9話
7月5日より毎日4話ずつ投稿させていただいています。
屋敷に戻った私に、リサは
「奥様、またお一人でお出掛けなさったのですか? 貴族の方がお一人で出歩くなんて、何かあったらどうするのですか!」
と怒っている。私は
「こんな格好の私を貴族の女性だなんて思う人はいませんよ」
と笑ってみせた。
そして納得はいかないまでも、しょうがないと諦めた様子で、お茶の用意をしてくると言って出ていった。
そして戻って来たリサに
「先日リサがファンだと言っていた作家さんの過去の作品を見せて欲しいの」
と言うと、すぐに七、八冊を両手に抱えて持ってきてくれた。そして
「私はもう、何度も読み返しましたので、どうぞごゆるりとお読みくださいませ」
と、したり顔で渡してくれた。
お茶を入れてもらい、リサが部屋を出ていってから、その本を並べてみた。
やはりどの本の題名も、貴族や王族を連想させるものばかりが目立つ。そして私はその中の気になる題名
『ある公爵夫人の秘密』
という本を手にした。なんとなく読み始めたのだが、つい時間を忘れて、気付けば日も暮れていた。
題名からして、どろどろした恋愛小説かと思ったが、かなり政治的要素も含まれていて、誰かに何かを伝えようとしているような感じがした。
『何だろう、この違和感は』
心の中で呟いた。
あともう一つ気になったことがある。きっとこの本を読んだ人は、王家に対して良くない印象を持ってしまうだろうと、何か一種の洗脳めいたものも感じた。
そういえば、先日ラミナさんから渡されて読んだ本も、あの時には気付かなかったが、やはり遠回しに王家を批判していたことを思い出した。
私は夕食を運んで来てくれたリサに
「そういえば、リサは王族に対してどんなイメージを持っているの?」
と聞いてみた。するとリサは
「んー、私からはかけ離れた存在の人達なのでよく分からないけれど、ただ傲慢さは感じるかな? 例えば、お金や権力で人を自由に操る的な? まあどちらにしても良い印象はありません」
『やはりそうなってしまうわよね』
と心の中で思った。
その後も暇を見つけては、小説を読むというよりは、内容の確認作業みたいな事をした。
それから二日経った日の午後、出版社で私の作品の題名を決める為、エマ先生、ラミナさん、ソラさんに私を含めた四人が集まった。
今回の私の作品は、フィクションというよりは、私自身の立ち場を書き記したものだった。
それには私なりの目的が含まれていた。
先日の王宮でしでかした旦那様の浅はかな行動を見て、やはり今回の小説の中身は正解だと確信したくらいだ。
この本が世に出て旦那様の耳に入るよう、策も練らなければと思っていた。
本の内容は、勿論、私だとは思われないように身分も伯爵夫人にして、当然名前も適当なものをつけた。
只、大事な事は、愛人に子供ができて、その子供を正妻である夫人に無理矢理自分達の子だと周りに言えと命令して、正当な貴族の血を引いた子供として育てろというものだった。
そんなこと現実にやったら、それこそ大変な事だ。教会裁判所にでも分かってしまえば、お家断絶ものだ。しかしそんなことも考えず、あの旦那様ならやりかねない。だからこそ、どれだけ大変なことかを知ってもらわなくてはいけない。
わざわざ小説の内容を脇道にそらしたのはその為だ。
私の真意を他の三人に話したら、妙に納得してくれた。
そしていよいよ題名を決める為、皆んなでいくつかの候補を挙げた。
そして考えた末に、決まった題名は
『伯爵夫人の憂鬱』
となった。
後の細かな作業は専門の方々にお任せして、エマ先生と私は出版社を後にした。