020:早朝のゴミ出しとドローンテスト
今朝は、色々な実験をすべく神条ダンジョンへと向かう。
予定では、先日見せてもらった開発途中ドローンを借りることができたのでそのテストと、土、日、月に魔銃化するためにカスタム化したガスガンをダンジョンに吸収させることが主な目的だ。
いつもより少しだけ遅い……といっても、ほんの十分くらい遅れで、玄関に置かれた燃えるごみの袋を手にして外に出る。ごみを捨て終え、カラス対策用の網を被せなおしていると、後ろから軽快に駆け寄る足音が聞こえる。
「おにいちゃーん!」
振り返ると、ものすごい勢いで小さな女の子がオレの足元に飛びついてきた。同じアパートに住む白島あかねちゃんだ。
「おうっ、あかねちゃんおはよー。今日も元気だなー」
そう言いながら両脇を抱えて高く持ち上げると、きゃっきゃと声を上げながら喜んでくれる。
「あずささん、おはようございます」
「輝くん、おはよー」
彼女はあかねちゃんのお母さんで白島あずささん。シングルマザーであかねちゃんを一人で育てているので、同じシングルのオレの母親ともよい関係を築いているらしい。
あずささんも赤陵高等学校の卒業生で、卒業した年の文化祭でのミスコンでは優勝したほどの美貌の持ち主で、大学に入ってすぐに二年先輩の人気モデルに見染められすぐに付き合い始めたところまでは良かったんだけど、この先輩が思いのほかクズだった。
付き合い始めてすぐに妊娠が分かり婚姻関係を結んだんだけど、結婚してすぐに複数の浮気相手の存在が発覚し、ほんの数ヶ月で婚姻関係は破綻し一人で娘のあかねちゃんを育てることを決めた。
もちろん賠償金や養育費は貰っているらしいけど、たった一人で子育てをしていくなんて相当の覚悟が必要だ。同じような経験をしてきたオレの母ちゃんは、当然手を貸さないなんてありえないよな。だからって訳じゃないけど、オレも出来る範囲でサポートしようと思ってる。
まあ、オレがやってることなんて、あかねちゃんと遊んであげて、あずささんが休める時間を作る程度しかできないんだけどね。
「輝くんはこれから部活?」
「はい。神条ダンジョンでハムハムを倒しながら、いろいろ実験する予定です」
「そうなんだねー。いってらっしゃい」
「おにーちゃん頑張ってねー」
「あかねちゃんも保育園、楽しんでね。いってらっしゃいー」
手を振りながら二人とお別れし、神条ダンジョンへと向かう。
☆☆☆
神条ダンジョン到着後、早速ドレッシングルームでダンジョンに入る準備だ。今日は、藍澤さんから借りたドローンの使用テストを行う。
収納ケースから専用のゴーグルを取り出し、装着してからドローンの電源を入れると、ドローンはゆっくり上空へ上がり始め、天井スレスレの位置をホバリングでキープし始める。
その挙動を見届けて、ロッカーに不要な荷物を押し込んでから外へと進む。
数歩進んで振り返ると、おっ! ドローンはちゃんとついてきているな。
ドレッシングルームの出入り口を出るときにも、ドローンは壁に衝突しない位置まで高度を下げ、オレの後をトレースするように追尾し、室外に出ると同時に上空三メートル位まで緩やかに上昇し、その高さをキープする。
なんか、懐いてるペットがオレについてくるみたいでちょっと可愛いな。
あっ、そうだ忘れてた。
「カメラ・オン」
オレの声に反応して、今まで普通のレンズだった面の下半分の部分に、ドローンが捉えている映像が映し出される。
ドローンの映像はリアルの視界よりも若干広角で、体感的には百八十度程度の視界が確保されている感じなので、視野よりも広い範囲を首を左右に動かさずに見ることができる。
ちなみに音声による操作は、独自のAI技術で、かなり曖昧な言葉でも幅広く反応するらしい。
今使用した『カメラ・オン』の他にも『カメラ映像表示』『カメラ起動』『カメラ映像を映し出す』等でも同じ操作が行われる。
それ以外には、AIによる状況判断で、行動のアドバイスや魔物の接近情報等の周囲の状況報告等、様々なサポート機能もプログラムされているそうだ。詳しくは使用してお試しください……と藍澤さんに預けられたので、これからいろいろと試してみる予定だ。
ドローン映像がゴーグルに映し出されても、前方の視界は十分確保されているので、映像情報は全く視界の邪魔にならない。もし邪魔になった場合、レンズ部は跳ね上げ式になっているので、手動で跳ね上げることもできるし。
「リア」
今度はカメラの視界が後方へと切り替わり、自分の後ろが映し出される。この映像はなかなか便利だな。前方を向いて進みながら、後方の状況が確認できるんだから。とりあえず今日は、この視界固定で試してみよう。
今日のダンジョンでの最大の目的は、オレに追随するドローンからどんな情報が得られるかなので、とりあえずジョギング程度のスピードでダンジョンを進んでいこう。先日カスタマイズした二十式小銃の電動ガンなら、何らかのアクシデントがあったとしてもハムハム程度なら造作もない。
小走りで進んでいくと、ドローンが察知したハムハムの位置情報がゴーグルに送られてくる。
掌握したハムハムの数は三つ。イエローのサークルがハムハムを追尾していき、その位置情報は常にゴーグルに送られてくるんだけど、ハムハムが自分との距離を詰めてくると、イエローのサークルがレッドに変わる。
距離によってサークルの色が変わり、それが警告になるようだ。
サークルのカラーが赤になったハムハムを優先し、二十式小銃でハムハムを倒していく。 二十式小銃は連射が可能なので、複数が出現してもフルオートで一掃できるので、何の苦もなく次々に討伐していく。
今回から銃のフロントにレーザーサイトを装着したおかげで、照準の制度も上がり、より安全かつ早急に討伐することができるようになっている。
三匹を討伐したのち少し進むと、壁の陰に隠れるようにハムハムがいたようで、その情報がドローンから送られてくる。
それに気が付かずに進んだ場合にはどうなるか、念のためのテストとして情報を無視して進んでみることにする。
ハムハムの位置情報を追跡しているサークルは、自分に近づくほど点滅速度が早くなり、接近していることを警告してくる。
なるほど……。この警告なら、意識が混濁しているとかのアクシデントではない限り、気が付かないことはなさそうだ。
赤い点滅が執拗に繰り返される警告が、非常に鬱陶しく我慢の限界になったため、対象のハムハムを二十式小銃で討伐すると、それと同時に警告音は解除された。
何度か同じような状況を作ってからの討伐を繰り返しダンジョンを進んでいく。おおよそ三十分程度で、神条ダンジョン内を一周して出口辺りまで到着した。
今朝のデータ取りはここまでにするかな。
今朝の実績は、魔石LV1×20=10,000円と魔石LV2×5=25,000円を入手することができた。サクッと周回しただけで35,000円とは、だんだんトンデモアルバイトになってきたな……。
そのおかげで、装備品への投資が潤沢にできるので、ありがたい以外ないんだけどね。
帰宅前に今日のもう一つの目的のため、スキル操作を入手した隠し通路に移動する。
隠し通路に入れるよう穴をあけ、前回同様、匍匐前進で奥の方まで進んでいく。
行けるところまで移動すると、数日前からカスタマイズしたガスガン四丁と二十式小銃を、初めてジュエルボックスを入手した脇にある落とし穴へと落とし込む。この銃が無事回収できれば、護身用として各メンバーに配布する予定だ。
ガスガン四丁のうち三丁は、美玖、千堂さん、藍澤さんに護身用に渡し、残り一丁は何かあった時に予備として用意した。M92Fガスガンと同様なら、魔銃化すると弾倉のリロードは不要になるため、もし有益なら誰かが二丁拳銃ってのも、オレ的には相当のロマンだ。きっと美玖には全否定されるんだろうけどな。
それはともかく、いい感じで魔銃化してオレのもとに帰っておいで!
そう願いつつ、今朝の朝練はここまでとし帰宅した。
☆☆☆
退屈な授業を乗り越えようやく放課後。
再びドローンのデータ取りのため、神代ダンジョンへと向かう。ソロでの情報取得をしたかったので、午後もオレ一人だ。
準備を終え、朝と同様にドローンを従えてダンジョンに入っていく。
朝の移動と同じように、ジョギングのペースでダンジョンを進んでいくと、少し先で戦闘を行っている人影が見える。
レベルゼロのダンジョンなので、そう危険な状況にはならないとは思いつつも、少し急ぎ目で近づいていくと、数匹のハムハムが女性に群がり、その女性は身動きが取れなくなっているようだ。
ここから銃でハムハムを撃つわけにはいかないので、ダッシュで近づき群がるハムハムを鷲掴みにして引き離し投げ飛ばしていく。四匹程度だったが、ハムハムに群がられたためパニック状態になってしまったらしい。
投げ捨てたハムハムは、再度こちらへ攻撃すべく向かってきたので、魔銃化したM92Fで全てを討伐する。
「大丈夫ですか」
「はあ、はあ、はあ、はあ……ええ、ありがとうございます……」
お礼を言う女性を見てハッとする。
あれっ? 今朝も顔を合わせた白島あずささんが、こんなところで魔物に襲われてボロボロになっているなんて、だれが想像するかよ。
「あずささん、どうして?」
「あれ? 輝くん? どうしてこんなところにいるの」
どうやらあずささんは、パートの収入では心もとないので、ダンジョンで副収入を得ようと考えていたらしい。
このダンジョンならレベルゼロなので比較的安全なので、時間があるときにはダンジョンに入っているらしいんだけど、今日はたまたまハムハムに群がられて、パニックになってしまったんだと。
あずささんは普通の女の子だもんな……。
「あかねの生活を少しでも良くしようと思って、最近はたまにこのダンジョンに入ってるんだけど、こんなことは初めて……。輝くんが来てくれて助かっちゃったよ」
明るく言ってるけど、どう見ても落ち込んでいる。
こんなあずささんは見たくなかった。
校内にあるミスコン受賞者の写真にあるあずささんは、それはもう輝いていたもんな。こんな顔をさせた元旦那はホント許せん!
「とりあえずダンジョンを出ましょうか」
「そうね……」
そのあとは、ハムハムと遭遇することなくダンジョンから無事鳥居の前まで戻ることができたので、ポケットから出すふりをしながら、異空間からLV1とLV2の魔石を二つずつ取り出してあずささんに手渡す。本当は、さっき倒した時にドロップした魔石はLV1が2個だけだったけどね。
「はい、これ。さっきのハムハムを倒した時に回収した魔石」
「えー、これは貰えないよ。私、襲われていただけだし。あれ? しかも違う魔石も混ざっているみたいよ」
魔石LV2の存在にも気付いちゃったか。せっかくなので、とっておきの情報も教えてあげようかな。あずささんの苦労が少しでも軽減されるように……。
「極秘情報ですが、最近このダンジョンのハムハムは、たまにLV2の魔石を落とすことがあるらしいですよ。このダンジョンは不人気なので、ほとんど知られてない情報なんですが。だから、今ならこのダンジョンは狙い目です。比較的安全に稼ぐことができますので!」
そうなったのは完全にオレのせいなんだけどね。ベアリング弾を使用したカスタム銃をこのダンジョンでテストしている限り、LV2の魔石のドロップが止まることはない。
「えっ! こんな大事な情報を私に教えていいの?」
「シングルで頑張ってるあずささんだけ特別です! なので、この情報はあまり拡散しないでくださいね」
あれ? 何か失敗した? あずささんのウルウルしてる?
「ぐすっ……うん、絶対誰にも言わない……ありがと」
うわっ、どうしよう。泣かすつもりで情報を教えたんじゃないのに。しかも、ちょっとかわいいぞ。で、こんな時はどうしたらいいんだ? 抱き寄せるとかか? いやいや、ないない。そもそも、そんなキャラじゃないし、その選択肢は間違っている確率百パーだろっ。うーん、どうしよう……。
「あーーーーーっ! ひっくんが女の子泣かせてる!」
「ひゃっ! ち、違います!」
突然メグミ姉さんの叱責の声が響いたので、全力で否定するオレ。
その声に驚いたあずささんも、顔を上げてメグミ姉さんの声の方を向く。あっ、泣き止んだ。ナイスメグミ姉さん。
「あれ? 白島あずさ先輩? うわー、あずさ先輩だ! お久しぶりです」
「あなたは確か神条愛実さんだったかしら。あっ、そうか。神条ダンジョンって神条さんのおうちだったのね。将来は家を継いで巫女さんになるって言ってたもんね。すごいわー、ちゃんと巫女さんだわー」
おうちって……。他の言動も……。あずささんって、案外天然なんだなぁ。
「と、とにかくメグミ姉さん、オレがイジメたわけではないですからね」
「ええ、イジメられたわけじゃないわ。それじゃ、これはありがたく頂いておく」
よかった。受け取ってもらえた。
「それで、あかねちゃんに美味しいものでも食べさせてあげて下さい」
「輝くぅん」
ありゃ、また涙目。優しい言葉NGか。
「ひっくん。なかなかのたらしね……」
「んっ? メグミ姉さん何か言った?」
「いいえ、何も」
何かボソッとオレのこと言ってた気がしたんだけど気のせいかな。
「あずささんが、またこのダンジョンに入るときに、もし不安ならオレに声をかけてください。いつでも手伝いますので」
「うん、その時はお願いします」
ドローンの実験データの収集もそれなりにできたので、今日のところはここまでにするか。しまった。ドローンはまだ起動中だ!
「録画停止。電源OFF」
ドローンはゆっくりと着地後電源のランプが消える。おそらく待機状態になったと思われる。
急ぎ停止したけど後の祭りだよな。オンラインにすると、ドローンの情報はすべてサーバーにバックアップされるって言ってたもんな。
別にやましいことはしてないけど恥ずかしいんだが……。
魔石を換金して帰路についたんだけど、明日部室で行うことになっているドローンの報告会は気が重いわー。




