3話
私はなんとか夕方前に屋敷に戻ることができ、使用人達にお礼を言った。
皆んなに、先生に会えたことを話すと、とても喜んでくれた。
すると間もなくして継母達が帰って来て、私に話があるからすぐに部屋へ来るようにと言われた。
そして、部屋に入るなり
「貴方の結婚相手が決まったわ」
と言い、どんな相手かの説明がされた。
そのお相手とは、ウィンチェスター侯爵家のチャーチル・リーロット様で、家督を譲られたお父様は領地で身体の弱いお母様と共に暮らしていらっしゃるのだが、最近になってチャーチル様に早く結婚しろと、煩く言ってくるので、そろそろ結婚をしなくては不味いという。
しかし、チャーチル様は屋敷で平民のマリアさんという愛人と暮らしているという。
なので、形だけの貴族との結婚を望んでいるとのことだった。
領地のご両親は勿論、愛人の存在を知らないのでそれも含め、全てを了承して結婚してくれるなら、それに見合った金品を出すという話だった。
持参金も無しで、その上見返りまで貰えるのだから、この家の為にもその方に嫁げと継母は言った。
継母の中ではもう既にそれは決定事項のようだった。
そして、私がそれに従わなければ、永年守ってきたこの伯爵領が亡くなった私の父の代で終わってしまうという。
今の我が家の経済事情はそれほどまでに良くないらしい。
私は心の中で
『こんな短期間でそんな状況にしてしまったのは自分達でしょうに』
と思いながらも、本当にそんなことになったら領民にも迷惑をかけ、今屋敷にいる使用人達も路頭に迷わすことになるのではないかと思った。
今の私には選択肢はないのだと改めて思った。
この先の執筆活動がどうなってしまうのか、小説が書ける、それだけが心の支えだった私は絶望感に囚われた。
その日は食欲もなく、何をしても上の空の私に
「とっとと掃除をしろ」
と相変わらず怒鳴ってくる継母に、こんな時でも容赦がないのだなと他人事のように感じた。
次の日の朝、取り敢えずエマ先生に手紙を出して報告をした。どうしても避けられない結婚だと。
そして数日後、使用人がまた隠れて先生からの手紙を渡してくれた。
その内容は、そのウィンチェスター侯爵家のチャーチルという男は、社交界でも面食いの遊び人という噂であまり良い話は聞かないということだった。
とにかく面食いで有名なので、愛人がいるからと安心せず、外見を誤魔化すように黒縁の大きな眼鏡をかけ、髪型はおさげにして前髪を伸ばして顔を隠すような容姿にしなさいと書かれていた。
それを読みながら、思わず吹き出してしまった。
なんだか楽しそうと思い、今までの暗い気持ちが吹き飛んで、これは小説のストーリーとして使おうと考えてしまったくらいだ。
そして、私は
『そうか、相手にされなければ自由な時間があるということか』
と思い直し、急に元気を取り戻せた。
取り敢えず今は、寝不足をしながらも、手直しをし、やっと書き上げた作品を明日、出版社へ持っていく為の準備をした。
次の日の朝、前から使用人と口裏を合わせていた通り、食材の買い出しという名目で出版社へと向かった。
そして、ラミナさんに会うと、これから私の担当編集者になるソラさんという女性を紹介され、彼女が、これから全ての窓口になるという。彼女は
「年は先生と同じ年です。どうぞ私のことはソラと呼んで下さい」
と挨拶してくれたので
「では私のことはアンリと呼んで下さい。これから宜しくお願いします」
と返した
「それではアンリ先生、こちらこそ宜しくお願いいたします」
と言われた。私は
「その先生はやめてください」
と言うと
「編集者としてそこは譲れません」
と言われてしまった。
今日で全ての契約を結ぶことができ、色々あったがついに出版が正式に決まった。
その後、何度か打ち合わせを兼ねてソラさんとのやり取りを重ねた。
それから一月後、いよいよ結婚式の為、教会へと向かった。
王都ではなく、ウィンチェスター侯爵領にある小さな教会だ。
侯爵様のお母様の身体があまり良くない状態だったので、領地での婚姻の儀となった。
私と侯爵様はこの日が初顔合わせだった。
それは愛人のマリアさんがとても嫉妬深く、別に形だけの結婚なんだから結婚前に会う必要はないと言われたそうだ。
当然のようにマリアさんも出席し、侯爵様のご両親のいないところではベタベタとしていた。
私の継母と異母弟も機嫌良く出席していた。
よほど沢山の金品を貰ったのだろう。
それより、初めて私と対面した時の侯爵様のお顔が忘れられない。
王都から当日駆けつけた継母達も唖然としていた。
私は心の中で笑いが止まらなかった。