60話
ノックをする音がしたので扉を開けると、管理をしている女性が
「お客様がお見えになり、お名前をルイス様と仰ってますがいかがいたしますか?」
と聞いてきた。驚いた私は一瞬黙ってしまったが、慌てて
「大丈夫です、知り合いの方なのでお通ししてください」
と答えた。すると彼女は
「ではそのように」
と言って出て行った。待っている間、私はドキドキしながらルイス様に何と言えば良いのか考え『いらっしゃるのが分かっていたらもっときちんとした格好をしてれば良かった』と思っていた。
すると扉が開かれ、随分と久しぶりに会うルイス様が立っていた。そしてルイス様は私に
「元気そうで安心した」
と仰った。決して黙って出てきたことは責めなかった。きっとロザリーさんから全てを聞いているのだろうと思った。それから
「すまなかった。余計な気を使わせてしまったようだ」
とも言ってくれた。その後、部屋へと入ってもらい、今まで会えなかったことを謝られてから、その間に起こった様々な出来事を話して下さった。それはあまりにも想像と違っていて驚かされた。
まさか王女様に想い人がいてその方がこちらの国にいらっしゃっているだなんて。ましてやお兄様である国王陛下がシスコンでその二人の仲を引き裂くための留学だったとは、あまりにも想像外の出来事に頭の中が追いつかなかった。
そしてルイス様は私に
「すぐにとは言わない、だがいずれ私の妻となって欲しい。ずっとそう伝えたかった」
と仰ってくれたが、私は思わず
「編集長さんのことはよろしいのですか?」
とつい、もう一つの気になっていたことが口から出てしまった。すると
「なんでここで奴が出てくるのだ?」
と不思議そうに仰ったので、私はずっと気になっていたことを素直に聞くことにした。
「ルイス様が王弟殿下だった頃から、ルイス様は男色家だという噂があったので、私はてっきり編集長さんがお相手だと思っていました」
と言うと、吹き出しそうなお顔で
「確かにそのような噂があったことは聞いたことはあるが、なぜ奴なんだ? それに奴には妻も子供もいるのだぞ」
と仰ったので、私は驚いて
「だって、牢に捕らえられていた時だって甲斐甲斐しく毎日お食事を届けたりしていらしたし」
と言うと
「奥方には心配をかけたくなかったので、公爵邸で原稿のチェックのため暫く滞在すると嘘を言ってしまったからな」
と言われてから続けて
「それにしても、そんなふうに思われていたとは恐れ入った」
と笑われた。そして、男色家の噂は縁談を断り続けたせいだし、面倒だったのでそう思わせた方が楽だったから、敢えて否定もしなかったと仰った。
王女様のことといい、編集長さんのことも全て誤解? なんて私は、早とちりなのかしらと自分自身に呆れてしまった。
すると突然
「それで誤解が解けた上で、私をどう思っているのか聞かせて欲しいのだが」
と言われて
「私で本当によろしいのですか?」
と聞くと
「アンリ嬢以外、考えられない」
と言ってくださった。そして私は
「国王の婚姻相手は国同士との繋がりなど考えなくてはいけないのでは」
と聞いたが
「そんなの誰が決めたのだ?」と
言われてしまった。
それならばと
「私もいつからかわかりませんが、ルイス様のことを好きになっていました」
と答えたら、思い切り抱き寄せられた。そして軽く口づけされてしまった。
私は昨日までの自分が嘘のように幸せな気分に浸りながら力強く抱きしめるルイス様の背中に腕を回していた。そんな私にルイス様は
「必ず幸せにする」
と約束をしてくれた。
そして気づけば私はいつの間にか負の感情から解き放たれていた。




