10.夜会でパターンピンク
あれからブルルは仕事が忙しいらしくて一向に愛人ができたとかそっち方面で進展した気配は全く無かった。
これは何度かお茶会で仲良くなったグリシーナ様からの情報だ。彼女の兄も文官で、キビキビと働くブルルの姿を何度も目撃しているそうだ。
仕事が忙しい割に夕方には帰宅するし、律儀に夕食も共にする。
休日も家にいて、家令と共に領地の事に目を通すし休憩時間は私と一緒にいようとする。
畑の様子を見に来るし一緒に草むしりしたりする。
どこの老夫婦よ、ってくらい和やかな関係だ。
ただ、初夜でタイミングを逃したからか、何となく夜も艶ごとはない、いわゆる清らかな関係。
でも何故か同じベッドで寝る。ブルルは夜中たまに出て行くけれど朝には隣で寝ている。
政略結婚をした夫婦としてはまあまあな方だと思っている。
仮面を外したいと言っていた割には分厚い仮面があるような気もしないではないけれど。
そんなこんなで例の夜会の日がやって来た。
ブルルが見立てたドレスに身を包み、マージに仕上げてもらえば顔をトマトのように真っ赤にしたブルルが「似合っている。美しい。きれいだ」と片言のように発していた。
褒められて満更でもない私は意気揚々と夜会の門をくぐった。
……のだけれど。
国王陛下にご挨拶をして、顔合わせ兼ねての挨拶回りを終えたところでつかつかつかと寄って来るのはピンクのドレスを着た麗しの御令嬢。
「ブルールージュ様、お久しぶりね」
「……ああ」
つい、と気まずげに目をそらすブルルに対し、ご令嬢は私を見てくすりと笑った。
緩やかなカーブのピンクゴールドの髪は彼女が動くたびふわふわと揺れる。
ぱっちりとした二重の青い瞳、長いまつ毛、薄紅に色付く頬にぷるんとした小さな唇は異性を惹き付けて止まないだろう。
ほっそりとした体なのに出るところは出ていてうらやましい。三角ラインのふんわりとしたピンクのドレスは些か年齢にそぐわない気もするけれど、逆にピンク以外を着るとどうなるかは想像できないからこの際省こう。
そんなご令嬢が親しげにブルルの名前を呼び、ブルルはちょっと気まずそう。……二人は過去に何かしらあって親密な関係、つまりは妻には内緒のやんごとなき仲。
このパターンは……ピンク!
きっと愛人候補、いえ、身なりは良いし貴族っぽいから正妻候補として遜色無い御方ね。……マナーはどうかと思うけれど。
「旦那様、こちらの御方は?」
「きみには関係ない。行こう」
挨拶もせずに無視するとは無礼なりですわ。
私はブルルを止めてパターンピンクに一礼した。
「旦那様が失礼致しました」
……困ったなぁ。
この方がどなたか分からない。
自慢じゃないが貧乏貴族出身の私はすべての貴族名鑑なんて頭に入っていない。結婚して数ヶ月で覚えたのはディスティニア侯爵家より高位の方々と伯爵家の一部のみだ。
私も一応結婚して侯爵家ではあるからこの方の身分がそれ以上でない、覚え漏れでないことを祈るばかり。
不敬って言われたらどうしよう。
夜会のお料理お腹いっぱい食べておけばよかったわ。
「アリアナ、顔を上げてくれ!
……こちらはスカーレット・ピンクゴールド伯爵令嬢だ。以前仕事の時に世話になってね」
「まあ」
「ピンクゴールド嬢、久しぶりだな。今日はどのような用かな」
爽やかな人好きのしそうな笑顔を浮かべ、ブルルはピンクゴールド伯爵令嬢に向き直った。
「あ、え、ええ。貴方が以前お忘れになったクラバットをお返ししようと思いまして」
伯爵令嬢が豊満な懐から取り出すと、豊満な懐がぺしゃんと崩れた……のはいいとして、ブルルが御令嬢のもとにクラバットを忘れるような関係……。
つまりはクラバットを外すくらい親密な仲という事。
シチュエーション的には
『君に酔ってしまったようだ。このクラバットを外すくらいに』
『まあ、いけませんわ、ブルールージュ様っ。
あっ、およしになってッ』
なーんてくんずほぐれつな間柄!
まさか結婚してすぐの夜会で候補が見つかるなんて、推理物の話で必ずといっていいほど事件に遭遇するくらいの確率だわ。
「そのクラバットは以前私が大変に酔ってしまった時に会場の隅で頭に巻いて裸踊りをした時のものだね! ありがとう探していたんだ」
ブルルはその時の状況を事細かに説明してくれた。
なるほど、会場の隅で裸になるようないかがわしいことをしていたのね。なんて大胆不敵でいやらしいのかしら。
「旦那様、こちらの方が旦那様の仰る愛する女性ですのね? かしこまりました。私あちらでお待ちしておりますのでごゆっくりなさって下さいませ!」
「何でそうなる!」
「裸で踊る……つまりそれは男女の接触行為の比喩でございましょう?」
面白おかしく例えるなんて斬新ですが、ブルルは自ら自爆……もとい自白をなさったわ。
なんと親切な。
「ちがっ! 裸踊りじゃな……、あー、つまり、飲み過ぎて悪酔いして吐いたんだ。その時に汚れたので捨てたはずだったんだ」
「捨てたはずの物が何故ここに……」
ピンクゴールド嬢は収集癖でもあるのかしら?
と思ってちらりと見てみると、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えてらっしゃる?
「あの……お手洗いはあちらで……」
「違いますわよ! ちょっと介抱しただけですから! 裸踊りなんてしてませんから!」
キッと睨み、ピンクゴールド嬢はドレスを翻し颯爽と駆けて行った。
「旦那様、追い掛けなくてよろしいので?」
「何故追い掛けねばならんのだ」
「だって、正妻もしくは愛人候補……」
「何度も言うが、俺にはきみという妻がいるだろう!」
「ええ。初夜に愛さない宣言されたファッションワイフですどうも!」
「ぐっ……」
ウインクをしながらぐっ、と親指を立てて言えばブルルは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
苦虫って噛んだ事はないけれどきっと苦くてまずいのだろうなぁ、と思った。
「と、とにかく、契約結婚したからには俺の妻はきみだ。初夜の台詞は忘れてくれ」
「えー……あんな衝撃的で刺激的な台詞を忘れろだなんてそんな酷いですわ」
「人生刺激ばかりではいけないだろう?」
「楽に生きたい私にはとても素晴らしいものでしたのに」
「たまには刺激されてくれ!」
残念。お飾りのスローライフ妻になるチャンスを失ってしまったわ……。
でも、何故だろう?
ブルルを揶揄うととても楽しいわ。
私嗜虐趣味でもあったのかしら?
初夜ではバッファロー並のブルル具合だったけれど、今では震える子鹿のようで可愛いからかしら?
表情がくるくる変わって飽きなくて面白い。
これは良いおもちゃを手に入れたわ。当分は暇しなくてすみそうね?
「旦那様。私、意外にも旦那様の事嫌いではないみたいですわ」
弾かれたように顔を上げるブルル。
そのきらきらの瞳で私に何の期待をしているのやら。
「だから、旦那様が片想いの方といつか添い遂げられるよう、私も一層頑張りますわね!」
にっこり笑って言うと、ブルルは再び鼻息を荒くし、顔に手を当てて溜息を吐いた。
「だから、初夜の話は忘れてくれ……ッ」
ふふっと笑ってエスコートの腕に手を添えた。
ちなみにクラバットはもう一度洗濯をしてもらって、ブルルに裸踊りを実践していただいた。
とはいえ裸を見たいわけではないので服は着たまま。
それを晩餐後の余興として見る事をお願いしたら渋々ながら受けてくれた。
私はワインとチーズをアテに着席してそれを見る。
ワインは美味しくすすんだけれど、見目麗しいブルルが無表情でクラバットを頭に巻いて踊るのは中々にシュールで、笑ってはいけないのを必死に堪えていた。
使用人たちも肩が震えていたから申し訳なかったわ。
堪えているうちにブルルが顔を真っ赤にして涙目でぷるぷる震えて「もう二度とするもんか!」と叫んでいたところまでは覚えているけれど、気付けば私はベッドの中で夢の中だった。
ブルルはピンクゴールド嬢と二人でクラバットを頭に巻いて踊っていたから夢の中なら許されると盛大に笑ってしまったけれど、何だかちょっと面白くなかった。




