71話
公爵邸に戻った私は、出版社で今日起こった出来事を手紙にしてルイス様に報告することにした。
さぞかし驚かれるだろうと思い、それを目の前で見られないのを残念に感じた。
何より報告しなくてはならないことは、今まで伏せてきたアリーシャ・ポートランドが私であるとリリアーナ王女に告げてしまったことだった。ラミナさんにも言った通り、もう隠す理由はないので、これからは積極的に活動をしてみようと思っていた。
出版社が望むサイン会にも応じて、少しでも出版社や読者の方々にお礼がしたいとも思った。
そう思えたのは、私がサインをした本を手にしたリリアーナ王女の表情を垣間見た時だった。
あんなにもプライドの高い方でさえ、あのような表情をなさってくださるのなら、それだけで私も嬉しかった。だから、これだけは伝えなくてはと。
そうして書き上げた手紙をロザリーさんに託してから、私は今取り組んでいるシリーズ物の続きを書き始めた。
それから三日後、ルイス様から先触れがあり、リリアーナ王女の送別会が二日後に内輪だけで行われるので参加するようにとのことだった。
私は早速プレゼントとして、最新刊の本にサインとお手紙を挟んで渡すことにした。
そして当日。(内輪だけ)と書いてあったので、仰々しいドレスではなく、普通のドレスで王宮へと向かった。
馬車を降りると、そこにはルイス様が待っていてくださり、私のことをエスコートしてくださった。
それから私の顔を見ると
「随分と久しぶりのような気がするな」
と仰って優しく微笑まれた。私も
「はい、私も同じことを思いました」
と返した。そして先日の手紙の話になり
『物凄く驚いた』と仰って
「そのおかげで色々な厄介ごとから免れることができたようだ」
と感謝されてしまった。
そして部屋へと入ると、既にリリアーナ王女、オリビア様、クリス様が待っていた。私は
「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
と謝ると、オリビア様は
「いいえ、わたくしたちが少し早すぎただけだから気になさらないで」
と言ってくださった。リリアーナ王女は黙ったままだったので私の方から
「リリアーナ王女殿下、先日は失礼いたしました」
と言うと、少し顔を赤らめて
「こ、こちらこそ失礼したわ」
と仰った。オリビア様とクリス様には前もってルイス様が事情を話してあると言っていたので、何も聞かれなかった。
和やかとまでは言えないが、なんとか送別会は始まった。そしてそれぞれのグラスにワインが注がれ、ルイス様がグラスを高く掲げて
「それではこれからの友好を祝してリリアーナ王女に乾杯!」
と仰った。皆も同じくグラスを掲げて乾杯をした。
それを一口飲んだリリアーナ王女が
「とっても美味しい、深い味わいだわ」
と言うと、ルイス様が
「流石はリリアーナ嬢、このワインは樹齢百年のブドウの木から造られた物なんです」
と説明した。すると今度はクリス様が
「樹齢の高いブドウの樹は、根が深く伸び、土壌のミネラルをより多く吸収するため、ワインに独特の風味と複雑さをもたらすのです」
と説明された。しかし、百年もの樹齢の木からはわずかな量の果実しか取れないという。
そうしてワイン談義に花が咲き、だんだんと和やかな雰囲気となったところで、私は
「リリアーナ王女にお渡ししたいものがあるのです」
と、言って持って来た最新刊の本をお渡しした。それを遠慮がちに受け取られた王女様は、その本にしたサインを見るとご自分で買われた最新刊を私に手渡し
「この本にもサインをお願い」
と仰った。思わず『本当に可愛らしい方だわ』と思ってしまった。そして私の挟んでおいた手紙を大事そうに見つめ、改めて本の間にしまわれた。
それを見ていたオリビア様は
「ずるい、わたくしにもその本ください。同じ本ですもの、二冊も必要ないでしょう?」
と言うと、リリアーナ王女は二冊とも後ろに隠し
「ご自分で買われたらいかがです?」
と言い返した。周りはそんな二人を微笑ましく見ていた。
こうして送別会は滞りなく終わった。
そして次の日の朝、リリアーナ王女は自国へと戻られた。
私はその日の朝、ルイス様と一緒にお見送りをして、はしたないとは思ったが、大きく手を振り
「お元気で!」
とリリアーナ王女に叫ぶと彼女も大きく手を振り返してくれた。
王女様の馬車が見えなくなると、ルイス様は一言
「やっと嵐が過ぎ去ったな。今度は私たちの正式な婚約に向け、準備をしなくてはな」
と仰った。