004:バカと地震と恐怖心
地震の描写があります。
苦手な方はスルーしてください。
ダンジョンへ向かうべく校内にある駐輪場へ向かうと、駐輪場付近に一人の人影が見えた。
はぁ……と思わず落胆のため息が漏れる。
教室で姿を見ないと思ったら、今日はここにいやがったのか……。
こいつ呼ばわりしたその人影は、今日も髪をばっちりとセットし、すべすべツルツルのアゴ、遠くにいても無駄に香る香水をふりまくクラスメイト、黒原久須夫だ。
親が営む黒原工務店が、第一次ダンジョン大震災を契機に大成功を収め、地元で有数の建設業者に登り詰めたが、その時かなりグレーゾーンな対応をしていたらしく、色々と不穏な噂が絶えない。
そんな会社社長の息子である黒原久寿夫なんだから、まあ、おしてしるべきって感じなんだよな。努力で雰囲気イケメンを作り上げているのはまあ評価できるが、顔を合わすたびにいちいちオレに対して陰キャイジリしてくるので、とにかくオレはこいつが苦手だ。
父親の会社からスポンサードを受けている久寿夫は、そこからの支援で積極的な能力アップを行い、インターン制度が導入されてからたった二ヵ月で、ライセンスをDランクまで引き上げて、高校生の中でトップランカーの一人にまで達している。
ただ、能力アップのスピードが急速過ぎるため、不正しているのではという噂が出ているほどだ。
そのイメージを払拭するためにも、美玖たち三人のうち一人でも自分のパーティー『堕天使の翼』に引き込みたいと、しつこく絡んでくるんだよな。
「美玖ちゃーん。俺のパーティー参加のこと、少しは考えてくれたのか」
うわっ、そして猫なで声かよ。キモっ!
美玖に目を向けると……そうだよなー、美玖自身もオレと同じように感じているようで、これでもかってほどシワをよせ、不愉快そうな顔を隠そうともしていない。
ただ、残念なことに黒原には全く伝わっていないんだよな。
空気を読めずにこの態度で堂々できちゃう黒原は、一週回ってある意味勇者なのかもしれないな。明日からオレは心の中で勇者黒原と呼ぼう!
「えっ? ああ、その話なら前も言った通り。私はダンジョン攻略には興味がないからお断りよ」
おお……不快な表情とは裏腹に、黒原に対して美玖は淑女らしく丁寧で大人の対応だ。感心するよ。あー、でもよく見ると、顔は少し引きつってるのはご愛敬ってか。
「せっかく有力なスキルを持ってるんだから、寄生虫はさっさと見切って、俺のパーティーに入れよ」
「いえいえ、だからダンジョンに興味がないんだってば」
「こんなに頭下げてるのになんでだよ。あーっ、もしかしてこいつに何か弱みでも握られちゃった感じ? それなら俺ちゃんが手を貸してやるぜ!」
そう言いながらオレに指を差す。頭下げてと俺ちゃんのところに突っ込みを入れたいところだけど、勇者黒原くん、やっちゃってるよ。オレへの悪口は美玖の地雷だからな。昔から、美玖ってオレの悪口を聞かされるとキレちゃうんだよね。何でかは知らんけど……。
「はあっ? 私が誰と組もうが関係ないでしょ!」
ほらほら。
でも、明らかに空気が変わったのに黒原は気付かない? さすがは勇者だな。美玖の腕を掴み、更に畳みかけようとする。
「おい、俺が優しく言っているうちに、こっちについた方が身のためだぞ!」
「何を言って……」
あ、黒原の目つきがヤバい。こいつ暴力を振るう気か? 美玖が話を終える前に、二人の間に身体を滑り込ませる……。うげっ、慌てて入ったら黒原の顔と近くて不快なんだが……。それと、この距離だと香水の臭いがきつすぎっ!
「く、黒原。その辺にしておけよ。美玖は嫌だって言ってるんだからさ」
「はあ? お前こそ幼馴染だからって、陰キャブサイクがイキっていい場面じゃねえぞ」
何言ってんだこいつ。陰キャは否定しないけど、イキってはいないからな。オレの声、裏返ってたし。そもそも美玖がキレる前に、穏便に済ませてやろうと思っているのに。
「はあ、美玖。時間がもったいないからダンジョンにいこか」
バカを相手にするのに嫌気がさして、黒原に背を向け美玖の手を引き駐輪場に向かおうとする。しかし、残念なことに、後ろからけたたましい咆哮が浴びせられる。
「おい! 待て、てめぇ! ふざけんなよ」
その声が届くとほぼ同時に、オレの背中に衝撃が走る。
「うぐっ!」
背中に蹴りをくらったようで、その衝撃で数メートル飛ばされてしまう。ゴロンゴロンと転がった感覚。多分二回転くらいは転がった。黒原って攻撃とかのパワー系スキルも所持しているんだろうな……などと、転がりながら冷静に分析する。
「ちょっと、黒原君! 何してるのよ」
「じゃまするなっ!」
更に追撃するべくオレの胸ぐらをつかみ、右腕を振り上げ殴ろうとするが、美玖の冷静な一言で動きが止まる。
「黒原っ!……くん……。あなた、いい加減にやめた方がいいわよ」
「はぁ?」
あまりにも冷たいトーンに美玖の方へと振り返る黒原に、美玖は上空へと指を向ける。
「黒原君の暴力は、一部始終あのカメラが記録しているわよ」
黒原が指先へ目を向けると、そこには防犯用のカメラが設置されている。
「何でカメラなんかがあんだよ」
「あら、あなた知らないの? 例年に比べて、節度がない生徒が多く入学したから、今年から人目が少ない場所には、ああやって設置されたみたいよ」
まるで黒原みたいなヤツに向けて設置したと言わんばかりだったけど、勇者に伝わったかどうか……。
「ちっ、そんなの関係ねえっ」
おっぱっぴー? なんかどこかで聞いたようなセリフを吐き、オレに殴りかかろうと近づいてくる。こいつ本当のバカだ。証拠が残るってことはどういうことか、全く理解していないな。
ところが、やられる! と、そう思った瞬間、黒原の拳がオレに届く前に、めまいのような感覚を覚える……。と同時に、駐輪場の屋根が小刻みに揺れたかと思った次の瞬間、一気にガタガタと壮大な音を出し始める。あ、これ、地震だ。
「きゃ! 輝、地震っ!」
それなりに揺れているけど、埼玉の地盤舐めるなよ。この辺りなら被害になるほどの規模じゃない、はず。おそらく震度四程度の揺れなんて、オレからしたら大したことじゃない。
不安そうにする美玖を安心させようと手を握り、声を掛けようとしたその時……。
「うわあぁぁぁぁぁぁーーーーーーゆ、揺れてるぅーーーーーーーー」
「「は、はいっ?」」
叫び声の方へと顔を向けると、四つん這いになって怯える黒原の姿。地震が怖いのは分かるけど、今までの横暴な態度からの四つん這いは、ギャップがありすぎるって。しかもお前のそれは全然ギャップ萌えじゃないからな。
およそ三十秒程度で地震は収まったけど、黒原は四つん這いのままガタガタ震え続けている。ただの怖がりかよ。しかたないので棒読みで声を掛ける。
「あー黒原、大丈夫か?」
「うぅ…………」
「黒原?」
「う、うるせえなっ……全然何てことねぇし……覚えてろよ」
オレの声で正気を取り戻した後、見事なまでのザコキャラテンプレ捨てセリフを吐き、生まれたての小鹿のようなおぼつかない足取りでフラフラと歩きながら、黒原は校舎の方へと姿を消していった。
しかし覚えてろって言われてもなぁ……。四つん這いで震えてる黒原の見事なギャップ萌えの姿は、そうそう忘れられるもんじゃねえよ。あ、写メっておけばよかったな。
「なあ、あいつって地元だよな。あの怖がり方って異常じゃない?」
「さあ、あいつのことなんか知らないわ」
「そりゃそうか……美玖、さっきは、なんかありがとな……じゃあ、ダンジョンに行こうか」
「うん、でも背中大丈夫?」
「あーイタイかも」
「ちょっと見せて」
そう言いながら背中を見ると、すかさずオレの背中を端末で撮影したあと、おそらく背中についた足跡をポンポンと払い、汚れを落としてくれる。
「大丈夫みたいね♪」
「ちょっ!」
それだけかよと思いながら、気を取り直して再び駐輪場へと向かいながら、美玖が言っていた防犯カメラのことを思い出す。
「そういえばさ、防犯カメラあったじゃん。さっきの映像って手に入らないかな」
「うわっ、悪趣味ね……。でも、警察署に被害届を出せば何とかなるかも、ちょっと開示請求できないか調べてみようかなー」
「おぬしもなかなか……」
「うふふっ」
軽口で多少は和んだけど、ダンジョンに行く前にどっと疲れた。ダンジョンへ向かうべく踏み込むペダルは、なんかいつもよりも重く感じるよ。
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次の更新は月曜日21時を予定しています。