1.きみを愛することはない
「これは契約結婚だ。私は今のところきみを愛するつもりは無い」
皆様こんばんは。
私の名前はアリアナ・フェイト。
――でした。この度結婚してアリアナ・ディスティニアになりました。
ここはディスティニア侯爵家当主夫婦の寝室。
早朝の準備から始まり、結婚式、そして披露宴でクタクタになってようやく眠れると湯浴みをしたのに、侍女から磨き上げられて放り込まれた夫婦の寝室。
さぁ寝ようとベッドに腰掛けたところ、夫となったディスティニア侯爵がやって来まして。
つかつかつかとベッドの私の所へ来たかと思えば開口一番にこう言い放ったのでした。
見下ろす形になっているから優越感でもあるのか。
ドヤァと音がしそうな程ふんぞり返り興奮したバッファローよろしくブルルと鼻息を吐いている旦那様(仮)。
社交界では美男子と噂だけれど、せっかくの顔が台無しだわ。
「ふん、ショックで何も言えないか。
とりあえず私には愛する女性がいるから」
「ああ、そういう事でしたか。いいですよ。
後継はそちらの方に生んでもらって私の子として養子となさりたいのでしょう?」
「なにっ?」
夫となったブルールージュ・ディスティニア侯爵――長いから仮称ブルルは、目を見開いて口をぽかんと開いたまま。
「かまいませんよ。貴方の仰る通り、これは契約結婚なのですから、お互い好きに致しましょう」
「なっ、きみはっ!!」
ブルルは顔を歪めてツバを飛ばす。汚っ。
「というわけで私は寝ます。おやすみなさいませ。あ、貴方は愛人さんの方へ行かれて構いませんよ」
「私に愛人はいない!!」
真っ赤な顔で叫ぶブルルは、肩でハァハァ息をしている。
心無しか目尻に涙を浮かべているようだ。
「まだ、っ、片想いだ……っ」
「あら」
ぐっ、と拳を握り締め、ブルルは顔を俯けた。
今日日契約結婚の相手に愛人がいるなんて最早テンプレ、愛人に操を捧げ妻を蔑ろにしいずれは離婚、実は有能で仕事を任せ切りな妻を失った夫は愛人もろとも共倒れなんてよくある話かと思いましたのに。
まさか愛人ではなく清らかな関係で、更に片想いだったなんて。
「彼女は私の気持ちを知らない」
「まあ」
「そもそも、幼い頃に会ったきりで、彼女は私の事を覚えていないかもしれない……」
「あらまあ」
美男子と言われるブルルの片想いだなんて、一冊の小説が出来上がりそうなくらい面白そ……、あ、いえこほん。
「さようでしたか。……まあ、頑張って下さいね?」
「――……っ」
とりあえず応援しておけば相手の矜持は保てるでしょう。それより私は眠りたい。
朝早くに起きて結婚式の準備をし、終始笑顔でいたものだから顔の筋肉は引き攣り気味。
気も体力も使ってどっと疲れが出ているのだ。
愛より何より睡眠欲が勝る。
「お話は以上ですね? ではおやすみなさいませ」
「ま、待て待て」
「まだ何か?」
「今日は……その、初夜で!」
は、はーん。
旦那様の想いは片想い相手に捧げても、体は別の生き物というわけですね?
会える保証も想いを通わせられる保証もありませんしね?
……男性はいいわね。思わず目が据わってしまい、そのまま寝落ちてしまいそうになるのを堪えて笑みを浮かべる。
「あー、……契約結婚ですし、しなくてもよろしいのでは?」
「えっ」
「旦那様の片思いが上手く行ったらその方を愛人か第二夫人とすれば……。ああ、何なら私が第二夫人になれば」
「それは……」
「貴方の言う通りこれは『契約結婚』ですから。
この場合の契約は私と貴方が婚姻関係にあること。契約を守って頂ければヤリたい放題愛人作り放題」
「きみは何て事を言うんだ!」
ブルルは蒼白になりながら叫んだ。彼にとって悪い提案ではないと思うのだけれど。
確かに契約結婚の相手より自分が選んだ好きな人と結婚したほうが心が満たされ幸せになれるというもの。
けれど契約結婚は契約結婚。
そこに愛だの何だのという感情抜きにして、契約してしまったのだから一個人の感情と独断で破棄はできない。
融通を効かせるから婚姻しましょう、姻戚関係を作りましょう。これであなたは私の家族、困ったときは助けるよというのが契約内容だから、基本、簡単に離婚云々はできない。……はず。
まあ、世の中にはその基本的なことさえ分からずやれ真実の愛だ、離婚だ、と好き勝手にする方もいるようだけれど。
「いいか、これは……契約結婚だ。愛が無くても、……結婚したからにはきみが、わたしの……奥さんだ」
段々覇気も力も無く俯くブルルは、何だかしょんぼりとしてしまった。先程この部屋に入って来た時の威勢は無い。
そりゃあ貴族の結婚なんて子どもの意思は蚊帳の外。愛する人と結婚できる方が稀。奇跡。
彼も貴族男子、お相手と結ばれなくて残念だけどそこはお互い様だしね。
「まあ、どちらでも構いませんが。
とりあえず私は寝ます。今日は結婚式と披露宴で疲れたんです。更に疲れるような事をしたくありません」
「…………」
「何か嫌な事でもありましたか? 寝れば全て解決しますよ」
「嫌な事は……無いが……」
気のせいか頭に垂れた耳が見える気がしてきた。それはそれでちょっとかわいい。
……いけない、幻覚が見えるなんて、しかも絆されかけるなんてかなり疲れている証拠だわ。
「ふわぁあ……。とりあえず私はもう寝ますね。
ブルル……あ、いえ。旦那様はどうなさいますか?」
「えっ、あっ……」
ベッドの掛布を捲り横になった所で聞いてみると、ブルルは何故か顔を真っ赤に染め上げた。
目線を忙しなく彷徨わせて挙動不審。怪しいことこの上ない。
「一緒に寝ます?」
「いや、俺は!」
「うちは貧乏一家だったので家族で同じベッドってよくあったんですよ。寒い日は特に。
だから慣れてますし、寝相はいいから大丈夫ですよ」
今度は私がドヤァと胸を張って言った。
するとブルルは顔を赤らめて片手で顔を隠す。
「俺は平気じゃないんだが……」
ブルッ。
何だろう。ブルルの後ろに大輪の薔薇の花が見えた気がして寒気が走った。
幻覚も見えるという事は高熱の兆し。風邪でも引いたのかもしれない。暖かくなってきたとはいえ油断はできない。はやく寝なければ。
「そうですか。ではおやすみなさい」
「ま、待て。……………俺も寝るから」
そう言いながらブルルは目をキョロキョロとさせ、何回も頬を叩き、時には空間に拳を突き出して殴るような謎の行動をしながら一向にベッドに入ろうとしなかったので、その間に私は待ち切れずに寝てしまった。
「きみは……なんて……」
そんな旦那様の呟きを子守歌にして。
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