六.孤独とは 2
ゴールデンウィークもいよいよ最終日。私も明日からはまた忙しくなりますし、憂鬱で堪りません。ゴールデンウィーク中は毎日投稿しようかなとも思ったのですが、これがまたやる気が出ないもんで結局ほぼ定期になりつつある日曜日の投稿と本日のこれ一本になってしまったんですよね。楽しみにしてた人(もしいたらって話ですけど)すみませんでした。でもね、分かって欲しいことがあって、私の昔の字マジで読みづらいんですよ。おまけにシャーペンでノートに書いてるっていうアナログ具合だから写りと劣化が酷くて時たま読めねぇーってなるんですよ。その度に疲れてしまって書き直す気になかなかなれないんです。まぁ、頑張りますけど。
今、私は車掌室にいる。
隣にいるのは己のせいで失職を免れ得ない立場にいる哀れな車掌だ。
もちろん、一乗客がどうこうできることではないことくらい私にだって分かるし、実際そういう理不尽な状況は現世でも多く見てきた、、、気がする。
しかし、己のせいで窮地に立たされる人がいることは個人的にいただけない。
そう思いつつも私は彼女から受け取った【乗客名簿】なるものに視線を落とした。
この本、ただの名簿にしてはやけに分厚いなと思っていたが、私の疑問の答えはここにあったようだ。
名簿とは名ばかりでここに書かれているのはどうやら名前だけではないらしい。
氏名以外にも家族、縁戚、先祖といった血統書のようなものからどのようにして本人と彼らが亡くなったのかまで事細かに書かれている。
ご丁寧に肖像だか写真だかよく分からないが、その見目まで分かるようにすらなっている。
自分のはどこかと探してみたが、見つかる前につい先ほどまで物憂げに俯いていた彼女が、
「貴方のものはその名簿にはございません。貴方は生きておりますから。」
と元気のない声で言った。
それもそうかと私も納得して、さっきまで探すように丁寧に一枚一枚めくっていたのをやめ、ペラペラペラと軽く目を通すように手の動きを変えた。
知らない人の名前と顔が出てきては消えるのを繰り返している中、一人、見覚えのある人物を見つけた。
見覚えがあると言っても顔を直接見たわけでもなければ、話したこともない赤の他人というやつだ。
けれども、その服装の色や形、少しばかり古びたベレー帽は、展望室でこれでもかと言わんばかりに展望車泣いていたまさにあのおっさんのものに違いなかった。
そこに書かれていた情報は目を背けたくなるほど悲惨なものだった。
父親はおっさんが子どもの頃に戦死、母親はその死から数日後に絞首、おそらく夫の訃報を聞いて絶望し、後追い自殺でもしたのだろう。先の戦争で死んだ者はそう多くないと聞いていたが、争いがあれば必ず相互に死者が出る。
戦争において、死者なしに成り立つ勝敗はあり得ない。
おっさんはその後、運がいいのか悪いのか公助によって育ち、なんとか結婚にまで至ったものの、子どもには恵まれなかったようだ。
おまけに、相手の方からもう二本新しい線が中途半端に出ているのを見ると不倫でもされたのだろう。
おっさんは孤独だったに違いない、相当まいっていたに違いない。
それで最終的に“服毒死”とは、己の体験が実に些細なことだったようにすら感じてくる。
私はそれほど辛そうな顔をしていたのだろうか。
彼女が心配するような口調で話しかけてきた。
「どうされましたか。親戚や知り合いの方でも見つけたのですか。」
「いや、別にそういうわけじゃないのだが、、、」
しかし、私は言葉に詰まってしまった。
昔から他人の悪意に鈍感な代わりにやたら感受性が人一倍高いことぐらいは知っていたつもりだったが、赤の他人の過去にすら感化されるようでは重症なのかもしれない。
私の考えることを見抜いたのか、はたまた勘違いしたのか分からないが彼女はそれ以上追及することもなく、お部屋は用意いたしますのでお待ちくださいとだけ言って、私から名簿を取り返すと私を追い出してくれた。
心のわだかまりが依然として消えない私は、あくまでこのわだかまりを解消するため、おっさんの話だけでも聞こうと展望車に再び行くことにした。
おっさんは相変わらず展望車の一角で泣いていた。
先ほどは気が付かなかったが、よく見るとおっさんは透けていた。
透けてはいたが、幽霊の類のそれでは全くなかった。
車掌や青年が言っていた濃いとはこのことを言うのだろう。
しかも、青年の言葉を信じるのならば、おっさんが相当現世に未練があることは一目瞭然であった。
私はおっさんの横の席に座り、おっさんが泣いているうちはそっとしておくことにし、相手から声が掛かるのをひたすらに待ち続けた。
案外おっさんがこちらに気がつくのは早かった。
おっさんに人前で涙を見せないという漢気があったのか、はたまた、泣いているくらいなら目の前にいる私に愚痴った方が良いと判断したのかは分からなかったが、おっさんはこちらの方を向くとしばらく置いたのちボソボソと語り出した。
「俺はなあ、記者だったんだ、売れてたかどうかは今の俺を見りゃ分かるだろ。」
(まぁ、売れっ子記者だったらいくら不遇だろうと自殺まではいかないだろうな)
私はうなづくだけしてきちんと聞いていることを示す。
「それでもなぁ、良かったんだ。妻がいて、娘がいりゃそれで満足だった。」
(娘? 名簿にはそんなこと書いてなかったが養子でも貰ったのか?)
「娘は妻に似て、それはもう可愛らしかった。将来はいい相手を見つけるんだぞ、と毎日のように言い聞かせていた。妻には悪かったが、俺のような相手が夫じゃ、掴める幸せもつかめないだろう。」
(本当に娘かどうかは分からないが、その愛は確かなものだったのだろう)
おっさんの過去からすれば、娘に幸せを掴んでほしいという思いは一層強かったはずだとも思った。
「でもなぁ、あいつはもう幸せになれねぇかもしれねぇ。この前かかった大病がようやく完治しそうだって言うのに、母が不倫に走り、父である俺は情けなくも死んじまった。」
(大病? 死ん“じまった”? というか、このおっさんは自分が死んだことじゃなくて娘がもう幸せになれないかもしれないことを憂えて泣いていたのか?)
様々な疑問が己の頭の中を錯綜する。
そんなときだった、車掌が私を呼びに来たのは。
運命の歯車が狂い出したのは。
ようやく本編が動き出した気がする。というかノロノロ書きすぎ。(バランスとって本日の後書きはこれだけ)