005:神条稲荷ダンジョンへ
国道沿いを西側へ向かい、自転車を漕ぐこと約十分。目的の【神条稲荷ダンジョン】に到着した。
【神条稲荷ダンジョン】は、国道沿いの小山に本堂を持つこじんまりした神社で、このダンジョン出現により赤陵高校がダンジョン指定校になる切っ掛けとなったダンジョンだ。つまり、ここが話題の世界初【推奨レベル0】のダンジョンというわけだ。
実はこのダンジョンは外観も特徴的で、入口、内部共に鍾乳洞を思わせる形状なんだ。
小学校のころ社会科見学や遠足で秩父辺りの鍾乳洞へ行き興奮していたオレとしては、そこまで足を運ぶことなくその雰囲気を味わえることに、なんとも感慨深いものを感じている。
しかも、ほとんどのダンジョン入り口は無人ゲート化されているのだが、何故か無人ゲート化されずに未だ対人対応だ。
入場の際、このダンジョンを管理している神社の神主さんか巫女さんにIDカードを提示すると、ゲート代わりに取り付けられた『しめ縄』を外してもらい入場するという、風情と情緒と神々しさがありすぎて、むしろ何かのアトラクションなんじゃないかと勘違いするほどなので、個人的には好ましく思っている。
ちなみに『しめ縄』は飾りじゃなくて、こっそり跨いだり勝手に外して無断入場しようとすると、神主さん曰く神罰が下るらしい。
先日、無断で侵入しようとした探索者がしめ縄に手をかけた瞬間、ビリビリッと痺れて失神落魄の所を神主さんに取り押さえられ、【Dーライセンス】が永久剥奪となったんだって。
どうやら神罰っていうのは害獣対策に酷似しているらしい。
オレが高校に進学して発行されたD-ライセンスは、入学して二か月たった今でも上がることなくFランクのまま。そのため、上位ランクの探索者との同行か紹介がない限り、このダンジョンが唯一入場可能なダンジョンで、他の学生は成人探索者とパーティーを組んで、EランクやDランクの上位のダンジョンで成果を上げていく中、オレはこのFランクダンジョンを好んで選択している。
魔石や資源の取得額は他のダンジョンと比べて当然低いけど、他の探索者が少ないため余計なストレスがなく、気楽で自由なダンジョン活動を行えるからだ。今後D-ライセンスが上がったとしても、このダンジョンには定期的に来るような気がする。
それと、このダンジョンを好んで活用している理由にはもう一つある。
ようやく到着したオレたちは、ダンジョン入りするために、境内入り口に置かれたダンジョン入場用の呼び鈴を鳴らすと、奥から巫女服を着た女性がこちらへと向かってきた。今日の担当はメグミ姉さんだ。このメグミさんの存在も、このダンジョンに来る理由の一つだ。
メグミ姉さんは、同じ赤陵高校の三年生でオレ達の先輩でもありご近所さん。
本名は神条愛実と言うんだけど、敬愛を込めて小さいころからメグミ姉さんと呼んでいる。
実は昨年の文化祭で開催されたミスコン優勝者。しかもぶっちぎり。さらに本物の巫女さんって、どんだけ属性持ちなんだよって感じ。
放課後は、この神社で巫女の修行をするため、ほぼ毎日【神条稲荷ダンジョン】にいるはずなんだけど、主な修業は境内奥で行うことが多くて受付に出ることは稀で、ダンジョン入場の受付をメグミ姉さんにしてもらえるのは相当レアなケースだ。大抵は、父親でもある神主さんが境内に現れて、オレが小さい頃に境内でやらかした悪さについての説教という名の小言を聞かされた後、ダンジョン入りすることになる。なので本日は当たりも当たり大当たりの日だ。
「いらっしゃいませー。ひっくん、みーちゃん。今日もダンジョン入場ね」
「はい!」「そうでーす」
今日も安定の「ひっくん」「みーちゃん」呼びだ。
ひっくんはオレの愛称。みーちゃんは美玖の愛称。小さい頃からそう呼ばれていたんだけれど、二か月前の入学式の体育館入場時に、ミス赤陵に大きな声で呼ばれた時には、学校中……特に二年生と三年生が、ひっくん」「みーちゃん」探しにやっきになって大騒ぎ。
メグミ姉さん当人も、しまったって顔で動揺してるし。まあ、みんながひっくんやみーちゃんが誰かは知らないからいつのまにか終息して、事なきを得たんだけどね。その時無表情を貫いたオレ達グッジョブ!
「ひっくん、またハムハムが増えてきたみたい。さっき起きた地震で、何匹かダンジョンからビックリして出ちゃたくらい増えてるみたいだから、少し間引きをお願いね」
「了解っ!」
神主さんは近くにいないようなので、ちょっとおちゃらけ気味に敬礼で答えて了承する。
ハムハムとは、このダンジョンに唯一生息する魔物のこと。正式名称はタイニーハムスターなんだけど、メグミ姉さんはなんでも可愛らしい名前を付ける癖があり、このダンジョンの魔物もいつのまにか可愛らしい呼び名が付いていた。
しかし、相変わらずこのダンジョンには人が来ないんだな。タイニーハムスターが増えてるってことは、討伐が足りていないってことだもんな。
数日間このダンジョンにこなかっただけで、ハムハム討伐を依頼されるほど増えるなんて、それだけこのダンジョンを訪れる探索者がいないってことなんだよな。どんだけ人気がないんだよ。レベル0ダンジョン恐るべし……。
そろそろダンジョンに入る準備をするため、ダンジョン入り口付近に併設されたドレッシングルームへと移動する。美玖とメグミ姉さんを伴い中へ入り、バッグからバチツルタイプのつるはしを取り出して、腰に付いたつるはし用ホルダーにつるはしを差し込んだ後、いよいよ新兵器を取り出してお披露目する。
「じゃーん。ついに昨日改造が終わったんだ!」
「何それ、おもちゃのテッポウ?」
「えー、テンション低っ。しかもテッポウって言われたよ。こいつはM92Fって拳銃で、米軍がかつて正式拳銃として採用したM9の量産モデルのガスガンなんだよ。そのガスガンを改造して、フロンガス仕様から炭酸ガス仕様へと変更してパワーアップしたのだ。本来は、まあ玩具なんでパワー不足で樹脂製の弾しか撃てなかったんだけど、炭酸仕様にすることでベアリングボールを弾として使用できるようになったから、弱めの魔物ならそれなりの効果が見込めると思うんだよね。おそらく15メートル位は弾が飛ぶから、遠距離攻撃も可能だし……」
「あ、ストップストップ! そういう説明は分からないからいいから。さあ、そろそろダンジョンに入りましょうかー」
ちぇっ、全然興味なしかよ。オレの話をキャンセルされてしまったよ。改造するのすっげー苦労したのに。もっと語りたかったのに。男のロマンなのにー。
エアガン、ガスガンのパワーアップ改造は、以前までは銃刀法違反に抵触するため、改造パーツ自体が入手困難だったんだけど、ダンジョン出現のおかげで改造パーツが流通されるようになったんだ。数日前、駅前にあるダンジョンショップチェーン店、ダンジョンのアイザワで改造パーツを買い込み、せっせと作り上げたんだ。
改造や持ち運び等細々としたルールがあるんだけど、そのルールを守ればパワー上限の制限もなくカスタマイズできる! って、語って聞かせたかったんだけど、美玖にそれを求めるのは酷だったかなぁ。がっかり……。
ダンジョンの入り口へと移動し、メグミ姉さんに『しめ縄』を外してもらうと、メグミ姉さんとは一旦ここでお別れだ。
オレは新調したガス銃を左手に握り、ダンジョンへいざ入場。ガス銃がどれだけ効果があるか楽しみだ。
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