65話
夕方過ぎくらいに、しっかりとロザリーさんに支度を整えてもらった私は、公爵邸の馬車に乗り、王宮へと向かった。
本日の名目は東の国王親子の歓迎パーティーということなのに、私まで参加しても大丈夫なのかしらと思ったが、ルイス様やオリビア様に半ば強引に引っ張り出された形だ。
そういえばクリス様も参加なさるのかしら? と思ったが、オリビア様が放っておくはずはないわと、思い出し笑いのようにくすりと笑いが出てしまった。
オリビア様は『今夜はわたくしの言う通りにしてね』と言われていたけれど、何をなさるおつもりかしらと一抹の不安がよぎる。そして色々と考えごとをしていたらあっという間に王宮に着いていた。
馬車を降りるとそこには正装をしたクリス様が待っていて、私をエスコートするため手を差し出してくれた。
何でもオリビア様は支度に時間がかかり、まだ仕上がらないので、先に私のエスコートをするように言われたという。
ルイス様は流石に東の国王を放ってこちらに来るわけにはいかない。
私はクリス様にエスコートをされ会場へと向かっていると、後ろの方から
「お待たせしてごめんなさい」
と淑女らしからぬ大きな声のオリビア様が駆け寄ってきた。
驚くほど気合いの入った装いのオリビア様は、光り輝くオーラを放っていた。
流石は一国の王女様だと感心してしまった。
そして三人で会場に入ると、上座の方に東の国王親子らしき二人をルイス様がお相手なさっていた。するとオリビア様が突然私の手を引っ張って三人のいるところへと向かった。私は引っ張られるままについてゆくと、三人を前にして
「お初にお目にかかります。北の国の第二王女のリーベルト・オリビアといいます。どうぞお見知りおき下さい」
と挨拶をすると、お二人は驚かれた様子で同じように挨拶を返していた。するとルイス様がお二人に向かって
「彼女は我が国に留学生としてピアノの勉強で来ているんです」
と紹介をした。そして私も挨拶をしようとすると、オリビア様が先に
「それからこちらのご令嬢は、わたくしの大親友で陛下の想い人でもある伯爵令嬢のアンリ様です」
と紹介されてしまった。私は驚いたまま何も言えずカーテシーだけをした。すると突き刺さるような視線をあちらの王女様から送られてしまった。そして王女様は
「でも正式に婚約をなさっているわけではありませんのよね」
と言われ、会場から音楽が流れてくると、王女様はルイス様に
「今夜の主役はわたくし達なのですから陛下、ファーストダンスはわたくしとお願いしますわ」
と強引に会場の中心まで引っ張っていかれた。そう言われてしまえば断ることなどできるはずもなく、仕方なくルイス様は応じた。そして二曲目も返そうとしない王女様の側へ、オリビア様は私のことを引っ張っていき
「陛下、次の曲はわたくしが弾きますのでアンリ様と踊ってくださいね」
と言い、陛下を私の前に押したまま、ご自分は今かかっている音楽を辞めさせ、ピアノの方へ向かいそのまま弾き始めた。
その見事な腕前に皆、感嘆の声を上げながら再びダンスが続けられた。
面白くないリリアーナ王女は父のところへと戻り、何かヒソヒソ話しをしていた。
ルイス様は私の耳元で
「嫌な思いをさせてすまない」
と謝られたが
「気になさらないでください。私なら大丈夫です」
と答えた。
オリビア様は二曲続けて弾き、戻っていらして
「どう? 上手くいったでしょう」
と得意気だった。私は
「素晴らしい音色でした。ありがとうございます」
と言うと、私に目で合図をしてからクリス様を呼ばれた。
そして今度はリリアーナ王女が父である国王と共にやってきて
「今度は是非、我が国にもおいでくだされ。リリアーナが陛下に魅了されたようでどうしてもと言うもので」
と言いにきた。ルイス様は
「もしも機会があれば」
とだけ答えた。すると側にいたオリビア様が
「その時は是非、わたくし達もご一緒させてください。クリス様もよろしいでしょう?」
と付け加えた。その様子を睨みながら見ている娘にあちらの国王は苦笑いをするしかないようだった。
こうして険悪なままパーティーはお開きとなり、ルイス様は国王とリリアーナ王女に
「では、私はこれから彼女を送っていくので今夜はこれで失礼する」
と挨拶をされ、私の肩を抱き、会場を後にした。
私は後ろから、突き刺さるような視線を感じながら王宮を後にし、ルイス様に公爵邸まで送って頂いた。
馬車の中ではルイス様が私の隣に座られて
「今夜は本当に疲れたな。このまま送るだけでなく屋敷で一緒に休みたいくらいだ」
と仰った。
「でしたらお茶だけでも召し上がっていかれますか?」
と聞くと
「今夜はやめておく、本当に帰りたくなくなってしまうからな」
と、仰ったので
「そんなにお疲れでしたら明日の朝お帰りになればよろしいのに」
と言うと
「それは私を誘っているのかな?」
と、言うので
「どうしてそうなるのですか?」
と不思議そうに聞くと
「君は本当に恋愛小説を書いている作家なのか?」
と呆れ顔で聞くので
「は? 随分と失礼なことを仰るのですね」
と返した。そして
「まあ、君らしいな」
と言ってから軽く肩を引き寄せ口づけをなさった。私は驚きながらも静かに応じた。そして
「そろそろ正式に婚約してはくれないか?」
と言われて
「本当に私で良いのですか?」
と言うと
「前にも同じ会話をしたはずだが」
と言われてしまった。私は俯きながら
「はい」
と一言だけ答えた。するとルイス様はそっと抱きしめ微笑んだ。そして
「やっとだな」
と呟かれた。




