38話
ラナウド伯爵視点
今日、アンリ嬢に直接、気持ちを伝えることができた。断られるのは分かっていたが、こんな気持ちは初めてだ。一度や二度断られたくらいでは、引き下がれない。
それなのにアンリ嬢と会いたくて彼女の実家を訪ねてしまったことが、今にして思えば間違いだった。
どうしても一緒になりたくて、持参金は要らないし、便宜も図るなどとアンリ嬢の気持ちも考えずに行動してしまったことが悔やまれる。
異母弟のジョン君に聞くまで、彼女が継母を、どれほど嫌っていたかも知らなかった。
そんな継母から縁談の話など聞いたらそれだけで断られてしまう。
焦った自分に後悔しても遅すぎるのだが、この気持ちを抑えることはできなかった。
私は初めてアンリ嬢を社交界で見かけた時から、ずっと彼女を思い続けている。きっと、亡くなった母にどこか面差しが似ているせいかもしれない。
私の母は、当時付き合っていた私の父、今は私が跡を継いだので領地で暮らしているが、その父が唯一愛した女性だ。
父と母は婚姻を結べなかったという。
母の両親は権力志向がとても強く、伯爵である父よりも侯爵家からの縁談を優先させるため、父と付き合っていた母を無理矢理別れさせ、侯爵家に嫁がせたという。
その際、母は既に私を身ごもっていたが、それでも容姿端麗な母を諦めきれなかった侯爵は、その子、つまり私が産まれるのを待って、産まれたと同時に母から取り上げその赤子つまりは私を父に渡し、母と婚姻した。
そこまでして母を手に入れておきながら、婚姻後からすぐ、浮気を繰り返し、挙句に『子供を産んだ女なんて』と、母を蔑ろにしたという。
母は何度も実家の両親と侯爵に掛け合ったが許されず、その時、婚姻を控えていた妹の話も駄目になってしまうと脅されたこともあり、諦めたという。
そして母はその後、当時の流行病で呆気なく亡くなってしまい、その両親である二人もその病気に感染してしまい亡くなったという。
何のために無理して母を侯爵家に嫁がせたのか。
その時の母の気持ちを考える胸が締め付けられる。
その後、子爵家へ嫁いだ母の妹は実家の持つ、伯爵位などには興味も示さず、伯爵位は国に返上されたという。
母の妹はどこまでそんな事情を知っていたのか今となっては知る由もないのだが。
今、領地で暮らしている父は、母との愛の結晶である私を大切に育ててくれ、それ以来誰とも結婚しなかった。
本当に母だけを生涯愛したのだ。そんな私に母との思い出はないが、屋敷にある母の肖像画を見るたびに、どんな母だったのか想像するのが好きだった。
領地で暮らすことにした父は、この肖像画を持っていこうとしたが、どうしても傍に置いておきたい私は父を説得した。
父には悪いことをしたと思っているが、わがままを通させてもらった。しかし、そのおかげで父はこのたった一枚の肖像画を見るためだけに、度々この屋敷に帰って来てくれる。
そんな母によく似ているアンリ嬢を諦めるのは、今の私には難しそうだ。そして、いつか私の父にもアンリ嬢を会わせてあげたいと願ってしまうのだ。
できることならアンリ嬢にもこの肖像画を見てもらいたいが、それは叶わない夢のような気がしてきた。
何故なら、あの男色と噂されている殿下が、あのような嫉妬深げな目で私を睨みつけてくるからだ。
それにしても、何故彼女が王弟殿下の屋敷で暮らしているのだろうか? 何か事情はあるはずだが、あの二人は男女の関係ではないはずだ。それはあの二人を見ていて感じた。
私はただ、社交界で一緒にいた二人の後を、知り合いに頼んでつけさせたら、彼女が殿下の屋敷で暮らしていることが、分かっただけなのだが。




