第3話 同期たち
最後までお読みいただければ幸いです。
赤松と青山は、同期の3人を飲みに誘った。集まったのは営業の山崎、総務の藤井、そして開発の高橋だ。藤井と高橋は女性で、同期の中でも特に仲が良いメンバーだった。
「珍しいな、お前ら二人が飲み会の発起人になるなんて。」
山崎がビールを片手に笑う。
「たまにはな。同期だけで話すのも悪くないだろ?」
青山が軽く流すと、高橋がグラスを傾けながら言った。
「それで、どうしたの?なんか相談でもあるの?」
「いや、ただの雑談だよ。」
和んできた頃、赤松が何気なく切り出した。
「なあ、最近変わったこととかないか?」
「変わったこと?」
藤井が首を傾げる。山崎はビールをあおりながら「特にねぇな」と笑ったが、高橋の表情が微妙に変わった。
「……あんた、なんでそんなこと聞くの?」
高橋が怪訝そうに尋ねる。
「いや、ちょっと気になってな。例えば、最近妙な夢を見るようになったとか……。」
「夢?」
藤井が首を傾げる。
「私、特にそういうのはないかな……。」
「俺も。」
山崎も軽く肩をすくめた。しかし、高橋は沈黙したままだった。
「高橋?」
青山が促すと、高橋は少し考え込んだ後、小さく息をついた。
「……実は、ここ最近、変な夢を何度も見るのよね。」
「どんな夢?」
赤松が問いかけると、高橋はグラスの縁を指でなぞりながら話し始めた。
「子供の頃の夢……かな。でも、普通の回想とは違うの。すごくリアルで、目が覚めると胸がざわざわする。なのに、夢の中で誰といたのか、何を話していたのかが思い出せないのよ。」
「それって、いつから?」
青山が慎重に尋ねると、高橋は少し考えた後、はっきりと答えた。
「1ヶ月前くらいから……。」
赤松と青山は目を見合わせた。ちょうど青山が能力に目覚めた頃。偶然とは思えない。
「1ヶ月前って、なんかあったっけ?」
藤井が不思議そうに言う。
「いや、特に……」
高橋が答えかけた時――
「おいおい、お前ら、変な話してんじゃねえよ。」
唐突に山崎が割り込んできた。
「夢の話とか déjà vu とか、オカルトかよ?」
その瞬間、赤松は違和感を覚えた。
(なんで山崎は、déjà vu の話を出したんだ?)
赤松たちはそんな単語を口にしていない。山崎が勝手に付け加えたのだ。
「山崎、お前は本当に何も変わったことないのか?」
青山がじっと山崎を見つめる。
「ねえって言ってんだろ?」
山崎は少し苛立ったように答えたが、その仕草が妙だった。手元のグラスを握る指に、微かに力が入っている。
(……嘘をついてる?)
赤松の直感がそう告げていた。
この同期の中に、何か隠している者がいる。
高橋の夢、山崎の違和感――何かが繋がっている。
赤松と青山は、互いに気づかれないよう視線を交わした。
数日後。
赤松と青山は同期の三人を個別に呼び出して話を聞こうとしていたが、その矢先に山崎から連絡が入る。
「ちょっと、話せるか?」
山崎の声には普段の余裕がなく、どこか焦ったような様子が感じられた。赤松と青山は顔を見合わせ、すぐに会うことに決めた。
待ち合わせ場所で山崎を見つけると、彼の顔色はいつものように冴えないものだった。普段から冷静で余裕のある山崎だったが、今回は明らかに動揺しているようだ。
「何かあったのか?」
青山がまず声をかけると、山崎はしばらく黙ってから話し始めた。
山崎は言いにくそうに話し始め、赤松と青山はその様子に違和感を覚えた。普段の山崎とは明らかに様子が違い、心底困り果てているように見えた。
「実は……俺、会社の金を手をつけちまったんだ。」
その言葉に、赤松と青山は一瞬耳を疑った。山崎がそんなことをするはずがない、そんな風には見えなかったからだ。
「お前が?」
青山が冷静に問いかけると、山崎は深く息をついてから続けた。
「ギャンブルの借金が膨れ上がって、どうにもならなくなったんだ。もうすぐバレると思う。だから、俺から言ったほうがいいかと思って。」
その言葉に、赤松と青山は心の中でさらに疑問を抱いた。どうして山崎がこんなことをしているのか。彼の表情は悔しさと焦りで満ちていたが、何かが引っかかる。
「お前、最近なんか変だぞ。前みたいに冷静じゃない。」
赤松が何気なく言うと、山崎は顔を歪めて苦笑いを浮かべた。
「確かに、最近ちょっと…な。でも、気づいてるなら、分かってるんだろ?」
山崎が言ったその言葉に、赤松と青山はお互いに視線を交わす。何かが変だ。
「何かが違うって言いたいのか?」
青山が鋭く問い詰めると、山崎は少し黙り込み、深い息をついた。
「最近嫌な夢を見るんだ。捕まる夢だ。予知夢なんじゃないかって思えてね。」
「それとたまに、変な感じがするんだ。何か…エネルギーみたいなものを感じるんだ。」
その言葉に、赤松と青山は顔を見合わせた。エネルギー? それはどういうことだ?
「エネルギーって…どういう意味だ?」
青山が冷静に尋ねると、山崎は少し考えてから答える。
「実際に言葉にするのは難しいんだけど、自分じゃないような。特に、高橋が近くにいると、自分の意志じゃような気がするんだ。」
その言葉に、赤松と青山はさらに深く考え込んだ。高橋? 同期の中でも特に気になる人物ではなかったが、山崎が感じるその「違和感」が、覚醒に関係しているのかもしれないという疑念が心に湧いてきた。
「それって、高橋が…何か変わったってことか?」
赤松が慎重に聞くと、山崎はうなずいた。
「うん、なんか違うんだ。話し方も態度も、どこか自信に満ちてるというか…」
その言葉に、青山と赤松は再びお互いの顔を見合わせた。
「でも、気をつけろよ。お前が感じるその「エネルギー」が本当に何かを示しているのか、慎重に考えた方がいい。」
青山がやや冷静に言った後、山崎はうなずき、少し安心したような表情を浮かべた。
「分かった。でも、どうして俺がこんな風になったのか、まったくわからない。だから、何か…俺の周りでも変わったことがあったら教えてくれ。」
その言葉に、赤松と青山は再び言葉を交わし、山崎の話を慎重に受け止めることにした。しかし、山崎が感じた「エネルギー」や高橋に関する話が、思いもよらない方向に進んでいくのではないかと予感していた。
「お前が何か感じたら、すぐに知らせてくれ。」
青山が言うと、山崎は頷きながら立ち上がり、静かにその場を離れていった。
二人はしばらく無言で立っていたが、互いに疑念を抱えたままであった。山崎が言った「エネルギー」が何を意味するのか、そして高橋がどんな変化を遂げたのか。どうして山崎がこんなことになったのか。
その答えを見つけるためには、もっと深く掘り下げていかなければならないと、赤松と青山は心の中で確信した。
山崎が静かに部屋を後にした後、赤松と青山はしばらくその場に残っていた。二人とも山崎の言葉に胸が痛んでいたが、どうしても心の中に疑念が消えなかった。山崎が言う「エネルギー」の意味が分からなかったが、高橋に何かしらの異変を感じていることは確かだった。
「山崎、大丈夫かな。」
赤松が呟くと、青山は少し静かに答える。
「気にすんな、山崎のことだ。あいつ、根はいい奴だからな。ギャンブルに手を出すなんて信じられないけど、あんな奴でも落ち込んでる時はあるだろう。」
青山は少し考え込みながら、続けた。
「でも、あいつの言う通り、ちょっと気をつけた方がいい。高橋、どうにも引っかかるところがある。」
赤松はうなずき、深く息をついた。
「そうだな。あいつ、なんか変わった気がする。でも、まずは山崎だ。あいつを励ましてやらないと。」
青山は少し苦笑しながら言った。
「そうだな。あいつにはあまり強く言うな。今はただ、落ち着かせることが大事だ。」
二人はしばらく黙っていたが、赤松が再び口を開いた。
「山崎には、これからしっかりサポートしてやろう。ギャンブルに手を出したことはダメだったけど、俺たちがしっかりと助けてやらないとな。」
青山は真剣な表情でうなずいた。
「そうだな。お前が言う通り、あいつがまた元気を取り戻すように、俺たちも頑張ろう。でも、気をつけろ。あいつが落ち込んでるのを見てると、つい感情的になっちまうから。」
赤松はうん、と短く答え、再び深く考え込んだ。その後、青山は急に真面目な顔で言った。
「それと、高橋には近づくな。」
赤松は驚き、青山の顔を見た。
「どうして?」
青山は低い声で続けた。
「山崎が言ってた通り、あいつには何かある。変な感じがするんだ。あいつが本当に何か知ってるのか、それともただの思い込みなのか分からないけど、今は近づくべきじゃない。」
赤松は少し悩んだ後、しっかりとうなずいた。
「分かった。でも、どうしても気になるな。高橋、最近確かに様子が違う気がするし。」
青山は少し黙ってから、冷静に答える。
「気になるのは分かるけど、今はそっとしておくべきだ。高橋も、今はお前たちの知らないことを抱えているかもしれない。お前が近づいてしまうと、余計な疑念を生むことになる。」
赤松は再度うなずき、目を細めながら言った。
「了解だ。でも、何かあったらすぐに知らせてくれ。」
青山は微笑みながら言った。
「ああ、何かあったらすぐに話す。」
その後、二人は山崎を支えるために一緒に行動することを決意しつつ、やはり高橋には触れない方がいいという結論に達した。それぞれが抱えている不安や疑念を胸に、山崎に対しては全力で励まし、今後どうすべきかを冷静に見極めることが大切だと感じていた。
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