第7話 爆破事件
最後までお読みいただければ幸いです。
山崎が亡くなってから一週間後。
赤松と青山は、同期の藤井に呼び出された。
場所は、会社近くの喫茶店。
静かにコーヒーを啜る藤井の顔は、どこか険しかった。
「……実はさ」
藤井が重い口を開く。
「山崎、あんたたちに何か言ってなかった?」
赤松と青山は顔を見合わせる。
「何かって?」
「高橋のこと」
その名前が出た瞬間、二人の表情が強張った。
「……山崎が死ぬ前、私に相談してきたんだ。高橋のことを調べてるって」
赤松が僅かに眉を寄せる。
「調べてる?」
「ああ。どうもおかしいことがあるって言ってた。出身地を聞くたびに違うし、昔話も微妙に食い違う。極めつけは、戸籍を辿ろうとしても、過去が全然出てこないって話だった」
青山が腕を組み、じっと考え込む。
「……確かにおかしいな」
「でしょ? それで、山崎は決定的な証拠を掴もうとしてたみたいなんだけど……」
藤井は、そこで言葉を切り、重々しく続けた。
「結局、本人を問い詰めた直後に……あいつは死んだ」
沈黙が降りる。
赤松は拳を握りしめた。
山崎が命を絶った理由。
それがもし、高橋に関係しているのだとしたら──。
「なあ、念冶」
考え込んでいた青山が、不意に顔を上げた。
「俺、もしかして高橋の正体がわかったかもしれない」
「……何?」
「高橋って、本名じゃないんだろ?」
「ああ……少なくとも山崎が調べた結果ではな」
青山は真剣な眼差しで赤松を見つめた。
「俺たちと孤児院に居た女の子の一人に似てないか?」
「え、もしかして……あいつ、緑川心なのか?」
その名前を発した瞬間、赤松の意識の奥底で、かつての記憶が揺らめいた。
──孤児院で共に育った少女。
──他人の感情を敏感に感じ取る、不思議な子だった。
「……まさか」
赤松は唇を噛みしめた。
「もしそうなら……なんで、あいつは俺たちに何も言わなかったんだ?俺たちを知ってるはずなのに!」
「それに、山崎が気づいた途端に死んだのも、偶然じゃないかもしれない」
青山の声が低くなる。
「高橋は、俺たちと同じ孤児院にいた緑川心で、何かを隠してる。 そう考えた方が筋が通るだろ?」
藤井が、ゆっくりとカップを置き、ふっと息をついた。
「もしそうなら……私たち、彼女の正体を知ってしまって、大丈夫なのかな?」
重い沈黙が、三人の間を支配した。
疑念の夜
その夜、赤松と青山は行きつけの居酒屋で向かい合っていた。
普段なら仕事終わりの軽い飲みのはずが、今日は違った。
話題はただひとつ──高橋。
「もし高橋が緑川心だったら……俺たちとの共通点は、同期じゃなくて孤児院になる」
青山が酒を一口飲みながら、低い声で言う。
赤松は頷き、手元のグラスをじっと見つめた。
「山崎が気づいたのが、もしそのことだったとしたら……」
「それで命を落とした可能性もあるな」
重い空気が漂う。
赤松は深く息を吐き、青山の目をまっすぐ見た。
「お前はどう思う? 高橋が緑川心だとして、それに気づいた山崎を殺すか?」」
青山はしばらく考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「……もし、そうなら、高橋は何かを隠してる。というか、隠さなきゃならない理由があるはずだ」
「たとえば?」
「たとえば──何らかの能力者である可能性もある」
その言葉に、赤松の手がピタリと止まった。
「……能力者?」
「考えてみろ。俺たちはあの孤児院にいた。もし、あの場所が何か特別な環境だったとしたら?」
「……まさか」
「山崎が高橋の過去を探ろうとした。そしたら急に死んだ」
青山はグラスを置き、真剣な目で言った。
「この状況、偶然だと思うか?」
赤松は何も言えなかった。
「もし高橋が能力者だったとしたら、山崎が気づいたことを知って、何かした可能性もある」
「……そんなこと、考えたくもねえな」
「でも、可能性はある」
赤松は目を閉じ、考える。
もし高橋が何らかの能力者なら、彼女がこれまで見せてきた姿は全て演技だったのか?
いや、それとも──。
「……一つ、気になることがある」
「なんだ?」
「藤井だ」
青山の表情が変わる。
「今日の話を聞いて、藤井も高橋に疑念を持つかもしれない」
「そうだな」
「もし高橋が何かを隠していて、藤井がそれを探ろうとしたら……」
赤松は唇を噛む。
「藤井が危ない」
青山は黙ったまま、拳を握りしめた。
「……明日、藤井に話そう」
「そうだな」
二人は黙々と酒を飲み干した。
この疑念が、ただの思い過ごしであればいい──。
しかし、胸騒ぎは収まらなかった。
その時、店内のテレビが緊急ニュースに切り替わった。
『速報です。つい先ほど、市内の中華料理店で大規模な爆発事故が発生しました。目撃者の証言によると──』
店内がざわつく。
「爆発……?」
赤松が顔を上げ、画面を見つめる。
映し出された映像には、炎に包まれた店内と、遠くに上がる黒煙が映っていた。
「……まさか」
青山が立ち上がる。
『この店は繁盛店で、利用客も多数いたとの情報が入っています。現在、警察と消防が救助活動を──』
赤松は無意識のうちにスマホを取り出し、藤井に連絡を入れた。
……コール音が鳴るだけで、誰も出なかった。
テレビの音声が続けて流れる。
『なお、この中華料理店は定休日だったものの、店内には経営者夫婦が店内にいた可能性があるとのことです。現時点で安否は不明ですが、警察と消防が現場に急行し、状況の確認を進めています。』
画面に映し出されたのは、煙と火の中に包まれた中華料理店の外観だ。
赤松は無意識にテレビを見つめ、眉をひそめた。
青山もまたそのニュースを見ながら、何かを感じ取った様子で視線を動かす。
「このタイミングでか……」
「藤井に連絡がつかないってことは、まさか……」
赤松が呟く。
「まさか、藤井がそこにいたのか?」
青山はすぐにスマホを取り出し、藤井にもう一度電話をかける。
しかし、再びコール音が鳴り響くだけで、つながらない。
「何かおかしいな。藤井がこの時間にあの店にいる理由はないはずだ」
赤松は今、藤井の無事を願う気持ちと同時に、何かしらの予感を感じていた。
「もし藤井がその店にいたのだとしたら、彼女も何かを知りすぎたんじゃないのか?」
青山はしばらく黙った後、頷いた。
「高橋が関わっているなら、彼女も何か危険な目に遭っているかもしれないな」
テレビから流れる音声に集中していると、少しずつ周囲の音がかき消され、二人はそれぞれの考えに沈んでいた。
その後、数時間が経過し、ようやく中華料理店の経営者夫婦が無事であることが確認された。爆発の原因は依然として不明で、捜査は続いていたが、とりあえず一安心といったところだった。
その時、赤松のスマホが鳴った。画面を見ると、藤井からの着信だ。
「藤井だ…」
電話に出ると、少し息を切らした藤井の声が聞こえてきた。
「何なのよこんな時間に?」
電話の向こうで、藤井が少し不機嫌そうに答えた。
「お風呂入ってたんだけど。またなんかあるの?」
赤松は少し言葉を選びながら話し始めた。
「昼間喫茶店で話した高橋の件なんだけど、山崎が死ぬ前に気づいて調べてたってこと、覚えてるか?」
藤井は一瞬沈黙した後、何も覚えていない様子で答えた。
「高橋…の件?あぁ、そういえばそんな話あったかもしれないけど…でも、いつの話?別に気にすることでもないでしょ?」
赤松は驚きとともに、さらに問い詰めようとしたが、藤井の声が再び冷たくなった。
「だいたい、喫茶店なんて行ってないし、高橋の話だって、あたし覚えてないんだけど?なんか別のことと勘違いしてない?」
赤松は思わず言葉を詰まらせ、しばらく黙ってしまった。藤井が全く覚えていないことに、内心驚きを隠せなかった。
「藤井、お前、今日のこと…ほんとに覚えてないのか?」
藤井は少し苦笑いしながら返した。
「なんか、もう訳わかんないこと言ってるし、飲んでるんでしょ?あんた大丈夫?まぁ、いいけど、あたしはあんたが言うことを信じる気ないから、もう寝るからね。」
赤松は少し黙ってから、ため息をつきながら言った。
「わかったよ。お前が何を信じるかはお前の自由だ。でも、高橋のこと、ほんとに気にしとけよ」
藤井は面倒くさそうに答えた。
「はいはい。飲みすぎだね。じゃあね」
電話が切れた後、赤松はしばらく手元のスマホをじっと見つめていた。藤井が全く覚えていないことに愕然とし、何かを確かめなければならないという思いが強くなった。
赤松はすぐに藤井とのやり取りについて話し始めた。
「藤井が、昼間の高橋の件、まったく覚えてないって言ってたんだ。」
青山は眉をひそめ、少し考えるようにしてから口を開いた。
「それ、ちょっとおかしいな。高橋が藤井に何かをしたんじゃないか?」
赤松は頷きながら続けた。
「俺もそう思う。藤井が知りすぎたから、高橋に記憶を消されたんじゃないかって感じだ。」
青山は静かにグラスを持ち上げ、しばらくその内容を考え込んでからゆっくりと話し始めた。
「高橋って…いや、緑川心は、他人の感情を敏感に感じ取る能力があったよな?あの子は昔から不思議な存在だった。だから、その手の能力者なんじゃないかと思う。」
赤松は驚きと疑念を混ぜた表情を見せた。
「なるほど…確かに、あの頃から何か普通じゃない感じがしてた。何かを感じ取ってるような、掴みきれない不安な感覚を覚えてたんだよ。」
青山はさらに続ける。
「その能力を使って、藤井の記憶を消すくらいはできるだろう。高橋はそれを知っているし、俺たちに何かを隠している可能性が高い。」
赤松は少し黙ってから言った。
「もし、高橋が俺たちの過去を知っていて、それを隠すために藤井に手を出したんだとしたら…何か重大な理由があるはずだ。」
青山は真剣な表情で答えた。
「その理由を突き止めないと、俺たちも巻き込まれるかもしれない。藤井も危ないし、お前も俺も、いつ何が起こるかわからない。」
赤松はうなずき、再び真剣な表情で言った。
「ああ、でも一つだけ分かってることがある。今、俺たちが何もしなければ、もっと危険なことが起きる。高橋が何を隠しているのか、絶対に突き止める。」
青山は黙って頷き、二人の間にしばらく沈黙が流れた。
赤松がグラスを置き、青山を真剣に見つめた。
「そういえば、俺たちの能力も強化しておく必要があるんじゃないか? 高橋が何か隠してるなら、俺たちも万全を期しておかないと。」
青山はその言葉に考え込み、少しだけ黙った後、頷いた。
「確かに。これまでは自分の能力をあまり意識してなかったけど、これからはそうも言ってられないな。高橋の能力がどんなものか分からないし、俺たちが弱いままだったら、何か起きたときに守れない。」
赤松は力強く頷いた。
「それに、今まで以上に慎重に動かないといけない。高橋がどれほどの力を持っているか分からないけど、俺たちも本気で向き合う覚悟を決めておかないと。」
青山はしばらく黙っていたが、静かに言った。
「ああ、だからこそ、今からでももっと訓練しないとな。お前の能力、俺は見込みがあると思ってる。でも、今後はさらに強化しておかないと、後悔することになるかもしれない。」
赤松は少し考え込みながら答えた。
「分かってる。俺たち、あまりにも無防備だったな。今からでも遅くない。俺たちの力を鍛えて、あいつに勝てるようにしないと。」
青山はうなずき、二人の間には確かな決意が込められた。今後の展開に備え、彼らは自らの能力をさらに強化し、あらゆる事態に備えることを決意した。
「じゃあ、明日から特訓しよう!」
青山は微笑みながらうなずいた。
最後までお読みいただきありがとうございます。