58話
思っていたほど、一人暮らしは苦に感じなかった。大抵のことは一人でこなせたし、不便も特に感じずに済んでいた。
思わず、これは継母のおかげかしらと皮肉にも思ってしまった。
執筆も今まで通り進んでいた、そんな時、突然扉をノックされ、外から
「エマ様という方がお見えですがいかがいたしますか?」
と管理をしてくれている女性から声をかけられた。私は驚いて
「どうしてここが」
と呟きながら
「すぐにお通ししてください」
と伝えた。
そして中に入ってこられた先生に、別に隠すつもりはありませんでしたが、落ち着いたらご報告に伺おうと思っていたのでと、謝った。
エマ先生が、私がここにいることを知ったのは、ラナウド伯爵が公爵邸へと先触れを送ったところ、既に公爵邸にはいないと手紙が来たので
『エマ先生だったらご存じなのでは』
と伯爵自らエマ先生を訪ねて行かれたからだった。
そして驚いたエマ先生は公爵邸を訪れ、ロザリーさんから居場所を聞いたという。
ロザリーさんは伯爵には居場所を教えなかったらしい。それを聞いて私が思わず笑ってしまうと「笑い事ではありませんよ」
と叱られてしまった。
その後、私はエマ先生に公爵邸を出るに至った心情を全て語った。
それを聞いたエマ先生は
「貴方の気持ちは理解できるわ。でも陛下から手紙が届いたのだから、戻られるまで待つべきだったわね」
と言われた。しかし、それは、その内容が陛下にとって言い難いものだったとしたら、申し訳ないと考えてのことだった。
エマ先生にしては珍しく、そんな私に言い聞かせるように話し始めた。
「人を好きになったのなら、自分が傷つくことを怖がらないで。傷ついたっていいじゃない、とことん突き進んで。それでだめだったなら、その時に諦めればいいのよ。傷つきたくないからと逃げてしまったら、必ず後で後悔するわ」
そう語ってくれた。確かに私は自分が傷つくのが嫌で逃げてしまっていたので、先生の言葉が心に刺さった。
そして
「陛下がお戻りになったら、本当の自分の素直な気持ちを伝えなさい」
とも言ってくれた。
そう、私は素直になれなかったのだ。その時、本当に大切なことに気づかされた。
『恋とは人を臆病にさせてしまうものなのね』
そしてふと口にした
「そう考えるとラナウド伯爵ってすごいわ」
と。
何度断られても平気な顔をして話しかけてくる。すごい勇気だと。色々な方がいるけれど、私は少し臆病過ぎた。伯爵を見習ってみるのもいいのかもしれない。
今度陛下とお会いしたなら勇気を出して伝えてみようと思った。
もう逃げたりせずに素直な気持ちを。駄目ならその時はすっぱりと諦めればいい、エマ先生の言う通り後悔だけはしたくない。
するとエマ先生が
「んー、私の甥は少し違うような気がするので、あまり参考にはしないようにね」
と微笑まれていた。私もつられてつい笑ってしまった。