021:ドローンの成果と意見交換
せっかくの夏休みも、川越ダンジョンまつりにエントリーした日以外は代わり映えせずに、いつも通り早朝からダンジョンへと向かい、通例通りハムハムを間引いてから一度帰宅する。
軽くシャワーで汗を流してから、今日は登校するため玄関を出ると、いつも通り美玖が玄関先でオレを迎えてくれるが、スマホを片手に、にやけながらこちらに目を向けている。なんだか不穏な感じ。
「輝ぁ、昨日はあずささんを泣かしたんだって。元ミスコン優勝者を泣かせちゃうなんてびっくりだよー。いったい何をしたらそんなことになっちゃうんだかー」
「なっ!」
昨日の今日でなんでっ? メグミ姉さんのリークか?
「ほら、これっ」
美玖がそう言いながら自分のスマホをオレに見せてくる。そのスマホには、あずささんがオレと対面し、あずささんが涙ぐむ動画が流されている。
オレ唖然。数秒後に再起動し、何とか言葉を絞り出す。
「なんで……これ……」
「昨日の夜、玲ちゃんから送られてきた」
「ガチか……」
あ……。
ドローンが動作中の映像は録画されて、その映像はオンラインになった時点でサーバーにバックアップされるって言ってはいたが、すでにその映像が拡散されているとは。情報化時代恐るべしたな……。
美玖がこの映像を持っているってことは、もちろん三人共映像を見ているってことだよな。なんだか、今日の報告会は欠席したい気分なんだが。
「輝、あとで詳しく教えてくれるんだよね」
「あ、うん」
「じゃあ、行こうか。遅刻しちゃうからね」
美玖にせっつかれながら自転車に乗り、足取り重く教室へと向かう。部室へ直接言ってもよかったんだけど、今日の報告会には博士とオニクにも同席してもらおうと思っているので、集合場所は一旦教室にした。
教室に入ると、すでに藍澤さんは教室にいて、こちらの存在に気付く。
「輝様、昨日のドローン映像を拝見いたしました。様々な検証をお試し頂いたようで、開発部の者達も感謝しておりました」
「いやー、こちらこそ素晴らしい試作品をお借りしてありがたかったです。めちゃくちゃ便利で、ダンジョンで活用するイメージがものすごく広がりました。今回お借りしたドローンって、市販化される予定ってあるんですか。市販化されるんなら、ぜひ購入したいんだけど」
「ある程度目途が立てば、商品化する予定なので購入は問題ございません。ただ、初期ロッドはかなり高額になると思われます」
この感じだと、さすがに川越ダンジョンまつりまでに手に入れるのは難しそうだな。高額ってことなら、そもそも手が出ないかもしれないし……。せめて自分の動きが確認できるドローンを用意してみるかな。端末と接続して追尾する程度の機能が搭載されたドローンを用意するか。
「ところで輝様、白島あずさ様とは相当親密なご様子。かなり高価な魔石をお渡ししてたようですが……」
藍澤さんは、そこまでで一度言葉を止めたかと思うと、口元をオレの耳に寄せて、小声で話を再開させる。耳元でささやかれるとぞくぞくするんだけど! しかも藍澤さん超いい匂い。思わず身震いしそうになるのを耐えながら藍澤さんの話に耳を傾ける。
「タイニーハムスターから、何度か【魔石+2】のドロップを映像で確認いたしました。タイニーハムスターからのドロップは【魔石+1】のはずですが、もしや何かご存じでしょうか。開発部でもその話題で持ちきりでございました」
たしかにドロップしないはずの【魔石+2】がドロップしたら話題になるよな。前回パーティーで神条ダンジョンに潜った際、魔石回収はオレがやっていたから【魔石+2】のドロップに気が付かなかったのか。
【魔石+2】ドロップについて、自分でカスタム化した銃に使用しているベアリング弾がダンジョンに吸収され、吸収アイテム化されたんじゃないかということを、他人にはあまり聞かれたくない内容だったため、自然と藍澤さんの耳元に口を寄せて小声で伝えていた。
夏休みでオレたち以外は登校している生徒はいないのに……。
「あれれっ? 玲っちと輝っちが急接近してる!」
突如、千堂さんの声が響き渡り、オレと藍澤さんの身体が跳ねる。
いやいや急接近って、そんなことは……って、あれっ? 相当夢中で話していたのか、知らないうちに頬の温もりが伝わるほどの距離まで超接近してた。藍澤さんに釣られたってのもあるんだけど、そもそも美玖に聞かれても問題ない話だし。
ヤバい。意識した瞬間、顔が火照ってきたぞ。これじゃ、めちゃくちゃ意識してるみたいじゃん。はずかしー。よく見ると、藍澤さんの耳も頬も真っ赤っ。恥じらう姿は、いつものクールビューティーとは違い可愛いすぎだろ。
美玖は横で、オレたちのことを生暖かい目で見てるし。
意識を素早く立て直したのは藍澤さん。数秒で毅然とした態度に変貌する。
「あまり聞かせてはいけないお話でしたので、耳元でお話をさせていただきました」
「それ、うちらも聞ける?」
「輝様。いかがいたしましょう」
「あー、問題ないので部室で移動後に情報交換しましょうか」
「りょ! それと白鳥あずささんとの馴れ初めもなっ」
「なっ!」
「うひひっ」
馴れ初めってなんだよ。千堂さん面白がってるかよ。
「昨日の映像を見ながら情報共有しますけど、個人情報なので、あずささんの情報開示はありません!」
「輝っち、そこが一番重要じゃね?」
「不要です!」
一通り話がまとまったところで、タイミングよく肉付きが良すぎる通称オニクと、ちょっと神経質なメガネの通称博士の二人が同時に登校してきた。絶妙だぜ、お前たち!
「みんな集まったみたいだし、部室へ移ろうか!」
「輝っち~」
☆☆☆
部室に移動するとアイさんはすでにスタンバイしていて、動画を流す準備は完了していた。
部室中央のテーブルにノートPCが置かれ、それに対面するようにモバイル液晶モニターがセットされている。ノートPC側にはアイさんが座り、モバイル液晶モニター側にはオレたちが座る。
オレが撮影した動画を見ながら検証するため集まったんだけど、広く意見を聞きたいと思い、肉付きが良すぎる通称オニクと、ちょっと神経質なメガネの通称博士の二人にも参加してもらうようお願いした。
「て、天真くん〜。我々はさすがに場違いでは」
「教室に入った時も思ったんだけど、赤陵高等学校一年女子トップスリーと同室なんて、緊張で汗をかき過ぎて痩せてしまいそうですぅー」
確かにこの三人に囲まれたら、陰キャにはきついよな。
三人三様でそれぞれ別な美しさがあり、うまく言えないんだが同じ制服を着ているはずなのに、他の生徒と比べると明らかに違う。
ただ、今日は
オレも最初はそうだったけど、お前らも慣れろっ! オニクはせっかくだし少し痩せよう。
一応フォローも入れておくか。
「あー、美玖、千堂さん、藍澤さんの三人共、陰キャにやさしい陽キャだから安心して? オレも噛みつかれたりしたことないから」
「輝っち、言い方ザツ!」
「あはっ、あはは。まあ……そんなわけだから安心して。感じたまま意見してもらえればいいから」
「「はあ……」」
「よろしくー」「よろ~」「よろしくお願いいたします」
「「はい! お願いします!」」
オタクらしい動きでぺこりと挨拶する二人。なんかこの二人の返答って、タイミングバッチリだよな。オタク同士の阿吽の呼吸ってやつなのか。
とりあえずお互い挨拶も済んだので話を進めるか。と思ったら、既にアイさんがPCを操作をする。すると対面のモバイル液晶モニターに映像が流れ出す。
「では、こちらをご覧ください」
おおっ早速。
これは当然、昨日オレがダンジョン進行したときの映像だな。
ダンジョンに入ってオレが最初に設定した正面と後方、上下二分割されたダンジョン内の様子が流されていく。
進行途中に魔物が出現すると、イエローのリングが魔物に重なるように表示され、魔物の位置を常にサーチし、魔物が動くたびにそのリングも魔物を追いかけていく。ハムハム程度のスピードならリングが魔物から外れることはなさそうな精度だ。この機能があるだけで、ダンジョンでの安全性は非常に向上するよなー。
二十式小銃から発射されたベアリング弾が、画面上の魔物を次々と倒していく。
あらためて映像で見直すと、秒間数発程度の連射速度なので、少し遅く感じるけど、ベアリング弾を射出するために高いテンションのスプリングを入れているので、どうしても巻き上げに時間が掛かってしまうが、まあしょうがないな。
とは言え、連射できるのは戦力的に大きくて、複数のハムハムに襲い掛かれても、素早く排除することができるんだから。
画面上には、弾が命中して倒した瞬間にリングが消えていく様子が映っている。
普段ではありえない視界に、この場にいるほとんどのメンバーは、使用した際の有用性をイメージしていたく感激している。ただ、オニクだけはどうもマルチタスクが苦手なようで、前と後ろを同時に見るなんて不可能だーと嘆いている。
そういえば、サーチできる数ってどれくらいあるんだろうか。
「アイさん、質問いいですか」
「はい、どうぞ」
「魔物がいる位置を捉えているイエローのリングは、同時に何体の魔物を捉えることが出来るんですか」
「一つのドローンが認識する数は、最大で16体まで同時に表示する設計になっています。ちなみに表示の優先順位は、本人から近い魔物から優先して表示されています」
一つのドローン? なんか、含みのある言い方に疑問を感じていると、アイさんは更にドローン情報を語り始める。
「将来的には、ドローン同士がマルチリンクで情報共有されるようになりますので、リンクしているドローン数×16体の魔物を認識することが可能になります。そして、その情報はAIで随時分析され、パーティーメンバー登録した全員には、危険度や優先度等がリアルタイムで共有されます」
すごっ。でも、ここまで情報開示しちゃっていいの?
「この情報は、既に周知されているものなので問題ございません」
えっ? オレ、何も口に出していないんだけど……エスパーかよ。
「魔物がいる位置が分かるなんていいわね。玲ちゃん、これっていくら位で購入できるの?」
ここで値段を聞いちゃうか。ナイス美玖っ!
「わたくしは存じませんがアイは?」
「存じ上げておりますが、まだ製品の発表前のものですので、おおよその価格程度ならお伝えは可能かと」
その返答に軽く頷く藍澤さんを見て、アイさんは話を続ける。
「PRO仕様は7桁前後。一般品は6桁中盤程度を予定してます」
百万前後!! 当分手が出ない予感しかしない。
「案外安いわね! これからダンジョンに行く機会が増えそうだから買っちゃおうかな」
なにっ? 美玖の金銭感覚っ!
「それなら、あーしも買うかー」
いやいや千堂さんまで? なんだよ、その金銭感覚のギャップは! そういえば、千堂さんって何者なんだろうか。隣の市から通うギャルっぽい娘ってこと以外謎なんだよな。いや、そもそもプライベートなことを話すほど親密でもないか。今度、美玖にこっそり聞いてみよう。
「このドローンを導入したら、このパーティーはすごく強くなるよね!」
「だねー。インカムで音声通話はしてっけど、魔物の位置情報がリアタイで分かるのはエグイわ」
なんかイイ感じでドローンのことで盛り上がってるな。ドローンのネタに注視しているところで話をまとめて、今日のミーティングは終わりにしようかな。昨日の件を突っ込まれるのは面倒だしな。
あ……博士とオニクを空気にしていた。この二人って、絶対何かいいネタ持ってると思うんだよね。オレ達とは、完全に視点が違うから。
「なあ、博士とオニク。殺気の映像を見て何か気になったことある?」
しばらく考えた二人は、感じたことを口にする。
「僕が感じたのは、魔物の情報がもっとあるといいかなあと。魔物の名称やドロップするものが分かれば、倒したい順番を判断できるんじゃないかと。魔物名だけでも表示されれば、こいつ肉落とす奴だーって瞬時にわかると思うので!」
オニク……やっぱり肉かよ。
まあ、確かに名称表示は案外有益かもしれない。遠方の魔物が何なのか分かるだけでも、かなり戦いやすくなるだろう。逃したくないアイテムをドロップする魔物が分かれば、優先的にその魔物を狙うこともできるはずだし。
「私が思うに、魔物をサーチしたリングの色分けがあると良いのではと感じましたな。近距離、中距離、遠距離で色分けして、危険な魔物がどれか視覚的に認識できるようになるといいんじゃないかと」
なるほど。視覚的に分かるのはいいな。博士、なかなかやるな。
アイさんはそのアイデアをPCにメモしているようで、絶えずキーボードを打ち続けていく。
「大体の情報交換はできたかと思うので、本日の意見交換はお開きにしましょうか」
「輝様、お忘れになっておりますよ」
「な・れ・そ・めっ!」
いやいや馴れ初めはないから。
ただ、魔石については情報共有した方がよさそうだ。当面は秘匿してもらうことを条件に、ベアリング弾を使用するようになった後に【魔石+2】がドロップするようになったこと。
恐らくベアリング弾が吸収アイテム化して【魔石+2】になっているんじゃないかってこと。
吸収アイテム化は容易にできることと、神条ダンジョンなら回収も比較的楽ということ。
最後に吸収アイテム化させ、魔銃化したM92Fを披露し、意見交換はお開きになった。
千堂さんは、最後まで白島あずささんとの馴れ初めについてかなり粘られたので、あずささん救出時の様子から、外に出て安心したんじゃね? 的な話しでお茶を濁し解散することになった。
千堂さんは納得していない様子だったけど、さすがにシングルで無理してる話とかの個人情報をいう分けに行かないしね。
さてと、明日はいよいよ仕込んだ吸収アイテムの回収だ。どう魔銃化しているのか楽しみしかないんだが……。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ついにストックがなくなってしまったため、次回から更新が遅れるかもしれません。




