63話
先日、ラナウド伯爵から先触れがあり、今日これから来訪予定だ。
私は今日こそきちんとルイス様とのことを話さなければいけないと思い、待っていた。
そしてラナウド伯爵が到着したとロザリーさんから告げられて客間に入ると、そこには大きなバラの花束を抱えた彼が立っていた。
「お久しぶりです。お元気になさっていましたか? 突然いなくなってしまわれたので心配していました」
と言われ、私は
「ごめんなさい。色々とありましたが無事解決いたしましたので、もう大丈夫です」
と答えた。そしていただいたバラの花束を受け取り
「まあ、素敵なお花をありがとうございます」
と言って、ロザリーさんに活けてもらうよう手渡した。
その後はエマ先生の話をしながら、ルイス様とのことを打ち明けた。ラナウド伯爵は分かっていたようで、特別驚きもせず
「やはり私ではだめでしたか」
と、さばさばした様子だった。
そして私に向き直って
「私もこれ以上は自分の中の男を隠して接する自信がないので、しばらくは会わないようにします」
と仰った。私は
「なんだか誤解を与えてしまうような態度をとってしまったこと、軽率でした。ごめんなさい」
と謝ると
「いいえ、貴女は悪くありません。私が勝手に舞い上がってしまったのが悪いのです」
と言ってから
「それでも従兄妹同士ということに変わりはないので、気持ちの整理がついたらその時は縁戚としてお付き合いください」
と言われた。私は
「ありがとうございます」
としか言えなかった。その後伯爵は
「わずかな間ですが楽しかったです」
と言ってくださり、去って行かれた。私は思っていた以上に優しく良い方だったと思った。そしていつかジョンもそう言っていたことを思い出していた。
その後、ロザリーさんが来て
「先ほど陛下の使いの者が来られ今夜こちらでオリビア王女とそのお連れの方とご一緒に簡単な夕食会を開くので、アンリ様にお伝えするようにとのことでした」
そう告げられた私は思わず
「随分と突然ですね」
と口にすると、ロザリーさんは
「陛下は思いつきで行動することが多いので、これからも驚かされることが沢山あると思いますよ」
と笑顔で返されてしまった。
そしてその夜、三人揃って公爵邸へと訪れた。
その間、料理長をはじめとした大勢の使用人たちは大慌てで支度を急いでいた。
私もロザリーさんに身支度を整えてもらっていたが、予想に反してオリビア王女はあまりにも普通の装いでいらして、王宮でピアノを披露していた方とは別人のようだったが、それでいて清楚な身なりになんとなく親しみを感じた。
私は王女様とお連れの方にカーテシでご挨拶をしようとしたが、王女様に止められてしまった。そして
「今夜はプライベートです。どうぞ堅苦しい挨拶は必要ありませんので、わたくしのことはこれからオリビアと呼んでください」
と申された。そしてお連れの方も
「では私のこともクリスと呼んでください」
と言われ、戸惑っていた私にルイス様は
「お二人がそう申しているのだからそのように」
と言われてしまったので、私も
「それではお言葉に甘えさせていただきます。どうぞ私のこともアンリとお呼びください」
と返した。ルイス様はお二人に前もって私の話をしていたようだった。
こうして和やかな雰囲気の中で食事会が始まった。
そしてワインを一口飲まれたクリス様が
「これは洗練された味わいですね」
と言うと、ルイス様が
「我が国の自慢のワインですから」
と返し、ワインの話が続いた。
オリビア様はあまりお酒は得意ではないようで、果実水を飲みながら時折、クリス様を見つめながら聞いていた。
その内容は、今悩まされている害虫の話やワインの熟成の話、そして提供の仕方まで様々だった。
オリビア様はご自身はお酒は得意ではないがクリス様の影響なのか私の知らない興味深いワインに使われるブドウのお話しをしてくれた。
そして色々なお話しを聞きながら私は
「ワインを提供する前にボトルを立てておくのは澱を沈めるためだったんですね」
と言うと、クリス様が
「あとはデキャンタに移しても澱が入らないようにできますよ」
と言われた。私は
「そんなこと考えたこともなかったです。ただ出されるまま飲んでいただけでしたので」
と答えた。そして
「クリス様は本当になんでも知っておられるのですね」
と言うとすかさずオリビア様が
「そうなのですクリス様はとっても博識ですの」
と何故かオリビア様が自慢気に答えた。私は失礼ながらなんて可愛らしい方なのかしらと思ってしまった。
こうして時間はあっという間に過ぎていき、最後にオリビア様が
「今夜はとても楽しかったわ」
と言ってくださり、私に
「これからはわたくしのお友達としてこうしてまた会ってもらえるかしら?」
と仰っていただいたので
「私などでよろしいのでしょうか?」
と答えると
「アンリ様が良いのです」
と仰ってくれた。そして私は
「喜んで。是非これからもよろしくお願いいたします」
と返すと、にっこりと微笑み
「また会える日を楽しみにしています」
と言われ、ルイス様も
「またすぐに時間を作るから」
と言って三人は王宮へと戻られた。
私は時間があれば今日、ラナウド伯爵にはっきりとお断りをしたことを報告したかったがそれは叶わなかった。
残された私はロザリーさんや使用人の皆さんに
「今日は本当にご苦労様でした」
と労いの言葉をかけた。