第9話 覚醒の代償 ― 仕組まれた運命と失われた記憶
最後までお読みいただければ幸いです。
赤松たち4人は、調査の末、ついにその孤児院にたどり着いた。場所は市外れのひっそりとした一角にあり、古びた建物が陰鬱な雰囲気を放っていた。何年も使われていないようで、木々に囲まれ、薄暗く、外観は荒れ果てていたが、その中に確かに何かが隠されているような予感がしていた。
「ここか、懐かしいな。」赤松は静かに呟き、周囲を見渡した。
青山は眉をひそめ、建物の前に立ち止まる。「ここに来るまで、ずっと不安だったが…やっぱり、何かがおかしい。異常な感じがする。」
麗子は周りを警戒しながら、「ここで何かが起こったってことは確かね。でも、どうしてこんな場所に記憶が消されるようなことが?」
慧も何かを感じ取った様子で目を細めながら言った。「予知の力が鈍くなってきた。ここは、普通の場所じゃない。気をつけろ。」
4人は慎重に足を踏み入れ、壊れかけた扉を開ける。中に入ると、薄暗い廊下と長い階段が広がっており、ほこりと霧が漂っていた。どこからか風が吹き込んでいるのか、微かな音が聞こえるだけで静まり返っている。唯一、足音が響く中で、進むべき方向は定まっていた。
「誰かいるのか?」赤松は声を張り上げて呼びかけたが、返事はなかった。
4人はそのまま奥へ進み、ついに一つの部屋にたどり着いた。その部屋のドアを開けると、そこには見慣れたような、だが何とも言えない光景が広がっていた。部屋の壁には古い写真が飾られており、その写真の中には、見たことのある顔が幾つもあった。
「これ…俺たちの、昔の顔だ…」青山はその一枚の写真を指さし、驚きの表情を浮かべた。
赤松が近づいて写真をよく見ると、そこには彼自身、青山、麗子、慧、心、そして他の子供たちの写真が写っていた。全員、明らかに孤児院時代のものだ。だが、いずれもその写真が一体どういう意図で撮られたのか、その背景がわからなかった。
「これ、どういうこと?」麗子が問いかける。
その時、部屋の隅に隠れていたものが目に入った。小さな金属製の箱が埃をかぶって置かれているのが見えた。慧がその箱に手を伸ばし、慎重に開けると、中から一枚の古いメモが出てきた。
「これ…」慧がメモを読み上げた。
『すべての記憶は消去される。覚醒した者たちは、真実を知る時が来る。その時、決して戻れない道を歩むことになる。』
「記憶…消去?」赤松はその言葉を反芻した。「俺たち、最初から何かが仕組まれていたのか。」
青山はその言葉を続けるように言った。「これだけじゃない。孤児院には、何か大きな実験があったんだろうな。覚醒した者たち…俺たちが何かの計画の一部だったのかもしれない。」
麗子もそのメモを手に取って見つめながら、「ここで何が行われていたのか、これからどうすればいいのか、まだ全てはわからない。でも、確実に何かがある。私たちを変えた何か。」
その時、奥から聞き覚えのある声が響いた。「よく来たね…君たちが探し求めていた答えが、ここにある。」
その声に振り返ると、廃墟の中から一人の人物が現れた。それは、年齢を重ねてはいるが見覚えのある顔だった。
静まり返った廃墟の中に響いたその声は、4人にとって懐かしい顔だった。ゆっくりと姿を現したのは、桃田総一――かつて孤児院で「総一お兄さん」と4人が呼んでいた人物だった。昔の面影を残しながらも、彼の瞳にはどこか達観したような色が宿っていた。
「総一お兄さん…?」麗子が思わず声を漏らす。
「久しぶりだね。君たちがここに来る日が、いつか必ず来ることは分かっていたよ。」桃田はまるで待ち続けていたかのように微笑んだ。
「俺たちがここに来ることを知っていた…?」赤松は訝しげに眉をひそめる。「どういう意味ですか。」
桃田は少し歩を進め、古びた机の上に手を置いた。「君たちがこの孤児院の出身であり、ここで何かが起こっていたことに気づくのは時間の問題だった。いや、むしろ気づかせるための道筋が用意されていたと言ったほうが正しいか。」
「用意された道筋?」麗子が疑念を込めた視線を向ける。
「簡単な話さ。君たちは偶然能力を得たわけじゃない。覚醒することは、決められていたことだった。君たちはこの場所で生まれ、育ち…ある時点で記憶を消された。なぜか?それは、君たちの能力が未完成だったからだ。」
「…冗談だろ?」慧が呟いた。「じゃあ、俺たちは誰かの計画に沿って生きてきたっていうのか?」
桃田は無言のまま頷く。
「待ってくれ。それなら、なぜ緑川…高橋がここにいない?」赤松はもう一つの疑問をぶつけた。「俺たちと同じく能力者なのに、なぜ彼女だけ…?」
桃田はその問いに対し、少しだけ表情を曇らせた。そして、静かに答えた。
「緑川心は……自らこの場所に戻ることを拒んだからだよ。」
桃田の言葉が静まり返った空間に響く。
「拒んだ?」青山が低い声で問いかけた。
「どういうことだよ。」赤松も続ける。
桃田は少し息を吐き、ゆっくりと視線を4人に向けた。
「……彼女の本当の名前は、緑川心だ。そして、君たちを覚醒させたのは、彼女自身だった。」
「何……?」慧が言葉を失う。
「どういうこと?」麗子が眉をひそめる。
「彼女は、高橋啓介――我々の敵対組織タナトス・インダストリーズ社の幹部に引き取られ、高橋心という名前を与えられた。今の彼女は、表向きはただの会社員として君たちと同じように生活しているが……本当は、君たちを覚醒させるために動いていたんだ。」
「ふざけんなよ。」赤松が低く呟いた。「じゃあ、あの爆発事故も――」
「そうだ。時生の事故も、念冶へ暴漢をけしかけたのも、すべて彼女が仕組んだものだ。」
「……っ!!」4人の背筋が凍る。
「爆発事故は事故じゃない。彼女が意図的に君たちを死の淵に立たせ、能力を覚醒させるために仕掛けたものだった。なぜか?それは……君たち5人が、ネオジェネシス社の"実験体"だからだ。」
「……実験体?」慧が息を呑む。
「君たちは、次世代の人類を作り上げるプロジェクトの一環として生まれた。"能力者"という存在は、偶然の産物じゃない。すべて、計画されていたことなんだ。」
桃田の言葉に、誰もが息をするのも忘れた。
「そんな……」麗子が震える声を漏らす。「私たちが……ただの実験の結果、ってこと……?」
「じゃあ、緑川――いや、高橋は……」赤松が拳を握りしめる。「最初から、俺たちを……?」
「彼女は知っていた。そして、自分の意志で君たちを覚醒させることを選んだ。」桃田は静かに続ける。「それが彼女の使命だったんだよ。」
桃田の言葉に4人は言葉を失った。
「……違う。」
静寂を破ったのは慧だった。
「彼女が、そんなことを……?」
「そう思いたい気持ちはわかる。でもな、彼女の行動はすべて――最初から、高橋啓介のシナリオどおりだったんだ。」
「……!」
「彼女はお前たちと同じ実験体だった。だが、他の4人とは違って、幼い頃に"育成"のために引き取られた。そして、彼女は高橋啓介の手のひらの上で育てられ、"計画"の遂行者に仕立て上げられた。」
「そんな……」麗子の声がかすれる。
「爆発事故も、君たちの覚醒も、すべて高橋啓介の計画の一部だったんだ。」
赤松は唇を噛みしめ、拳を握りしめた。
「つまり……俺たちは、最初から"仕組まれていた"ってことか。」
桃田はゆっくりとうなずく。
「そうだ。そして、それを実行したのが――緑川心だった。」
「じゃあ……結局、やつらの目的は何なんだ?」
青山の低い声が静まり返った空間に響く。
桃田は一つ息をつくと、静かに言葉を紡いだ。
「タナトスインダストリーズ社は能力者の軍事利用を進めている。彼らは"進化した兵士"を生み出すために、お前たちのような存在を求めているんだ。」
「兵士……?」赤松が眉をひそめる。「俺たちを、戦争の道具にしようってことか?」
「そういうことだ。」桃田は頷く。「そして、もう一つ。ネオジェネシス社――表向きは生命科学の研究機関だが、実態は違う。米国と日本政府が共同で進めている極秘プロジェクトの中核にある。生命科学、人体適応技術の発展を目的とした生体工学的試験……つまり、"次世代の人類"を作り出す研究が、今もなお極秘裏で続けられている。」
「次世代の人類……?」慧が息をのむ。
「そうだ。」桃田は4人を見つめながら続ける。「お前たちは、その"成果"なんだよ。」
沈黙が落ちた。
「……じゃあ、桃田さんは?」麗子が不安げに問いかける。
「俺は、どちらにも属していない。」桃田の声は静かだった。「俺はただ――実験体の保護を目的としている。お前たちを、"利用する側"にも"研究する側"にも渡させはしない。」
赤松たちは、複雑な思いで桃田を見つめた。
「だから、言っておく。」桃田は鋭い視線を4人に向ける。「お前たちは、すでに追われる身だ。そして、これは"始まり"にすぎない。」
4人は、それぞれの感情を抱えながら沈黙した。
赤松念冶は拳を握りしめた。自分たちはただの人間ではなく、"作られた存在"だったのか。覚醒したことにも理由があり、事故ですら仕組まれていた――すべてが操られていた。悔しさと怒りがこみ上げるが、同時に冷静に考えようとする自分もいた。
青山時生は冷静を装っていたが、内心は大きく揺れていた。政府機関が関わる極秘プロジェクト、そして自分たちがその"成果"だという事実。企業や国が動くほどの価値が自分たちにあるのか?ただの偶然の能力者ではなく、何か特別な目的のために生み出された存在なのか?それを知ることが、これからの戦いのカギになると考えた。
黒田慧は予知能力を持っている自分ですら、まったく気づけなかった真実に戦慄していた。未来を見ることはできるが、"自分たちの過去"は見えない。なぜなのか。思い出せない記憶、曖昧な孤児院での生活。そこに何が隠されているのかを、知る必要があると思った。
白石麗子は静かに震えていた。身体を何度も再生させる自分は、一体なんなのか。本当に人間なのか。もし、これが"次世代の人類"の実験の結果だとしたら、彼女が"普通の人間"に戻ることはもうできないのではないか。戦うことはできる。でも、それが自分の本当の意思なのかが分からなくなっていた。
桃田は彼らの表情を見つめ、静かに言った。
「これからどうするかは、お前たち次第だ。だが、動くなら急げ。やつらも気づいている。」
「気づいている?」青山が眉をひそめる。
「ああ。」桃田は頷いた。「お前たちが"覚醒"したことに。そして、ここに集まったことに。」
その言葉に、4人は互いに視線を交わす。
「……逃げるって選択肢はないな。」赤松が口を開いた。
「当然だろ。」青山が小さく笑う。「ここまで来て、今さら知らんふりはできない。」
「真実を知りたい。」黒田が小さく呟く。「俺たちがなんなのか。なんのために作られたのか。」
「私は……」麗子は少し迷ったが、深く息を吸い、しっかりと前を向いた。「私も同じ。全部知りたい。」
桃田は満足そうに頷いた。
「なら、決まりだな。」
彼らの次の行動は、孤児院の"本当の姿"を暴くことだった。
過去を知るために、4人は動き出す――すべての答えを求めて。
桃田は静かに口を開いた。
「高橋啓介は、緑川心のテレパシーを無効化する機器を頭部に装着している。」
その言葉に、4人は驚きの表情を浮かべた。
「無効化……?」青山が眉をひそめる。
「そうだ。高橋啓介は、心の能力を知ったうえで、それを封じる手段を用意していた。心が自由に考え、動くことを許さなかったんだ。」
「じゃあ、緑川心は……」麗子が言葉を詰まらせる。
「被害者だ。」桃田はきっぱりと言い切った。「少なくとも、完全に彼女の意志でお前たちを事故に巻き込んだわけじゃない。高橋啓介の計画の中で、心は道具のように利用されていた。」
赤松は強く拳を握りしめた。
「じゃあ、俺たちは……本当に、彼女を敵だと思っていいのか?」
「そこは、お前たち自身が確かめるしかない。」桃田は腕を組んだ。「だが、心に会う前に、お前たちはもっと強くなる必要がある。」
「強くなる?」黒田が問い返すと、桃田はゆっくりと頷いた。
「俺もまた、お前たちと同じく実験体だ。」
「……なんだと?」青山が目を見開く。
「ただし、俺は"一世代前の失敗作"だ。」桃田は淡々と言った。「5人の能力すべてを持っているが、その力は中途半端で弱い。お前たちのように洗練されたものではない。だが、そのぶん、能力の限界と鍛え方は知っている。」
4人は言葉を失った。
「まずは、お前たち自身の力を極限まで高める。そして、緑川心に会いに行け。」桃田の目が鋭く光る。「その先に、すべての答えがある。」
静かな決意が、4人の中に生まれ始めていた。
「俺たちが強くなるためには、まずは自分たちの能力をもっと研ぎ澄ませなければならない。」赤松が言った。
「その通りだ。」青山が続ける。「俺たちがどんな状況でも戦えるようになるためには、能力の限界を超える必要がある。」
桃田は深く頷いた。「そうだ。そして、そのためには、緑川心と対面することが不可欠だ。お前たちの力を鍛えて、いずれ彼女と会う準備を整えなければならない。」
「でも、今の緑川心が本当にどういう存在か、何が起きるのか分からない。」麗子が慎重に言った。
「確かに。」慧が静かに言った。「でも、今は進むしかない、全員で戦いに備えるべきだ。」
「そうだ。」桃田がしっかりとした声で言った。「お前たちだけでなく、俺も一緒に戦う。まずはお前たちの能力を強化し、緑川心と会う準備を整えていこう。」
三ヶ月が過ぎ、4人の能力はさらに研ぎ澄まされていた。日々の訓練と努力によって、それぞれの力は確実に強化され、以前よりも制御が効くようになっていた。
赤松は、自分の能力をより精密に使いこなせるようになり、感覚を研ぎ澄ませることで、複数のものを同時に動かせるようになってきた。。
青山は、時間を止める力の範囲を広げ、時間停止中に自分の行動をより細かく制御できるようになった。その力での戦闘能力が飛躍的に向上し、相手の動きを完全に読み切ることができるようになっていた。
麗子は超再生能力を更に強化し、肉体的な回復力が驚異的に向上した。以前は回復に少し時間がかかることもあったが、今では瞬時に傷を癒すことができ、体力や耐久力も増していた。さらに、彼女は他人の傷を癒す能力も強化し、他者の生命力を引き出して回復させることが可能になった。
慧は予知能力の精度を高め、短期的な未来の出来事だけでなく、長期的な兆候や大きな事件の予知にも対応できるようになっていた。さらに、彼の予知能力は未来だけでなく、過去の出来事も視覚的に感じ取れるようになっていた。過去のビジョンが突然彼の前に現れることがあり、時にはそれが重要な手がかりとなることもあった。特に、感情や意識を冷静に保つことで、過去の出来事をより鮮明に、そして正確に見ることができるようになっていた。
4人は、これまで以上に緊密に連携し、訓練を重ねていった。能力の強化に伴い、彼らの絆も深まり、緑川心との対峙に向けて準備が整いつつあった。
最後までお読みいただきありがとうございます。