷり浸せばトマトの青くささも消えるかも?
私はフォークでトマトを刺し、マヨソースをたっぷり絡めてブルルの前に差し出した。
「あーん」
「……!?」
驚いたように固まってしまったブルル。
……なんかマズイことでもしたかしら?
手に持っていたトマトのヘタからぽろりと実が転げ、なぜか顔がトマトのように真っ赤に染まっていく。
我にかえり何度か咳払いしたかと思えば、おずおずと口を開けマヨソーストマトを口にした。
すかさず引いて口を押さえたまま咀嚼に専念し、軽くえずきながらも飲み込むと、トマトの青みが写ったかのような表情で「うむ、美味いな」と引き攣り笑顔で言った。
「すっごく嫌いというのがありありと伝わってきますわ。そこまで嫌いなら無理しないでくださいませ」
「確かに俺はトマトは苦手だが、妻が心を込めて作ったものを無碍にするわけにはいかない」
「そんなに青くなるくらいなら、ってことです。
苦手なものは苦手なままでもいいのでは?」
気を遣われてもトマトも浮かばれない。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌いで構わない。食べたものを吐かれる方が私は嫌だ。
「……すまない。トマトを噛んだときのプチュっと出る感触や抜け切らない青くささというか独特なニオイも実は苦手で……」
「苦手なものは誰にでもありますからお気になさらず」
それでもブルルはしゅん、として、なんだか私の方が申し訳なくなってくる。
この感じだと人参も無理そうな気がしてきたわ。
「な、生で食べるのは無理そうだが、調理物はいけるかもしれない」
トマトと人参を使った料理……グリシーナ様が先日謎の異国人から買ったというカリーならいけるかしら?
「分かりました。料理長に聞いてみましょう」
その後、ブルルは食べられなかったのに罪悪感があるのか、収穫は最後まで手伝ってくれた。
収穫したてのトマトは青くささが残っているのに、それでも一生懸命に収穫するブルルを見ていると胸の奥がムズムズする。
気のせいか、顔が熱くて赤くなりそうだけれど、今ならトマトに紛れてごまかせるかな。
「アリアナ、結構収穫できたぞ。みんなで食べれるな」
嬉しそうに、顔に土汚れを付けながら自慢する姿に、きゅっとなって。
これは……これは……
ブルルと愛する人に収穫した野菜を食べさせてあげたいという気持ちなのかしら?
たぶんそう、きっとそう。
お飾り妻として、二人に笑顔になってもらいたい。
もっと美味しいトマトを作れば……
例えば、噛んでもプチュっとしないトマトとか開発できれば……
『きみの頬もトマトのように真っ赤だね』
『あら、そんな……うふふ』
なんて、私の野菜が二人の仲を深めるのに役に立つやも!
「……なんだか、また良からぬ事を考えていないか?」
「えっ? あ、いえ、旦那様に野菜を美味しく召し上がっていただけるにはどうしたらいいかなぁ、と考えていただけですわよ?」
「それなら……いいが……」
鼻をポリポリと掻いて、ぷいっとそっぽを向いたブルルの耳は赤い。
つられて私まで赤くなってしまうではないですか!
「ちゃんと、最後まで食べるから……」
「え、ええ」
なんだか甘酸っぱい空気が流れ、まだ青いトマトが熟れてしまいそうで私は背を向けた。
その日の晩餐は、食堂に今まで嗅いだことがないような食欲をそそるにおいが充満していた。
例えるならば、お腹空いたな〜と思っているとき、そのにおいを嗅ぐと更にお腹が空きそうなにおい。
「も、申し訳ございません! 奥様からいただいた粉をふんだんに使い、いただいたレシピ通りに作ってみたのですが、み、見たこともないようなけったいな料理が出来上がりまして!
とにかくにおいがすごいんです! お腹が空いてしまいます!」
料理長が帽子を脱いで頭を下げると、見習いコックたちも頭を下げた。
「毒味は済んでおります。においはアレですが、安心してお召し上がりください。とても美味しいですよ!」
「まあ! それは楽しみね」
グリシーナ様は異国の珍しいものを集めるのが趣味らしい。
カリーと一緒に東国で主食とされているコメもいただいたので、コメにカリーをかけていただく。
「……こ、これは!」
ひと口食べればカリーのスパイシーさに加えてほのかに拡がる野菜の甘み。けれど主張しすぎていないから苦手な人でも食べられそう。
「今まで食べたことのない味だが、なかなかに美味だな」
「ええ。主食が進みますわ。コメももちもちして美味しいです」
パクパクと食べていたけれど、ブルルはカリーの中のあるものに気付いたかしら?
「旦那様、いかがでしたか?」
「美味しかった。おかわりがほしいくらいだ」
「まあ! それは素晴らしいですわ。苦手な野菜も克服できましたかしら」
ニコニコして言うと、ブルルは固まってしまった。
「ま……まさか……」
「一つは人参ですわ。煮込まれても形が残っておりましたのでお気付きになりましたでしょうか?
もう一つはトマトですわ。プチュっとした食感も青くささもカリーで煮込まれて大変に美味でしたわね」
自分が食べたお皿を見返して、目を瞬かせる姿はまるで童子のよう。
「気付かなかった」
「旦那様がお召し上がりになりたいと言われましたが、どうしても苦手なものはございますわ。けれどそれでは納得がいかなかったのでしょう?
カリーに混ぜてしまえば野菜の甘みがスパイスの香りで引き立つ旨味に変換されると聞いたものですからどうかな、と思いまして」
「……そうだな。これは良いものを食べさせてもらった。……ちゃんと約束を守らせてくれたんだな」
ブルルは初夜ではあんなだったけれど、根が真面目なのかそれ以降は失言も無いし歩み寄りもしてくれる。
──だからこそ、なぜ、という気持ちは拭えない。
それに幸せになってほしいのは変わらない。
「デザートは人参ケーキですわ」
「ぐっ……の、望むところだ!」
これからを思うとケーキにのせたクリームが、やけに甘くて重苦しくなった。




