25話
7月5日より毎日4話ずつ投稿させていただいています。
私は公爵邸に戻り、夕食の際、殿下に今日エマ先生のお屋敷でのリサとの会話を話した。
すると殿下は、他からも同じような感想を聞いたと仰ったので私は少しほっとした。
「これから少しずつでも戦争に対する民衆の嫌悪感が国王陛下の耳に入り、諦めてくれたらいいですね」
「それほど甘いお方ではないんだ。この程度では諦めてはくれない。もっと策を講じなくては。それでもまずはこちらの思惑通りには進んでいる、ありがとう」
私はその後、殿下にお願いをした。
「今、いつもの出版社から次回作の催促がきているので、しばらくの間、お食事は私室の方へ運んでもらっても宜しいでしょうか?」
「食事くらいゆっくり取らなかったら身体を壊してしまうよ」
「すみません。どうしても時間が足りないので、この作品が仕上がるまででいいのでお願いします」
「君との楽しい食事の時間がなくなるのは寂しいな。だが、今回だけというなら仕方がない。私も我慢するとしようか」
と仰ってくださった。
そして次の日から、しばらくの間、食事は私室に運んでもらい、寝る間も惜しんで執筆活動に没頭した。
そんな日が半月ほど経った頃、私はあまりの眠さから机に突っ伏して寝てしまっていた。
そして目が覚めると肩にストールが掛かっていた。
『ほどほどにしないと本当に倒れてしまうよ』
と走り書きが残されていた。それを見た私は、殿下が心配をして様子を見に来てくださったのだと思い、心がじんわりと暖かくなるのを感じた。
それでもあと少しで仕上がるので申し訳ないと思いつつも、もう少しだけとそんな生活を続けた。
その日の夕食時、食事を運んできてくれたロザリーさんに尋ねられた。
「そろそろ仕上がりましたか?」
「はい、どうにか今夜中には仕上がりそうです」
「良かったです。長かったですね。お身体は大丈夫ですか? これ以上続くようならアンリ様だけではなく、殿下のことも心配になってしまいます」
「殿下ですか?」
「殿下はずっとアンリ様のご心配をなさっていました。何度も私に様子を聞かれては、ご自分もあまり食欲がないようでしたので」
私はそんなに周りに心配をかけてしまったのだと改めて思い、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして食事を取りながらペンを走らせ、最後の仕上げに取り掛かった。
次の日の朝、何とか書き終えた作品を机の上にまとめてから、私は両手を上げて大きく伸びをしながら心地よい朝を迎えた。窓からは、柔らかな光が差し込んでいる。もちろん寝不足ではあるが、やり終えた達成感に満たされていた。
すると扉がノックされ、ロザリーさんが朝食を運んできてくださった。私はお礼を言いながら朝食の載ったトレーを受け取り、そのまま食卓へ向かった。その後ろでロザリーさんが呆気に取られていた。
私が勢いよく食卓に入っていくと、殿下は驚いてこちらを見ている。
「トレーを持ったままどうしたのだ?」
「やっと終わりましたので、殿下と朝食をと思いまして」
そう言うと、すぐにトレーを受け取り、椅子を引いてくださった。そしてとても嬉しそうに微笑まれた。
「そうか、やっと終わったか」
と一緒になって喜んでくださった。
その後、作品についての話をしながらその間の迷惑と心配をかけてしまったことを謝った。
「まさか君が集中するとここまでとは、驚かされたよ」
そうおっしゃって、気持ちは分かるがほどほどにしてもらわないとこちらも持たないと言われてしまった。
そして食事が終わってから、私はロザリーさんや料理長にもお詫びとお礼を言って回った。特に料理長にはとてもお世話になった。
「片手で食べられるよう配慮してもらった食事にはとても助かりました」
「そんな風にお礼を言われるとは思いませんでした。作り甲斐がありました」
そう言ってもらえた。
そして私はその後、仮眠を取ってからラミナさんとソラさんのいる出版社へと公爵邸の馬車で送っていただいた。
もちろんラミナさん達に見られるとまずいので、少し遠くで降ろしてもらい、帰りは辻馬車で帰ることにした。
久しぶりにお会いした二人はいつもの笑顔で出迎えてくださった。
「先生、ご連絡くだされば取りに行きましたのに」
ソラさんはそう言ってくれた。
「いえ、ラミナさんにもお会いして、今回は予定よりだいぶ遅れてしまったお詫びも伝えたかったので」
と返した。
私はラミナさんとソラさんには、ウィンチェスター侯爵との婚姻無効は伝えたが、その後の殿下との間にあった話はしていなかった。
やはりエマ先生も迷惑がどこまで及ぶか分からない以上、今は黙っておいた方がよいと言われたので、私は現在、エマ先生のお屋敷で暮らしていると伝えていた。
ラミナさんはまだ締め切りには間に合うから気にしないでと言ってくださった。
「そういえば今度アンリさんに会ったら伝えようと思っていたことがあったの」
それはあまりにも聞いていて申し訳ないものだった。
「例のライバル社からまた別の作家がアンリさんと同じジャンルの小説を発売したのよ」
と言って一冊の本を手渡された。それは予想通り私の書いた小説だった。
「例の作家は貴族女性のようだったけれど今度の作家もやはりどこかの貴族のようだわ。もっとも今度の作品は男性が書いたものだけどね」
殿下は適当な男性の名前で出版すると言われたので男性口調を意識して書いたから、そうとられて当然だし、同時にそう思われたことにホッとしてしまった。
でもこれ以上、この話に付き合うことはラミナさんに対し嘘の上塗りをすることになってしまいそうだったのでお暇することにした。
「これからエマ先生と待ち合わせがあるのでそろそろ帰ります」
「ではエマによろしく伝えてね」
心の中で謝りながら、私は出版社を後にした。




