73話
その後、やはり議会での決定としてウィンチェスター侯爵は投獄され、家族も爵位を剥奪されお家取り潰しとなった。
やはり近い将来の王妃を傷つけたということは重く受け止められたという。
私は背中に割と深い傷が残ってしまったが、私が気にすればそれだけエマ先生が苦しまれる。だからできるだけ明るく振る舞った。
だけどやはりこの傷はルイス様に申し訳ない。
私はルイス様に謝った。
「こんな傷をつくってしまい本当にごめんなさい」
「君が謝る必要はない。こうして元気になってくれたことが何よりだ」
そう言って優しく微笑んでくれた。
ルイス様はあの日、運ばれてきた私を見た瞬間、このまま目覚めないのではないのかと、生きた心地がしなかったと言い、どれだけ心配したことかと俯かれた。
そして、生きていてさえいればそれだけでいいとも言ってくださった。
そして背中の傷は辛いだろうが、ルイス様は全く気にならないから、あまり考えないようにと言ってくださった。
「身体の傷は気にならないが、心にだけは傷を残さないで欲しい。そちらの方が私は辛いのだから」
「大丈夫です。心には傷を負ってはいません」
そしてあの日感じた不思議な感覚を伝えた。
誰かに、刺されると思った瞬間、右腕を刺されたら小説が書けなくなってしまうと思い、咄嗟に庇い後ろ向きになったが、その刺される瞬間があまりにもスローモーションに感じ『ああ、このままだと刺されてしまう』と心の中で思ったがどうすることもできなかった。
そうルイス様に伝えると、ルイス様は事故の瞬間、スローモーションに見える現象はタキサイキア現象と呼ばれ、危険を感じた時に人間の知覚が変化することで起こるそうだ。これは、感情が視覚の時間精度に影響を与えることによって生じるという。
それを聞いた私は感心しながら口にした。
「ルイス様って本当になんでも知ってらっしゃるんですね。すごいです」
「ずっと孤独だったから色々な書物を読み耽っていたせいだ。そのうち飽き足らずに自分でも本を書くようになったんだがな」
と聞き、思わずどれだけ孤独だったのかと考え、胸が締め付けられた。そういえば私も孤独感は感じていたけれど、それでも私にはいつも側にエマ先生がいてくれたと懐かしく思い出された。
するとルイス様は静かに言う。
「だが、今はこうして君が側に居てくれる」
そう言いながら私をそっと抱きしめてくださった。その言葉を嬉しく思いながら心の中で呟いた。
『大丈夫です。これからは私がいつもお側にいますから』
傷の回復は思っていた以上に早く、結婚式は予定通り行われることになったが、私は公爵邸には帰してもらえず、そのまま王宮に住むことになり、身の回りの世話は慣れ親しんだロザリーさんがいいだろうと、ルイス様が公爵邸から呼び寄せてくださった。
その後、東の国からリリアーナ王女が駆けつけてこられたのには驚かされた。
何でもあちらの国へも『あのアリーシャ・ポートランド先生がサイン会で刺された』という話が駆け巡ったそうだ。
私は心の中で『随分と小説家として有名になったものね』と妙に感心してしまい苦笑した。
そしてリリアーナ王女はそのまま結婚式まで王宮に滞在することになった。
前回彼女が帰る時に渡した手紙に(王女様さえよかったら、これからお友達としてお付き合いしていただけたら嬉しいです)と綴ったことを感激してくださったそうだ。
今回訪れた王女様は前とは別人のように素直さを表に出せる方になっていて、そのこと自体驚かされた。もっとも根は素直な方だと感じてはいたのだけれど。
こうして結婚式の日まで少しずつ慌ただしい日々が過ぎていった。
その間私はリリアーナ王女との親睦を深めた。




