九.孤独とは 5
今回の話は所謂推理パート?のようなものです。?がついていることについては後書きで詳しく述べます。あと、今回は加筆している部分があるため、ちょい長めです。(誤差みたいなものですが)
彼女は近場の椅子を引いて座ると右肘をおっさんが突っ伏していたカウンターにのせ、右手の親指と人指し指で傾けた自らの顔を支えるようにして窓の外へと視線をやった。
なんとなくそうしろと命じられているような気がした私は、彼女の隣の椅子に座り、彼女の方に目を向けた。
表情一つ変えぬままただ外に目をやっている様子は、彼女の容姿とあいまって精緻な人形のようにも見える。
しかし、彼女は私が話を聞くといってからもう三分も黙りこくっている。
いったいいつまで黙っているつもりか、と聞こうとしたその時、彼女は意外な質問を投げかけてきた。
「少弐様、お砂糖の値段は分かりますか。」
「砂糖?」
唐突に訳の分からないことを言い出したために、私は半ば反射的に彼女の言葉を復唱してしまった。
私がいかにも不思議そうな顔をしていたのか、彼女はもう一度確認するように問いてくる。
「はい、お砂糖です。少弐様が覚えている価格で良いので教えてください。」
「えぇと、確か4,50銭ぐらいで一袋だった筈だ。いや、でも最近まで出兵してたからもう少し高くつくかもな」
昔より製糖の技術が上がったとはいえ、都市部に住んでる者でさえ大切に扱う甘味はまだまだ貴重だ、、、はっ!
「少弐様も気づかれましたか。日々の生活に困窮する程だったあの方の娘さんが、ないしは奥様が独力で高価なお砂糖を購入できる筈が無いのです。」
「要するに不倫相手の政治家から貰ったと?」
「はい。おそらくはそうでしょう。」
私は己がまったく気にしていなかったことに気づかされた。
しかし、砂糖の出処が分かったところで何になるだろうか。
不倫の更なる証拠ぐらいにはなるだろうが、これでおっさんがより辛い思いをするというのが私には分からなかった。
そんな疑問を抱いている私のことは歯牙にも掛けず、彼女は更に質問を重ねてきた。
「では、少弐様、もう一つ質問です。貴方が常に誰かから尾行されていると知った時、放っておくことが出来ますか。」
「ん?」
「言い方を変えましょう。誰かに付き纏われていると感じた時、人が最初に抱く感情は何でしょうか。」
「?、、、不安とか、恐怖とか?」
彼女はうなづきで私に答えた。
そして、私にこんな疑問を投げかけた。
「件の政治家が、いつもしつこくついてくる自分にとって不都合な記者が奥様の殿方であることを知った時、どのような行動を取るでしょうか。しかも、その方は記者に追われてしまうほどに世間に知られたくない裏の顔があるご様子です。」
「恐らく、自分自身への飛び火を恐れて、警察や公的機関を頼ることはない、、、」
少しゾッとしてしまった。
「奥様の殿方を事故死に見せかけてこの世から抹消してしまえば、未亡人となった奥様は完全に自分のものになる。ついでに目障りな者が消えるとなれば、彼の方にとってそれは一石二鳥以外の何事でもないでしょう。」
ここだけ聞けば彼女の話は無理矢理さを禁じえない。
第一、あの政治家がおっさんを殺したと疑うのはあまりに話が飛び過ぎだ。
というか、そもそも、、、
「待て、確かにその可能性は捨てきれないかも知れないが、あのおっさんは食あたりで死んだと自分で言っていたではないか、何故そのような話になる」
「あの方が見たすべてを鵜呑みにするおつもりですか。真実を見たにも関わらず。」
真実?何の話だ?しかも、私がそれを見たとはいったいどういうことだ?
私はイマイチ信用ならない己の記憶を辿った、そして思い出した。
【乗客名簿】、、、あれにおっさんの死因は服毒死と書かれていた筈だ。
私の何かに気づいたような表情を見てか、彼女は付け加えるように言った。
「服毒と食あたりは本質的に異なります。服毒死が主に身体に害のある“成分”を取り込むことで起きるのに対して、食あたりは主に“細菌”などが身体に悪影響を及ぼして発生します。何より、食あたりを引き起こす類でそれ程即効性のあるものはほぼありません。」
「ということは、おっさんが娘から貰ったビスケットに、例の政治家の手引きで遅効性の毒が盛られていたと言うのか?」
「此処には証拠も証人もおりませんが、私はその可能性が高いと睨んでいます。勿論、店の大将が毒を盛って食あたりに見せかけた可能性は捨てきれませんが、話を聞く限りでは動機がありませんし、彼の方に手を貸して自らの店を悪評で潰していいと考えている程、大将が彼の方に恩義があるとも思えません。」
話の筋は確かに通る。
しかし、あのおっさんの娘は10歳程だった筈だ、そんな子供が手を貸すとは思えない。
ならば、毒を混入させたのはおっさんの妻なのだろうか。
でも、いったいどこで毒を手に入れたのだろうか?あの政治家が与えたのだろうか?いや、いくらエリート集団の政治家とて、そんな細かな毒の知識など、いったい何処から、、、
察しの悪い私が独力で気づくのは無理だと判断したのか、彼女は溜息混じりで追加の質問をしてきた。
「奥様は見つからないとはいえ、何故病院や診療所ではなく、医者を探してきたのでしょうか。病気に罹った娘さんと一緒に暮らせば、いづれ自分が罹ってしまうかもしれないとは考えなかったのでしょうか。まして肺病なら尚更です。」
「もしや、、、」
「はい、娘さんはきっと悪辣なる父親と愚かな母親に利用されたのでしょう。件の政治家がどれ程高貴な生まれかは存じませんが、奥様が連れきたという凄腕の医者というのは大方、彼の方の侍医か何かなのでしょう。」
私はそれで彼女の話に合点がいった。
恐らく医者は全てを知っていた。
不倫のことも、妻が夫を殺めようとしていることも知った上で手を貸した。
それでも良心の呵責があり、せめてもの償いとして、複雑な表情を浮かべながらも毎日のように娘を診にきていたのだろう。
わざわざ、親に代わって留守居を引き受けるような人柄からして根はそこまで悪い人でもないのかもしれないが、やったことはやったことである。
結局、おっさんは最期まで誰一人として味方のいない世界で生きていたのだ。
実におっさんが報われない三流話だと私は思ってしまったが、現実に劇的な一流の話なんて存在しないのだろう。
あまりにも悲劇的な結末に涙を禁じえなかった私に対して、彼女は忠告するように言う。
「少弐様、念を押しておきますが、私は探偵や警察ではなく死神です。此処で私が述べたことは私の憶測に過ぎません。私たち死神の責務はあくまで死にゆく人々を黄泉へと導き、彼らに自らの未練と向き合ってもらい、自らの物語の結末を受け入れてもらうことなのです。来世に支障をきたさない為にも。」
これを書いている途中で思い出したのですが、この話を書こうとしたきっかけが確か、物語や小説に出てくる探偵たちって凄く証拠に執着するけど、証拠なしでストーリーを作れるのか? ということだったんですよ。証拠が手に入らない世界でどんな話が作れるだろうと思って、死後の世界を舞台に選んだことも思い出しました。この話って読み進めていくとわかるのですが、証拠という証拠は一切出てきません。全てが主人公とヒロイン?の憶測で成り立っています。その分、話の筋がだいぶ通りにくくなっていると思うのですが、よく高校生の時にこんな話を書こうとしましたよね、私。