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第6話 命令

最後までお読みいただければ幸いです。

高橋(本名:緑川心)は、幼少期を孤児院で過ごしていた。そのころから、彼女は他人の感情が声となって頭の中に流れ込んでくるという特異な能力に悩まされていた。周囲の人々の感情や思考が彼女に押し寄せ、心を乱していました。その声を無視することはできず、他人の気持ちを感じすぎることで、彼女は精神的に大きな負担を抱えていた。

小学校卒業時に、里親に引き取られることになり、彼女は新しい生活を始めた。里親の家で過ごすこととなり、その里親を恩人として深く尊敬し、絶対的な存在として信頼していました。里親は彼女にとって唯一、感情が流れ込んでこない存在でした。緑川心は、里親から与えられた「過去を封じる」という言いつけを守り続け、過去を一切振り返らず、名も新たにして生きていくことを決意しました。

しかし、山崎との出会いが彼女の心に変化をもたらしました。山崎の裏表のない性格と、その優しさに深く惹かれたのです。彼女は山崎と過ごす時間の中で、彼の純粋さに癒され、次第に心を開いていきました。山崎は彼女が抱える苦しみや孤独を理解してくれる存在となり、彼との絆が強まるにつれて、彼女は山崎に対して深い感情を抱くようになりました。

彼女は長い間、他人の心の声を感じ取ることができるその能力に悩み、孤独を感じていた。そんな中で出会った山崎は、他人の気持ちを読み取ることなく、ただ彼女を受け入れてくれる数少ない存在だった。山崎の優しさに触れ、彼女は初めて「自分を愛してくれる人」がいるという実感を持つようになった。心の中で何度も彼に支えられ、彼との関係に依存し始めていた。

しかし、その依存が彼女にとっては大きな負担となり、山崎が自分に何かを問いかけるようになったとき、高橋はそれを受け入れることができなかった。山崎が少しずつ疑念を抱き、彼女に「本当のことを話してくれ」と求めるたびに、高橋は心の中で恐れが膨れ上がった。もし自分の過去、能力、偽名が彼に知られたら――。山崎が離れていってしまうのではないかという恐怖が、次第に彼女を追い詰めた。

彼女は山崎を失いたくない一心で、意を決して彼との関係を断ち切ろうと決めた。ある晩、山崎が彼女に「どうして距離を置くんだ?」と問いかけたとき、高橋は一言「もう無理だから。」とだけ告げて、彼の目を見て冷たく背を向けた。その瞬間、高橋の心は自分自身を裏切ったような感覚に襲われた。彼女はただただ、山崎を守るため、彼の幸せを願っていたはずなのに、逆に彼を傷つけてしまった。その感情は、彼女の心をさらに押し潰していった。

山崎は何度も彼女を追いかけ、問い詰めたが、彼女は一切答えられなかった。高橋は、自分が山崎に真実を話せば、彼が離れていくことを恐れ、その恐怖に押しつぶされる日々が続いた。次第に山崎は高橋の変化に疑念を抱き、高橋を疑うようになった。

そして、最終的に山崎は彼女から完全に距離を取るようになり、高橋はその事実を受け入れることができなかった。自分が選んだ道が、山崎を本当に幸せにするためのものだったのか、それとも彼を傷つけるためのものだったのか、答えは出なかった。

山崎との別れから数日後、高橋は重い気持ちに押し潰されるような感覚を覚えた。孤独と罪悪感、そして自分の能力に対する恐れが、彼女を苦しめた。彼女は、自分が愛している人を傷つけてしまったこと、そしてその後ろめたさから逃れる手段がどこにもないことを感じていた。

彼女は全てを失ったような感覚に包まれていた。山崎との別れの後は一切の希望を感じられず、暗闇に囚われていた。自分の心の中のすべてが引き裂かれ、身体が震えながらも何もできずにいた。孤独感、罪悪感、そして恐怖が彼女を支配していた。

それは、孤児院で過ごした幼少期と同じような感覚だった。幼い頃から、彼女は他人の心の声が流れ込んでくることに苦しんできた。その声は止まることなく、時には周りの人々の悲しみや怒り、喜びが彼女の心に反響し、彼女を押し潰しそうにしていた。しかし、今はそれを受け入れる余裕さえなかった。

そして、その時、高橋はもうどうでもよくなった。自分の存在価値がわからなくなり、最も大切だったものを失ったと感じていた。山崎に対して抱いていた愛情や感謝の気持ちも、自分が彼に対してしてしまった裏切りと矛盾しているように感じ、彼女はその答えを出せずにいた。

その夜、彼女は一人、自室で自らの命を絶とうとしていた。過去の記憶が彼女を蝕み、感情が爆発しそうになったとき、突如として何かが変わった。彼女の心の奥底から、長年抑え込んでいたエネルギーがあふれ出すのを感じた。

身体が熱くなり、頭がくらくらする。その瞬間、心の中にあった感情や思いが一つの方向に集まり、彼女の周囲の空間が歪んでいくのを感じた。あまりにも強烈な感覚に、心は息を呑んだ。そしてその時、彼女の意識が一瞬、他の世界に引き寄せられた。

「私は一体、何者なんだ…?」

その問いと共に、心の中に響くような声が聞こえた。それは、自分自身の心の声だった。全てが明確になり、彼女はその瞬間、自分が何を持っているのかを理解した。彼女は、過去に悩まされてきた「他人の心の声」を聞くことではなく、自分の心の中に潜む無限の力に気づいたのだ。

その力は、思考を超えて広がり、周囲の空間に影響を与える力だった。それは、彼女の心の中からあふれ出るエネルギーのようなものであり、他人の心に直接作用することができる能力だった。彼女は、それをテレパシー能力だと感じ取った。

その瞬間、心は震えながらも確信を得た。自分が持っているものは、他の誰にも理解できないものだと。それは彼女にとって、最も大きな恐れであり、同時に解放された感覚だった。

しかし、その力をどう使うべきなのか、心には答えが見つからなかった。彼女はその能力を持つことを恐れた。能力の存在に気づいた瞬間、彼女はそれを隠さなければならないと感じた。特に、山崎に対してはもう二度と傷つけたくない、心の中で強くそう感じた。

その夜、彼女は何時間も悩んだ末、この新たに覚醒した力を自分のものとして受け入れ、使い方を考え始めた。そして、山崎との別れによる傷と、自分自身が抱えてきた過去の問題が、彼女を覚醒させたのだと気づいた。

覚醒後の彼女は、この能力を使うことを恐れながらも、次第にそれを活用し始める。しかし、同時にその力が引き起こす不安と、他人との関わり方への恐れが、心の中で葛藤し続けることになる。


高橋心の出生の秘密

翌日、心はまだ覚醒の衝撃が抜けないまま、朝を迎えた。昨夜の出来事は夢だったのではないか。そんな錯覚さえ覚えた。しかし、心の中に満ちた感覚は、決して夢などではなく、確かな現実として存在していた。

その朝、高橋心は里親である高橋啓介に呼ばれた。彼の表情はいつも以上に厳しく、まるで何かを覚悟しているようだった。

「座れ、話がある」

心は戸惑いながらも、啓介の言葉に従い、向かいに座った。彼は静かにタバコに火をつけ、一口吸ってから、重い口を開いた。

「…お前、もう気づいてるだろう。昨夜、何かが変わったことに」

心は何も言えなかった。ただ、喉の奥が詰まり、かすかに頷くだけだった。

「お前は覚醒したんだ」

啓介の言葉に、心は息をのんだ。まるで彼はすべてを知っているかのようだった。

「お前には、これまで隠していたことがある」

啓介は一呼吸置き、心をまっすぐ見つめた。

「…お前の本当の出自についてだ」

心は眉をひそめた。

「本当の出自…?」

「そうだ。お前はある特務機関が進めていたプロジェクトの実験体だった」

その言葉に、心の鼓動が一気に早まった。実験体? 私が?

「ふざけないで…! 何を言ってるの?」

「嘘じゃない。お前は、もともと"特殊能力を持つ人間"を作り出すための極秘計画の一環として生まれた存在だ」

心の手が震えた。

「…そんなの…信じられるわけない」

「信じるしかない。お前の力は偶然の産物じゃない。計画的に生み出されたものだ」

啓介の目は真剣だった。

「その機関は、お前のような"能力者"を生み出すために、人体実験を繰り返していた。そして、お前はその中の5人の成功例の一人だ」

「5人…?」

「そうだ。そして、その5人のうちの2人は、今、お前と同じ会社にいる」

心の呼吸が浅くなった。

「…誰?」

「赤松念冶と青山時生」

心は耳を疑った。赤松と青山が…?

「まだ奴らは覚醒の兆候を見せていない。だから、俺たちの組織で監視下に置きながら、経過観察をしている」

啓介は静かに言葉を続けた。

「だが、時間の問題だ。いずれ、あいつらも覚醒する」

「じゃあ…他の二人は?」

啓介は少し口ごもった。

「…わからない。おそらく、機関もまだ彼らの行方を掴めていない」

「…どうして?」

「お前たち5人は、それぞれ別の環境に散らされ、完全に身分を変えられた。俺は、お前を機関から守るために養女にした」

「……」

心は息を詰まらせた。啓介の心は読めない。なぜか、ずっと昔から、彼の思考だけは感じ取ることができなかった。

「その機関は、いまだにお前たちの行方を捜している。俺たちの組織は、それよりも早く他の2人を見つけ出さなければならない」

「どうして…?」

「やつらが見つければ、奴らは"回収"される。そして…"処理"されるだろう」

心の血の気が引いた。

「…処理って、まさか…」

「そういうことだ」

啓介は静かに言った。

「お前がこれからどうするかは、お前次第だ。ただし、一つだけ覚えておけ」

啓介は心を真っすぐ見つめる。

「正体を知られたら、終わりだ」

記憶の断片

啓介の話を聞きながら、心の意識は遠い過去へと引きずり込まれていった。

──孤児院での記憶。

高橋心がまだ「緑川心」という名前を捨てる前、そこには同じ年の子供が5人いた。

赤松念冶──

みんなのリーダー格。責任感が強く、悪ガキみたいな一面もあったが、どこか頼れる存在だった。

青山時生──

かけっこが速く、スポーツ万能。負けず嫌いで、いつも赤松と競い合っていた。でも、根は優しくて、誰よりも仲間思いだった。

そして──

白石麗子──

華奢で、かわいらしい女の子。いつも優しく微笑み、みんなの憧れの的だった。心も彼女に強く惹かれていたことを覚えている。

黒田慧──

分厚い眼鏡をかけた小柄な少年。本ばかり読んでいて、あまり騒がず、どこか達観した雰囲気を持っていた。いつも冷静で、どんなときでも理論的に物事を考えていた。

その他に、年上の子が数人いた、その中でも仲が良かったのが。

桃田総一お兄さん──

孤児院のみんなの面倒を見てくれていた年上の少年。優しくて、大人びていた。何かとみんなをまとめる役割をしていた。

啓介の言葉が心の中で反響する。

「お前たち5人は、それぞれ別の環境に散らされ、完全に身分を変えられた」

──じゃあ、あのとき一緒にいた白石と黒田も、私と同じ"実験体"だったというのか?

心の背筋に冷たいものが走る。

「…啓介さん」

無意識のうちに、心は尋ねていた。

「…私と同じように、他の4人も…その、"覚醒"するんですか?」

啓介は静かにタバコをふかし、ゆっくりと答えた。

「当然だ」

「でも、赤松と青山はまだ覚醒していないって…」

「そうだ。だが、いずれする」

心の喉がひりついた。

「…ってことは、白石と黒田も…?」

啓介は、じっと心を見つめた。

「まだ、すべては分かっていない」

「……」

「だが、可能性は高い。お前たち5人は、同じプロジェクトの成功例だったんだ」

心は震える手を握りしめた。

白石と黒田──彼らもどこかで覚醒するのか?

そして、機関が見つければ"処理"されるのか…?

胸の奥で、何かがきしむような音がした。


命令

青山時生の覚醒前夜、心は啓介の前に座っていた

暗い部屋、机の上には一枚の書類。

啓介は無造作にそれを心の前に滑らせると、静かに言った。

「分かった。赤松と青山が覚醒しない理由が」

心は目を細める。

「……理由?」

「トリガーが必要なんだ」

啓介の声は淡々としていた。

「"死に直面すること"──それがやつらの覚醒条件だ」

心の胸がざわつく。

「……死に、直面する?」

「そうだ。お前はもう覚醒しているが、赤松と青山はまだだ。だが、彼らは"成功例"である以上、いずれ覚醒する運命にある」

啓介はタバコに火をつけ、紫煙をくゆらせる。

「問題は"いつ"か、だ」

「……」

「そのタイミングを、俺たちが決める」

心は無言のまま、啓介の目をじっと見つめた。

「……つまり、"死に直面する状況を作れ"ってこと?」

啓介は何も言わず、煙を吐き出す。

それが答えだった。

「心、お前の仕事だ」

心はゆっくりと書類に視線を落とした。

ターゲット:赤松念冶、青山時生

ミッション:トリガーの発動

心は指先で紙の端をなぞる。

赤松と青山──幼いころ、同じ孤児院で育ち、ずっと一緒だった二人。

その二人に、"死の恐怖"を与えろと?

心は目を閉じた。

(……そんなこと、できるわけがない)

だが。

啓介の存在が、組織の命令が、それを許さない。

心の胸に、痛みが広がる。


時を同じくして、山崎は高橋の異変に気づいていた。

最近の彼女は憔悴しきっていた。顔色は悪く、会話の端々に覇気がない。それだけなら、仕事のストレスか何かだと思えたかもしれない。しかし、山崎はそれ以上に違和感を抱いていた。

かつて交際していたころ、彼は高橋にいくつかのことを聞いていた。

──出身地はどこなのか?

──家族はどんな人なのか?

──子供の頃はどんな生活をしていたのか?

他愛のない会話の中で、彼女はたびたび自分の過去について話してくれていたはずだった。

しかし。

最近になって、彼女の言葉が微妙に食い違うようになっていた。

以前、「家族と小旅行によく行った」と語っていたのに、最近の会話では「旅行はあまりしたことがない」と言った。

出身地についても、以前話していた場所とは異なる地名を口にすることがあった。

些細な違いだ。だが、積み重なる違和感は、やがて確信へと変わる。

(……おかしい)

疑念を抱いた山崎は、こっそりと自分で彼女のことを調べ始めた。

そして、ある事実にたどり着く。

──高橋の名を持つ人物が、その出身地には存在しなかった。

──学歴、家族構成、どこを探しても彼女の過去は出てこない。

──まるで、誰かが作り上げた架空の人物のように。

山崎の背筋に冷たいものが走る。

(……高橋心、お前は一体誰なんだ?)

真相を求める気持ちが抑えきれなくなり、ついに山崎は高橋を呼び出した。

夜の公園。人影はほとんどない。

山崎の目は鋭く、焦燥感に満ちていた。

「本当は……お前は……誰なんだ!」

彼の声は震えていたが、その裏には恐怖が滲んでいた。

高橋は何も言わなかった。ただ静かに、彼を見つめる。

山崎はその沈黙に苛立ち、声を荒げる。

「俺は……お前のことを愛してた。信じてた。けど、お前の言葉は全部嘘だったのか? 出身地も、家族のことも……全部、作り話だったのか?」

高橋の心臓が、強く鳴る。

(……もう、隠しきれない)

彼女の頭の中で、山崎の感情が流れ込んでくる。

怒り、悲しみ、混乱、そして恐怖。

山崎はすでに、危険なほど真実に近づいていた。このままでは、彼はすべてを知ってしまう。

──ならば、止めるしかない。

「……ごめんね、山崎」

高橋は心の中でそう呟いた。

彼の意識の奥へ、そっと入り込む。

(眠って……忘れて……)

ほんの少し、心を押し込むつもりだった。

だが、山崎の拒絶がそれを阻んだ。

「……っ!」

彼の感情が強すぎた。高橋は焦り、無意識のうちにさらに深く潜り込んだ。

その瞬間──

山崎の瞳が、かすかに揺らいだ。

呼吸が荒くなり、体がふらつく。

「な……ん……だ、これ……」

彼の足元がぐらつき、その場に膝をつく。

高橋の鼓動が速くなる。

(違う……こんなつもりじゃ……!)

だが、山崎の脳はすでに限界を超えていた。

心が、崩れていく。

現実と記憶がぐちゃぐちゃに混ざり合い、彼の意識は深い闇へと沈んでいった。

──二か月後

山崎は自ら命を絶った。

高橋は、彼の死の知らせを受けた瞬間、震える手でスマホを握りしめた。

(……私が、殺した?)

自分が彼を追い込んだのか、それとも彼自身が限界だったのか。

答えは分からない。

だが、彼女の胸に広がるのは、罪悪感と虚無感だけだった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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