016:川越ダンジョンへ
約束の週末。
今日はパーティーメンバー四人が揃い、初めて川越ダンジョンに挑戦する日だ。
まあ今日のところは、軽く流しながら各自の連携を試すことが目的なので、川越ダンジョンの1Fのみの探索で深く潜るつもりは全くない。
1Fで遭遇する魔物はゴブリンとグレイウルフの二種類だけなので、このメンバーなら戦力的に命の危険はほぼない状態で連携の確認はできるはずだ。とはいえ、ゴブリンはハムハムの三倍程度、グレイウルフは四倍程度の強さなので過信するつもりはない。
新狭山駅北口前に六時集合で、オレ、美玖、アネゴは既に終結済。あとは藍澤さんの到着を待つばかりだ。おそらく神条ダンジョンに来た時のワンボックスの高級車で来るんだろうと思い、オレはその車が来ないか周辺を伺っている。
当初、藍澤さんの行為で自宅まで送迎してくれるという話もあったが、さすがに申し訳ないので丁重にお断りして駅に集合としたんだけど、どうやら藍澤さんのセキュリティ上の都合で、むしろ面倒なことになってしまったらしい。あとから美玖にたしなめられてしまった……。
最終的には、駅前に三人で待っていればピックアップするということで話はまとまったので、三人の装備品等の全ての荷物はオレの異空間へと収納し、全員手ぶら状態でバス停ベンチに座り待機している。
ピックアップするに辺り、藍澤さんのセキュリティーガードからなるべくダンジョンに行くとは思えない格好でとの指示があったので、オレ達三人は非常にラフな恰好でその場にいる。オレなんてTシャツに短パン姿なので、誰の目にもダンジョンへ向かう者たちだとは映らないだろう。
ただ、何なのお前たち! 美玖と千堂さんがベンチに座るオレの両隣に座ると、オレに腕を絡みつかせてべったり密着し、柔らかい胸を押し付けながら、話しかけるでもなくメス顔でオレを見つめている。しかも超至近距離で!
近い、近い、ほんと近いって!
左右ちょっとでもオレの顔が動いたら、ほっぺにチューされちゃうような距離じゃんか! ベンチに座ってるオレは、正面を向いたまま不動の姿勢を取るしかないってば。
しかも、二人が呼吸するたびオレの頬をくすぐる吐息と、押し付けられた双丘から伝わる心臓の鼓動は、オレの理性の壁を簡単に崩していく。
これがあれか! 依存協調ってよくわからないステータスの効果がそうさせてるのか?
朝早くにもかかわらず、オレの目はすっかり目覚めました。でもね、それ以上続けられたら、妄想だけで違うところも目覚めちゃうからそろそろやめようか……。
いや、今すぐオレの異空間操作でマ〇ー空間に引きずり込めば、三十分間余裕ができる! まさかの三〇プレイのチャンスなんじゃね?
そんな邪なことを考えてしまっていたタイミングで、斜め後ろからコホンと咳払いが聞こえる。
「えー、お楽しみのところ失礼いたします。天真様御一行で間違いございませんでしょうか」
「えっ、は、はい。そうです」
「アイさんじゃん、おつー」「お久しぶりです」
それは、すごくバツの悪そうな表情を浮かべ、黒いスーツをまとい清潔感のある女性が立っていた。姿勢も飛びぬけてよくて、直立した姿はかっこよさが引き立ち、この田舎ではむしろ悪目立ちするほど。どうやら、美玖と千堂さんは面識があるようだ。
オレの返答を聞くと、すぐに背を向け耳に装着したヘッドセットで通信を始める。
「ご本人御一行と無事接触しましたので、車を回してください」
そう伝え終わると、こちらに向き直るスーツ姿の女性。
「私は藍澤玲様のセキュリティの一人、アイと申します。これからすぐにお迎え用の車が参りますので、そちらにお乗りください。そのまま川越ダンジョンへと向かいます。装備品等のお荷物はどちらでしょうか」
「あ、装備は大丈夫です」
そんな会話を行っていると、すぐ目の前には黒色のワンボックスが停止し、後部のスライドドアが自動で開く。外観も高級そうだけど中も超高級っぽいな。
「こちらにお乗りください」
無言でオレは最後部の座席へと潜り込む。
ベージュの柔らかい革製のシートに座ると、身体がシートにすっぽり包まれるように沈み込む。おおっ! 感動っー!
「あーしも輝っちの横に座るー」
そう言いながらサードシートに乗ろうとする千堂さんだけど、サードシートに乗り込むため前方にずらしていたセカンドシートを素早く下げて、サードシートに入れないようにする。
「いや、二人は豪華なセカンドシートでおくつろぎをー」
「もう、いけずー。んじゃ、美玖っちと座ろうかねー。そういえば、玲っちもいないのかー」
セカンドシートに深く身を沈めながらつぶやく千堂さん。
「玲様とは後ほどの合流となります」
「あーなるほどー」
その回答に納得したようだ。同乗してないことも想定済みなのか。
藍澤さんがここに乗車していないのは、セキュリティー上の理由があるのかもしれない。
それにしても、この車スゲーな。
美玖と千堂さんが座るセカンドシートなんて、シートごとに独立したゴージャスなひじ掛けやカップホルダー等が備え付けられていて、まるでビジネスクラスのシートのようだ。見たことないけど……。
オレは座席だけで感動しているんだけど、二人は普通に受け入れてる。
なんだろう、この疎外感というか敗北感というか……。オレとは違い、二人とも裕福層だってことを実感する。
オレ達がシートベルトを装着すると、そのタイミングで車が静かに進み出し、助手席のアイさんが振り返る。
「このまま川越ダンジョンへと向かいます。玲様とは、川越街道に到達するまでに合流予定となっております」
そう聞かされてから約十分。国道十六号線を大宮方面に向けて走り続ける途中で、藍澤さんが搭乗している車と合流したとアイさんから情報が共有される。振り返ると同じ型の車が二台、オレ達が乗車している車に追走しているのが確認できた。
合流後、朝早いこともあって走行する車は非常に少なく、新狭山駅を出発して約二十分程度で川越ダンジョンに到着した。
川越ダンジョンは、入間川と荒川が合流する地点に発生したダンジョンで、車以外では非常にアクセスが困難な場所なため、学生、特に高校生がこのダンジョンに入るのは非常に敷居が高い。ここのダンジョンをホームにしている藍澤さんは、非常にイレギュラーな存在だ。
まずは入場前に着替え等の準備を行うか。
このダンジョンは、元々ダンジョンのアイザワが製品開発をするために活用していたダンジョンだったため、ダンジョンのアイザワ用の施設がかなり充実している。
川越ダンジョンに入るためのゲート脇に併設されたビルの1/3はダンジョンのアイザワ所有の施設になっていて、その施設の使用は関係者ならいつでも使用が可能らしい。
そこにはもちろん専用ドレッシングルームもあり、今日はそこを使用してダンジョンへの準備を進める。
オレの異空間から装備を取り出し美玖と千堂さんに手渡し、オレは一人寂しく男性用ドレッシングルームへと向かった。
準備完了後の集合は受付前とし、十数分後、メンバー全員は準備を終えてそこへと集合した。
オレ、千堂さん、玲さんは前回と同様の装いだけど、さすがに美玖はジャージ姿でダンジョン入りする訳にはいかないので、今回は千堂さんに近しい装備を用意し装着してもらっている。
これで一応準備完了か。
早々に受付を済ませて、いよいよ川越ダンジョンに入る。
これが通常のダンジョンか。初の通常ダンジョンは、ちょっと感動。
神条ダンジョンに比べて遙かに通路は広く、通路の幅だけでも三倍以上あると感じる。しかも、入ってから脇道に到着するまでの長さが六十メートル程度もある。どんだけ長いんだよ。
そういえば、オレたちのチームがダンジョン入り一番乗りらしいので、それなりに魔物が発生していると思われる。
少し進むと、どの魔物かはっきりしないが何かうごめく姿が見える。かろうじて視界は確保できていたけど、この状態での戦闘はよろしくないな……。と思ったのもつかの間。
「ライト」
後方から呪文を唱えるヒメの声が響く。
呪文を言い終わると同時に、辺り一面が明るくなり、周辺の通路の視界が開けて、うごめく影が五匹のゴブリンだと確認できた。ゴブリンとの距離は魔物との距離が少しあるので、遠距離攻撃で牽制したいと思い美玖に声を掛ける。
「美玖っ」
「承知」
オレの意図を理解した美玖は、魔銃でゴブリンに向けて弾を連射する。
あっという間に二匹に命中し魔石に変わる。そのタイミングで他のゴブリン三匹がこちらを認識し、奇声を上げながら近づいてくるので、美玖はそのゴブリンたちへ追撃する。
三匹目もヘッドショットで討伐に成功するが、じわじわ近づくゴブリンに焦ったのか、美玖は四発目、五発目とも外してしまう。焦って更に撃ち続けるけど全く当たらない。
そういえば美玖って戦闘は初めてだもんな。奇声を上げながらゴブリンが向かってきたら、足も竦むよな。そう思い二十式小銃を構えトリガーに指を掛けようとしたその時、その横からアネゴが飛び出して二匹のゴブリンへと向かっていき、あっという間に二匹共首を切り落とす。
おお、さすがアネゴ! これが経験値の差か。
「アネゴ、フォロー流石です! 美玖も三匹目までは完璧っ! 逃してもフォローがあるから、次は焦らないで大丈夫」
「おっけー!」「分かった」
五匹のゴブリンを討伐した後は、ドロップ品を拾いダンジョンの奥へと進む。
通路をまっすぐ進んでいくと、T字路になっている最初の分かれ道まで魔物と遭遇することなく到着した。
思ったよりも魔物の数が少ないのか、それとも、この先は行き止まりだから、吹き溜まりの方に魔物が集まっているのか? ゴブリンかウルフがそれなりの数集まっている可能性があるので、少し警戒を強めて進もう。
「ヒメ、この先の状況って分かってる?」
「存じ上げております」
川越ダンジョンをメインに潜っている美玖に確認すると、この先の状況は当然把握済みらしいので、美玖とアネゴに簡単な説明を行う。
「この先は行き止まりで魔物が溜まり易くなっているので、少しだけ警戒度を高めて進もう。最初のゴブリン以降、ここまで魔物と遭遇しないのは少し気になる」
「りょ」「んっ」
状況共有を済ませ、T字路を右折し先へと進んでいく。
進行の途中で度々単体のグレイウルフに襲われるのでその都度倒し、 五体程度倒したところでようやく行き止まり近くまで到着する。そこから行き止まり地点の様子を伺うと、それなりのグレイウルフが集合しているのが確認できた。そこにいるグレイウルフはざっと十匹。
美玖とアネゴが攻撃の為にグレイウルフに近づいていき、そのあとをフローするためオレとヒメが追随する。
美玖の魔銃による先制攻撃で、早々に二匹のグレイウルフを討伐。その時ターゲットにならなかったグレイウルフが、こちらに向かって一斉に襲い掛かってくる。今回は焦らずに、美玖はその追撃に対応し、さらに四匹ほど討伐するが、残り四匹は至近距離まで接近されてしまう。
だが、接近したグレイウルフはアネゴのフォローにより、残ったグレイウルフ全てを瞬時に討伐する。おおっ! 今日二度目のナイスアネゴ!!
前回の戦闘時の行動を踏まえ、アネゴがうまく美玖をフォローしながら行った行動が功を奏し、二桁のグレイウルフを二人で難なく討伐する。連携もバッチリだし、この階層は問題なく進めそうだな。
他に魔物の存在は感じられなかったので、ここまでの道のりを戻りT字路入口のところまで戻る。
「みんな、体力的な問題はありそう?」
「問題ございません」「全然おっけー!」「大丈夫っ!」
とりあえず三人とも問題はなさそうだな。
とりあえず、次の階層への入口まで進んでみようか。そこに行きつく間には何ヵ所か分岐はあるけど、今日のところはその分岐は無視して、次の階層入口までを今日の目標に進んでみるか。
ただ、次の階層入り口までの距離はそれなりに遠い。
陸上のトラックのような楕円になっている通路が伸びていて、そこまでの道のりは距離的には千メートル位ある。距離がそれなりにあるので、万が一の保険としてヒメの魔法は極力セーブしてもらうことにした。
結果的に、途中何度か魔物とは遭遇したものの、B1へ続く通路手前までさほど緊迫することなく進むことができたので、何度かヒメのバフ系魔法にはお世話になったものの、美玖とアネゴ二人を中心に回復にはることなく到達することができた。
今日のところは予定通り、ここから帰還することに決めた。
帰還時は、二十式小銃が魔物にどれくらい効果があるか確認するため、オレが先頭を切ることにした。対ハムハムだけだと、データとしては心許ない感じがするしな……。
意気揚々と先頭を進んだんだけど、ここに来るまですでに、ゴブリン×15匹、グレイウルフ×9匹を美玖とアネゴで討伐済みなので、残念なことに帰り道は魔物とほとんど遭遇しない。
かろうじて単体のゴブリンに二度ほど遭遇したけど、この銃を使って複数の魔物との遭遇戦を試したかったんだよなー。そんなことを思いながら歩いていると、そろそろ中間地点にまで到達する。中間地点は十字路になっているため、四方から魔物と遭遇する可能性があるため危険度が高い。
案の定、丁度十字路に差し掛かった場所で、右側の通路から一匹、左側の通路から二匹のグレイウルフが姿を現した。そうそう、こういうシチュを待ち望んでたんだよ!
まずは左側から出現した二匹のグレイウルフに向けて、フロントに装着しているグレネードランチャーを使用する。
グレネードランチャーといっても、BB弾仕様のトイガンを炭酸ガス&ベアリング弾を射出できるように改造したもので、グレネードを模模したカートに備え付けられた六つの短いバレルから、一回の発射で三発ずつ、計十八発のベアリング弾が発射されると、各グレイウルフには数発ずつのベアリング弾が命中し、命中した勢いで二匹とも弾き飛ばされていく。 この隙に、右側の通路から出現したグレイウルフに銃口を向けて一連射すると、三発ともグレイウルフに命中し、グレイウルフは魔石へと変わったので、再び左通路のグレイウルフへと目を向ける。
そこには、弱々しく立ち上がるグレイウルフが一匹。もう一匹は見当たらないので、討伐が完了し一匹だけ瀕死の状態で立ち上がったところなのかもしれない。狙いを定め単発で仕留め、無事討伐が完了した。
「美玖、右側の魔石配収よろしく」
「分かった」
右側の魔石回収を美玖に頼み、左側の魔石を回収するため近づいていく。おそらく二匹とも魔石がドロップしたように見えたので、二つの魔石の回収へ向かう。グレイウルフからは【攻撃+1】か【攻撃+2】のスキルジュエルも出る場合があるが、今回は間違いなく魔石だった。
一つ目に回収した魔石は【魔石LV2】。【LV1】の場合もあるのでラッキーってことで。もう一つはどこだ? 近くのはずだけど見当たらない。周囲を見渡すと少し離れたところに魔石が転がっているのが確認できたので、そこへ向かおうとすると、足元に少し違和感があった。目を向けると、左足の靴紐が解けて地面を引きずっていたので、直そうとしゃがみ込む。
その瞬間、何かが頭をかすめ飛んで行き地面に刺さる音がしたのでその方向を見ると、そこにはボウガンのものと思われる矢が一本突き刺さっていた。狙撃っ?
撃った方向から身を隠せる壁際へと素早く移動した後、十字路までは射線に入らなさそうなので、叫びながらダッシュで移動する。
「狙撃された! 全員、出口まで緊急退避っ! 先頭はアネゴ、美玖はアネゴを後方から援護! 魔物と遭遇したら進行方向の魔物優先で攻撃。ヒメは二人の後に続いて後方支援。オレはしんがりを務めます!」
アネゴ、美玖、ヒメは隊列を組み、無言で出口に向けて撤収を開始する。オレはそれを見送り、撤収する前に狙撃された方向へとお土産を置いていくことにする。矢が通過した射線から考えると、とても誤射とは思えないからな。
まずは攻撃された方角に向けて、身を乗り出してグレネードを発射する。
発射後はすぐに身を再度隠し、銃だけを向けて乱射していく。流石にこれだけベアリング弾を撒けば、早々追撃してはこれないだろう。
ワンマガジンに装弾された六十発を撃ち尽くしたので、グレネードのカートとマガジンを交換する。数メートル先に、オレを狙ったと思われるボウガンの矢が地面に刺さっているのが見えるので、念のため証拠として回収するか。
心の中で一、二、三とタイミングを取り、グレネードを発射してから銃を乱射すると「ぎゃっ」っと叫び声が聞こえた。ラッキー! 命中しちゃった。ノコノコと姿を現しやがったんだな。装備を装着しているはずだから、まあ、死ぬことはないだろう。
これで若干溜飲が下がったので、弾を撃ちながら矢を回収し、そのまま出口へと向かう。
幸運にも、出口に到達するまで魔物とは遭遇せずに到達できた。
オレ達がダンジョン入りした後のチームが分かれば、おおよその見当は付くんだけど、
明らかに故意だと分かる証拠がない限り情報の開示は難しいらしい。
とりあえず今回の状況は川越ダンジョンの運営へと報告していったん終了か。全員が無事生還したってことで、今日のところは良しとするか……。
これで今日は解散かなっと思っていたら、川越ダンジョンには、ダンジョンのアイザワ所有のブリーフィングルームもあるらしい。
そこへと連れていかれて、本日の反省会を行うことが確定した。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次の更新は月曜日18時を予定しています。




