表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

第13話 Zephyr

慧が静かに口を開く。

「ネオジェネシス社にとっても、タナトスでの戦闘は痛手だったはずだ。あれだけの火力を投入していたんだ。さすがにすぐには動けない」

全員が息を整えるように沈黙する。確かに、あの激戦の直後に再び攻め込んでくる可能性は低い。だが、それはほんの僅かな猶予に過ぎない。

慧は続ける。

「ただし、次に来るのはハウンド部隊だ」

その名を聞き、場の空気が一瞬張り詰めた。ネオジェネシス社が誇る精鋭の特殊部隊。今までの相手とは格が違う。

念冶が腕を組みながら言う。

「なら、やることは一つだ。その時までに、俺たちの連携を完璧に仕上げる」

青山が腕を組みながら言う。

「連携って具体的にはどうする? 俺たちの能力はそれぞれ強力だが、バラバラじゃ意味がない」

念冶は頷き、全員を見渡す。

「まずは、お互いの能力を正確に把握することだ。そして、それをどう組み合わせれば最大限の力を引き出せるか考える」

桃田が口を開く。

「戦闘での感覚として、俺たちは怒りがトリガーになればさらに進化する可能性がある」

その言葉に、慧が深く考え込む。

「確かに…総一兄さんの力は前回、怒りで限界を超えた。つまり、全員がまだ未知の領域を持っているかもしれない」

緑川心が静かに言葉を紡ぐ。

「でも、その『怒り』に飲み込まれたらどうなる? 自分を保てなくなったら、ただの暴走じゃない?」

白石麗子が真剣な眼差しで心を見つめる。

「だからこそ、冷静な判断ができる仲間が必要なのよ。お互いを制御し合う。それが『連携』ってことでしょ?」

念冶は小さく笑い、拳を握る。

「そういうことだ。各自の能力を最大限に活かしつつ、暴走を防ぐ。戦闘のシミュレーションを繰り返して、俺たちの戦い方を作るぞ」

青山が時計をちらりと見る。

「時間はそう多くない。やるなら今からだ」

全員が頷き、それぞれの能力を磨き、連携を固めるための特訓が始まる。次に来る戦いは、彼らにとって試練となるだろう——だが、それを乗り越えなければ未来はない。

1週間が経ち、戦闘はいつ始まってもおかしくない。俺たちは迎撃の準備を万全に整えていた。

緑川もついに緑の全身タイツを着てくれている。最初は微妙な顔をしていたが、今ではすっかり馴染んだ様子だ。一方で麗子のタイツは明らかにきつそうだった。

そんな中、今夜の食事は慧と麗子が腕を振るった中華料理だ。どれも最高にうまい。戦いに備えて英気を養うには十分すぎるほどだった。

高橋啓介は少し顔をしかめながらも、打ち解けた様子で言った。

「タナトスで戦ってくれた連中のことが気がかりなんだ。俺たちはただの実験体じゃない。遺伝子的に、同じルーツを持つ兄弟だと思ってる。お前たちも、そうだろ?」

その言葉には、ただの仲間意識以上の深い絆が込められていた。彼が抱えている不安と、同じ過去を持つ者たちに対する強い思いが感じられた。

俺たちの連携も格段に向上している。緑川のテレパシーを介し、全員が常に念話を交わすことが可能になった。戦闘中の意思疎通はもちろん、慧の未来視の情報もリアルタイムで共有できる。

さらに、麗子の治癒能力もテレパシーを通じて即座に伝えられるようになった。誰かが傷ついても、距離を問わず回復が可能になる。

そして、慧の未来視を共有した状態で、それぞれの能力を未来に作用させることまで可能になっていた。時間を操る青山、物質を動かす俺、そして絶対的な力を持つ桃田。そのすべてを未来に影響させることができるようになったのだ。

俺たちはただの能力者集団ではない。個々の力を組み合わせ、さらなる高みへ進化しつつあった。

1週間が経ち、緑川心はテレパシーを使って、他者の能力を借りる方法を少しずつ掴んでいった。最初は、ただ単に相手の能力を感じ取ることから始め、その能力がどのように自分の中に流れ込んでくるのかを理解しようとした。そしてある日、念冶の能力を借りてみることにした。心の中で念冶に静かに呼びかけ、彼の能力を感じ取った瞬間、身体が軽くなり、思わず地面を蹴ると、空に浮かび上がることができた。

「みんな、試してみて!」

と心が呼びかけると、すぐに慧、麗子、そして時生が次々にその能力を借りて空に舞い上がった。誰もが驚きと興奮を感じながら、自由に空を飛び回った。麗子も、普段は無力だと感じていたが、今や仲間たちの力を借りて、この新たな能力を完全に楽しんでいた。みんなが一緒に空を飛ぶその光景は、まるで一つの生命が空を自由に駆け巡るかのようだった。

その後、時生が時間を止める能力を使う番になった。彼は一度、その力を静かに使い、周りの時間を停止させた。全てが止まった瞬間、心はテレパシーで他のメンバーに呼びかけた。

「時間を止めてみる?」

すると、他のメンバーも心の中で自分の能力を借り、それぞれの力を使ってその停止した時間を解除した。

緑川心は、麗子が念冶の能力で空を飛ぶ姿を見ながら、こう思った。

「みんな、すごく成長してる。」

時生は時間を動かし、慧は瞬間的に全てを操る能力を感じ取って、その力を駆使していた。みんなが個々の能力だけでなく、他者の力を借り合うことで、今までにないほどの強力な連携が生まれていた。

その力の使い方は、徐々にお互いの信頼と理解を深め、仲間たちの間に強い絆が築かれていった。彼らは、今まで一人ではできなかったことが、集まることでどんなに大きな力になるのかを実感していた。

それにしても、慧たちが作る中華は本当にうまい!焼売の皮が絶妙に薄く、中の具はジューシーで肉の旨味がしっかりと詰まっている。炒飯はパラパラとしていて、香ばしさが口いっぱいに広がり、一度食べたら止まらない。これを食べながら、赤松念冶は少しでも平穏な日常が戻ってくることを願っていた。

だが、そんな和やかな雰囲気を壊すように、高橋啓介が静かに口を開く。

「俺が第一世代で器だって話はしたよな?お前たちとの違いは、核が入っているかどうかだ。」

彼の声は冷静そのものだったが、その言葉には重みがあった。

赤松は一瞬、口を開きかけたが、言葉を飲み込んだ。高橋の目が真剣そのものであり、何か重大な話が始まる予感がしたからだ。

「お前たちの能力、あれが全てだと思ってるかもしれない。でも、核ってのは、それとは別の存在だ。俺たちが核と呼ぶソレは、単なる力の源じゃない。精神的な支柱でもあるし、存在そのものを支えるエネルギーだ。」

高橋は言葉を続けた。その目は、どこか遠くを見つめるように静かだった。

「それが、ネオジェネシス社にある。」

彼の一言は、まるで全てを理解した瞬間のような衝撃を赤松達に与えた。

高橋はゆっくりと頷き、深く息を吸い込む。

「お前たちが今使っているその能力、それは確かに強力だ。だが、それが真の力の一部に過ぎないことを忘れるな。」

その言葉に、赤松の心は一気に動揺した。能力の源、それが今、どこにあるのか。さらには、その核がどんな意味を持っているのか…。頭の中でいくつもの疑問が渦巻いた。

穏やかな日常が突然崩れ、全員が何かが動き出す予感を感じ取る。どこからともなく、微かな振動が広がり、それがただの偶然ではないことを、皆が直感する。空気は一変し、重く張り詰めた緊張感が部屋を支配する。誰もが無言で、警戒心を高め、臨戦態勢をとる。

時間がゆっくりと流れ、誰もがその気配を感じ取る中、静寂を破るように、玄関の呼び鈴が鋭く鳴り響く。いつもの鈴の音とはまるで違い、異常さを感じさせる。その音はまるで、何か重大な出来事の前触れのように空間を震わせた。

一斉に視線が玄関に集まり、全員が身構える。時生が慎重にドアを開けると、そこには一通の封筒が静かに置かれていた。封筒は無駄のない黒い質感を持ち、その表面にはただ一つ、差出人の名前が刻まれている。

「ゼファー」——その名を見た瞬間、全員の胸に何かが引っかかるような感覚が走る。封筒を開けると、中から一枚の招待状が滑り落ち、手に取ると、そこには冷徹で簡潔な文が記されていた。

「3日後、ネオジェネシス社研究所にて、皆さんの望む情報をご用意してお待ちしております。」

その文字を目にした瞬間、何かが確実に動き出したことを皆が感じ取る。それは予測を超えた何かの兆しであり、その先に待つ真実がどんなものなのか、今はまだ誰もわからない。しかし、招待状に書かれた言葉は、これから起こる出来事を否応なく示唆していた。


3日後、緊張と期待が入り混じった空気が漂う中、全員は指定された場所に集まった。ネオジェネシス社の研究所、その冷徹な外観は、まるで何か大きな秘密を抱えているかのように見えた。外の空気も、どこか不穏で重たく、すべてが予感を漂わせていた。

玄関に到着すると、すでにその場には数人の関係者が待機しており、皆が無言でその場の空気に従っていた。どこか非現実的な感覚が広がり、歩くたびに足音がやけに大きく響くように感じられた。

建物の内部に足を踏み入れると、徹底的に整えられた無機質な空間が広がっており、床は光を反射し、まるでここが人間の手が届かない場所であるかのような雰囲気を醸し出していた。通されるままに廊下を進み、最奥の部屋に入ると、中央に一つのデスクがあり、その前にはゼファーと思しき人物が待っていた。

彼は静かに座っており、その目は鋭く、ただ一言も発さずに全員を迎え入れる。部屋の空気はさらに一層冷たく、時間が止まったかのように感じられる。

ゼファーが静かに立ち上がり、テーブルの上にいくつかのファイルを並べると、ようやくその口を開いた。

「お待たせしました。皆さんが求めていた情報は、ここにあります。」

その言葉とともに、これから起こる出来事に対する不安と期待が、一気に膨れ上がった。

麗子の全身タイツに付いたラーメンスープのシミが緊張をほぐしてくれる。

ゼファーが静かに立ち上がると、部屋の空気が一瞬で張りつめる。彼の姿は、人を引きつけるような力を持っていた。その目はまるで全てを見透かすかのように鋭く、無駄な動き一つせずに、全員を見渡す。

「ようこそ。」

ゼファーの声は低く、冷静で、どこか無感情だ。それでも、その言葉が部屋に響き渡ると、思わず全員がその存在感に圧倒される。

彼はゆっくりとデスクに歩み寄り、上に置かれていたファイルを手に取る。その動きは洗練されていて、どこか計算されているようにも感じられた。ファイルを開くと、幾つかの書類が並べられており、それぞれのページに細かい情報が書かれていた。

「これがあなたたちが求めていた情報です。」

ゼファーは無表情のまま言いながら、ファイルをテーブルの中央に置く。その瞬間、全員の視線がその書類に集中する。

ゼファーは少しだけ間を置くと、再び口を開く。

「ただし、これが全てではない。あなたたちが知りたいことは、まだほんの一部に過ぎない。」

その言葉に、部屋にいた全員が一瞬で息を呑む。

「では、これから先、どこまで知りたいかは、あなたたち次第だ。」

ゼファーの声はさらに冷徹で、無駄な感情を排除しているように感じられた。

彼の言葉が示す通り、この招待状はただの情報提供にとどまらず、何かさらに深い秘密が隠されていることを予感させた。ゼファーが何を求めているのか、そして、これから先何が待っているのか、それはまだ誰にもわからない。

ゼファーが冷静に、しかしその言葉には確信がこもっていた。彼はファイルをテーブルから静かに取り上げ、ゆっくりとその中身を確認しながら、目を全員に向けた。

「私たちが求めるものは未来だ。」

その言葉が部屋に響き渡り、一瞬、時間が止まったかのように感じられた。

ゼファーはその後、目を鋭く光らせながら続けた。

「過去や現在を理解することは重要だ。しかし、私たちが本当に求めるべきもの、それは未来だ。未来を手に入れ、変えていく力こそが、真の力なのだ。」

その言葉に、全員は一瞬その意味を噛みしめる。ゼファーの意図が何か、全員の胸に疑念が渦巻き始めるが、同時にその言葉が持つ引力に惹かれている自分たちがいることにも気づく。

ゼファーは冷徹な目で一人ひとりを見つめながら、再び口を開いた。

「この研究所で手にする情報は、単なる過去の積み重ねではない。未来に向かって動き出すための鍵だ。あなたたちがその鍵をどう使うか、それが全ての分岐点になる。」

その言葉の重さが、全員の心に深く刻まれる。未来を握る力、そしてその未来がどんな形で現れるのか、ゼファーが意図する「未来」とは一体何を指すのか、答えはまだ見えてこない。しかし、ゼファーの言葉にある確信のようなものが、次第に全員を引き寄せ、さらに深くその謎に引き込んでいくのだった。

ゼファーの言葉が部屋の中に深く響き渡ったその瞬間、念冶は一歩前に出て、冷静な口調で、しかしその言葉には強い意志が込められていた。

「俺たちが求めるものは、真実と自由だ。」

念冶の言葉は、ゼファーの冷徹な語り口に対して静かに反発するように響いた。

彼の目はゼファーをまっすぐに見つめ、どこか挑戦的な輝きを放っていた。

「未来がどうだ、過去がどうだ、そんなことは関係ない。俺たちが求めるのは、全てを知る真実。そして、その真実をもとに、自分たちの運命を選び取る自由だ。」

部屋の空気が一瞬、緊張と静けさに包まれる。全員がその言葉をじっと受け止め、念冶の目線が一人一人を確かめるように動く。その言葉には、何か力強い決意が感じられ、ただの反論ではないことを誰もが感じ取っていた。

ゼファーは少し間を置いて、冷徹な目で念冶を見つめる。

「真実と自由か。」ゼファーの声にはどこか興味深げな響きがあったが、すぐにその表情は無感情に戻った。

「それもまた、必要なものだろう。しかし、真実を知ることで得られるものと、失うものの重さを理解しているか?」

念冶はその問いに対して一歩も引かずに答える。

「真実を知れば、何かを失うかもしれない。だが、何も知らないままでいることが、一番怖い。俺たちには、それに立ち向かう力がある。」

その言葉に、部屋の中の全員がそれぞれの思いを抱えたまま、静かに息を呑む。ゼファーの目には少しだけ感情の揺らぎが見えたが、それでもすぐに冷静さを取り戻し、再び無表情に変わった。

「ならば、お前たちの望む通り、真実と自由を手に入れるために動き出すのもまた一つの選択だ。」

ゼファーの言葉が、まるでその場に静かな風を送り込むように響き、次第に全員の心に響いていった。

真実を追い求めること、自由を手に入れること。その選択がどれだけの重さを持つのか、まだ誰も知る由もないが、少なくとも今、念冶の言葉がその先に進むための大きな一歩であることは、誰もが感じていた。

ゼファーは冷静に、しかしその手には決定的なものを持っているかのようにファイルを取り上げた。彼の表情には変化はなかったが、その目の奥には確固たる意図が宿っていた。

「では、このファイルを渡そう。」

ゼファーは静かに言うと、そのファイルをテーブルの上に滑らせるように置いた。「このファイルを見たうえで、ここにとどまり、我々に協力するか否かを判断してくれたまえ。」

その言葉には、選択を迫る圧力があり、全員がその重さを感じ取った。ファイルの中には、どんな情報が収められているのか、それが全員にとってどれほどの価値を持つのかはわからない。しかし、ゼファーがその情報を手にし、渡すことで選択を委ねるという行動は、確実に大きな意味を持っている。

一度、ゼファーの言葉が部屋に静かに響き渡り、全員の目がそのファイルに集まる。誰もが無言でその選択をどう受け入れるべきかを考え始める。ファイルの中身がどれほどの真実を明かすものか、それがどれだけ自由を与えるか、あるいは取り返しのつかない結果を招くのか、誰にも予想がつかない。

ゼファーはその場に立ち尽くし、まるで時間が止まったかのように、皆がそのファイルを手に取るのを待っている。どんな選択をするのか、彼自身もそれを確かめるようにじっと見守っているようだった。

念冶は無言でファイルを手に取り、慎重にその中身を確認し始めた。彼の目がページをめくるたびに、部屋の空気が一層静かになり、全員がその瞬間に集中していた。ゼファーはその様子をじっと見守り、動き一つも見逃さないかのように目を光らせていた。

念冶がファイルの内容に目を通している間、テレパシー能力が発動し、その情報は瞬時に全員の意識に流れ込んできた。まるで一つの思考が全員の心に共有されるように、その内容が直接的に伝わった。

念冶がファイルの内容に目を通し終わると、テレパシーが瞬時に発動し、その情報は全員の意識に共有された。ファイルの中には衝撃的な事実が記されていた。

「我々、第三世代のクローンが存在している。」その一文が全員の心に直接響いた。念冶たちのクローンが存在し、そしてその存在があらかじめ計画されたものであることが明かされる。

さらに続く内容には、ハウンド部隊が第五世代のクローンであり、彼らが果たすべき役割が示されていた。だが、それだけではなかった。最も衝撃的だったのは、「核の根源であるマザーの存在」だ。マザーがこの全てを司る存在であり、その力がクローンやハウンド部隊に影響を与えていることが記されていた。

ゼファーはその後、静かに口を開いた。

「私が欲しいのは、クローンやハウンドにはないものだ。」

彼の目が一同に向けられる。

「連携や進化の能力。それこそが、我々が次のステップに進むために必要なものだ。」

その言葉に、全員は一瞬息を呑んだ。ゼファーが求めているのは、ただの肉体的な強さや能力ではない。彼が目指しているのは、クローンやハウンド部隊が持っていない、真の進化の力、そしてそれを最大限に活かすための連携能力だということが明確に伝わった。

部屋の中には深い沈黙が広がり、全員がその意味を噛みしめながら、自分たちがどのような選択をすべきかを考え始める。そのファイルが示した未来の可能性、その先に待つものが何であるかを、誰もが感じ取っていた。

念冶はファイルを静かに閉じ、深く息を吐いた。重くのしかかる情報に頭を整理しきれず、しばし沈黙が続く。そして、低く静かな声で言った。

「少し考えさせてくれないか?」

ゼファーは薄く笑い、ゆっくりと立ち上がる。冷たい眼差しを念冶に向けながら、まるですべてを支配する者のように言い放った。

「お前たちの未来は私が創ってやる。悪いようにはしない、手を組もうじゃないか。」

彼の声は静かだが、その奥にある執念がひしひしと伝わる。そして、最後の言葉は鋭く、突き刺さるようだった。

「私はどうしてもその力が欲しいんだ。どんな手段を使ってもな!」

その瞬間——玄関のドアが激しく吹き飛ばされ、重い足音とともに黒い影がなだれ込んできた。ハウンド部隊——ゼファーの手足となる第五世代のクローンたちが、無言で部屋を包囲する。鋼のような眼差しを持ち、容赦のない動きで空間を制圧していく。

その場にいた全員が一瞬で臨戦態勢をとる。しかし、その次の瞬間、慧が目を見開き、絶望の声を上げた。

「時生!!」

視線の先——そこにいたのは、血まみれの時生だった。彼の両腕が肩から先、無残に切り落とされている。肉が裂け、血が床を濡らしていく。

念冶の頭の中で警鐘が鳴り響く。しかし——まったく予知できなかった。

何が起きた?どうして見えなかった?

時生は苦痛に顔を歪めながらも、必死に立ち続けている。その姿に、戦慄と動揺が広がる。ゼファーはそんな彼らを見下ろしながら、ゆっくりと口元を歪めた。

「さあ、選べ。お前たちはどうする?」

部屋には、息をする音すら重く響く。最悪の選択を迫られるその瞬間、念冶の中で何かが弾けようとしていた——。

念冶の念話が頭の中に、鋭く明確な声として響いた。

「麗子は時生の治癒を遠隔でやってくれ。」

指示が入った瞬間、麗子はすぐに行動を開始した。彼女の意識が研ぎ澄まされ、遠くからでも時生の生命をつなぎとめるために力を集中させる。だが、血の流れは止まる気配がなく、彼の命は一刻を争う状態だった。

次の指示が続く。

「慧と心は、予知できなかった原因を探れ。」

念冶の脳裏に浮かぶのは、ほんの一瞬前の違和感だ。確かに、これほど重大な事態が起きるなら、何らかの前兆が見えていてもおかしくない。だが、何も感じ取れなかった。それどころか、予知の片鱗すらなかった。

慧がすぐに反応する。

「了解した! 何かが俺たちの能力を妨害している可能性が高い。」

心も冷静に思考を巡らせる。

「ゼファーが仕掛けた罠か、それともハウンド部隊に新たな技術があるのか……とにかく、ここで突っ込むのは危険よ。」

慧が周囲を警戒しながら低く呟く。

「でも、これだけのことが起こっていて、俺たちが何も感じ取れなかったのは異常だ。予知を封じる何かがある……。」

その間にも、ハウンド部隊はじわじわと間合いを詰めてくる。ゼファーは余裕の表情を崩さずに、念冶たちの反応を楽しんでいるようだった。

念冶は奥歯を噛みしめ、決断を迫られる。時生を守りながら、予知を封じた何かの正体を突き止めなければならない。

時間はない——。

「どうする?」

ゼファーの声が響き渡る中、念冶は次の一手を決めなければならなかった。

突如、鈍い音が響いた。

ドサッ——

慧が崩れるように倒れ込む。

「……!」

念冶の目が見開かれる。慧の右足が、膝から先ごと無惨に切り落とされ、床に転がっていた。血が広がり、辺りの空気が一瞬にして凍りつく。

「慧!!」

麗子の悲鳴が響き渡った。その声は震え、切実な叫びだった。

——次の瞬間。

空間そのものが歪んだように感じた。

血の臭い、鋼の足音、ゼファーの冷たい視線、全てが一瞬にして霞む。そして、目の前で信じられない光景が起こった。

慧の右足が——元に戻った。

それだけではない。

床に横たわっていた時生の両腕も、瞬く間に元通りになっていく。まるで時間が巻き戻ったかのように、裂けた肉が再生し、失われたはずの四肢が完全に戻っていた。

「……なんだ、これ……?」

誰もが息を呑む中、さらに驚くべきことが起こった。

——ハウンド部隊の半数が、一瞬で消滅した。

爆発でも攻撃でもない。ただ、そこにいたはずの存在が、一切の痕跡を残さずに"消えた"のだ。

ゼファーの表情が僅かに揺らぐ。

そして、その中心に立っていたのは——麗子だった。

「……麗子が、進化した……?」

念冶は信じられないものを見るように、彼女を見つめた。麗子自身も困惑しながら、自分の手をじっと見つめている。

今、ここで起きたことは、"治癒"ではない。"回帰"とも呼べる異質な力。

麗子の進化によって、戦局は一変した。

彼女の手が僅かに動くたび、ハウンド部隊の兵士たちが次々と消滅していく。叫び声を上げる間もなく、その存在が霧散する。ゼファーの余裕は消え失せ、眉をひそめた。

「なるほど……興味深い……。」

だが、ハウンド部隊もただの兵士ではない。次第に動きが洗練され、麗子の攻撃をかわし始めた。反応が早くなり、包囲網を形成する。そしてついに、一人が麗子の防御をすり抜けた。

ズバッ!!

鋭い刃が麗子の肩を斬り裂いた。だが、彼女は怯まない。すぐに再生し、再び突き進む。

ザクッ!!

さらに腹部を貫かれる。しかし、構わず前へ進む。

ブシュッ!!

片腕が斬り飛ばされた。それでも麗子は動きを止めない。

だが——再生が追い付かなくなっていた。

「くっ……!」

彼女の膝が、ついに地面に落ちる。血が床に広がり、荒い息を吐く。

その光景を見た瞬間——慧、時生、そして心の内側で何かが弾けた。

進化——

慧の視界が鮮明になる。まるで時間が遅くなったかのように、ハウンドの動きが一つ一つクリアに見えた。次の攻撃の軌道が、手に取るようにわかる。

時生もまた、その感覚を共有していた。敵の行動が読める。意識を向けるだけで、どこへ攻撃が来るのかが見えた。

そして、心が動く。

「お前たち……こっちに来い。」

念話の指示とともに、ハウンド部隊の3人がピタリと動きを止めた。次の瞬間、彼らは心の意志に従い、仲間へと牙を剥いた。かつての同胞を次々と仕留めていく。

「やれる……!」

しかし——その瞬間、空気が変わった。

ハウンドたちの動きが徐々に速くなっていく。最適な戦術を即座に学習し、対応を始めたのだ。

再び劣勢——。

その時だった。

念冶の禿げ頭に——微かなざわめきが走る。

ブツッ、ブツブツブツ……!

産毛が逆立つような感覚。体の奥から何かが溢れ出る。

——ドンッ!!!!

凄まじい衝撃が走った。

ハウンド部隊の兵士たちが、一瞬にして四散する。

バラバラに弾け飛んだのだ。

ゼファーの表情が、初めて強張った。

念冶は静かに立ち上がる。産毛が揺れ、そこにいた全員が感じた。

「……俺たちは、まだ終わっちゃいねぇ。」

その言葉とともに、戦局が完全にひっくり返ろうとしていた——。

——その瞬間。

ドシュッ!!!

凄まじい衝撃とともに、全員の腹部に風穴が空いた。

「……ッガ……!」

念冶が膝をつく。血が喉まで込み上げる。慧、時生、心、麗子——誰もがその場に崩れ落ちた。

「調子に乗ってくれるなよ。」

ゼファーの冷たい声が響く。

5人は立ち上がることすらできなかった。意識が遠のく。進化の代償なのか?それとも——。

「回収班!こいつらを運べ!」

ゼファーが命じると、黒ずくめの兵士たちが静かに近づいてくる。

その時——

「待て!」

鋭い声が響いた。

高橋啓介が、ゆっくりと立ち上がる。震える手を伸ばし、アタッシュケースから一本の注射器を取り出した。そして、迷うことなく自らの首へ突き刺す。

ブシュッ……!

「ッ……!!!」

血管が膨れ、肌が歪む。苦しげなうめき声が漏れる中、彼の四肢が異様な形へと変形していく。鋭利な刃のような指、異常に発達した筋肉、脊髄が浮き上がるような異形の姿——。

まるで、プロトタイプのような形態だった。

「ふぅ……」

高橋は深く息をつき、口元を歪めた。

「割と……気分がいいもんだなぁ……。」

ゼファーが面白そうに笑う。

「そんな姿で、何ができる?」

その言葉が終わるより早く——

ボトッ——。

ゼファーの顎が地面に転がった。

「……ッ!?」

驚愕するゼファーを前に、高橋は淡々と呟く。

「悪いな、聞こえなかったよ。」

ズガァァァァン!!!!

続けざまに繰り出される攻撃。高橋の腕が唸りを上げ、ハウンドの残骸や瓦礫すら砲弾化してゼファーに撃ち込まれる。

ゼファーの体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「お前たちは回復に専念しろ!」

高橋の念話が響いた。

「俺はあと数分だ!あと数分でこいつを無力化する——!!」

薄れゆく意識の中で、念冶たちは確かにその声を聞いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ