50話
王宮での舞踏会も終わり、私はエマ先生と帰りの馬車の中で今夜感じた寂しい感情を打ち明けた。
エマ先生はずっと黙って聞いていたが
「それが切ないという感情なのよ」
と言って、愛を知るとこれからも様々な感情が生まれるのよと言われた。そして
「勿論、負の感情ばかりではなく、嬉しかったり楽しかったり、ああこれが幸せなんだわとか、これから沢山経験していくのよ」
とも言われた。でも今の私には負の感情しかなかった。そしてあんなにも素敵な方がお側にいたら、愛さない人なんていないような気がする。
いつだったか、ルイス様が男色家だって聞いた時には、こんなふうに落ち込んだりしなかったなと思った。
何故男色家だと聞いた時に今のようにショックを受けなかったのか? それは同性に対してだけ感じる嫉妬ではないのかと思った。異性だったら『私は女性だから仕方がない』と自分に言い訳が出来る。でも同性だったらそんな言い訳はできない。
それはルイス様が地位や名誉ましてや打算で動く方ではないことを知って居るからこそ、同じ一人の女性として負けたくないという思いなのだと感じた。
だからか、今まで私が書いてきた恋愛小説って一体何だったのだろうと疑問に感じた。
出来れば持ちたくはない嫉みや嫉妬といった感情がそれまでの作品では上手く表現できていなかった気がする。
確か少し前にエマ先生に言われた表面的な恋愛の意味が今分かった気がする。今更ながら
『愛って本当に奥深いものなのね』と感じた。
私ったらこんな時まで小説を書く上で参考になるわ、と考えてしまい、それをエマ先生に言ったら声を立てて笑われてしまった。そして一言
「そういうところ、亡くなったお父様にそっくりだわ」
と言われた。私は思わず
「亡くなったお父様ってどんな方だったのですか?」
と聞いてしまった。だけどあまり気にするふうでもなく答えてくれた。それはまるで楽しい思い出話でもするかのように。
お父様は平民だったが、小さい頃から教会へ通い、字の読み書きを学んでいたという。その教会には書庫があり、様々な分野の本が沢山あったそうだ。そしてそのほとんどの本を読み漁っていたという。
そして教会に来ていた自分よりも小さな子供達に、手製の絵本を作り、読み聞かせをしたのが小説を書くきっかけとなったらしい。
驚くことに先生が私に初めて勧めてくださった本、つまりは私が小説家を目指すきっかけとなった本がお父様にとっての初刊だったという。
そういえばルイス様が最も影響を受けた本がお父様が亡くなる直前に出された本だと言っていたことを思い出していた。
『最初が私で最後がルイス様』
何となく不思議な感慨を覚えた。そしてふと、自分の娘が同じ小説家になったと知ったらどんなふうに思われるのだろうと想像した。
先生はお父様のことを話し終えると、遠い目をして何かを考えているようだった。私はそれを邪魔をしないよう黙ったままでいた。そして暫くすると
「お父様を超えるような作家を目指してちょうだい。貴方らしさを失わずにね」
と言われた。その時ちょうど馬車が公爵邸へと着いて、先生は降りる私に
「まだ恋は、始まったばかりなのだから考え過ぎないことね」
と言って帰っていかれた。残された私は
『考えても仕方がないということかしら』
と理解した。でもだからといって考えないでいられるとも思えない。
たとえエマ先生が前に言っていたように『陛下も貴方に好意を持たれているわよ』と、言われたけれど毎日あんなに素敵な方といたらどんどん惹かれていくはずよね。とまた負の感情に囚われてしまった。そして私は『ルイス様は本当は誰がお好きなのかしら?』
と呟いていた。
こんなにも切ない思いをするなら自分の気持ちに蓋をしたまま気づかぬ振りをしていればよかったと思ってしまう自分がいた。