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第11話 異形の兵士と進化

決行の日

指定された場所に向かう4人の前に、桃田が合流した。だが、その姿に全員が目を見張る。

「……それ、マジで着てきたのか?」

黒田が思わず口にする。桃田はピンクの全身タイツを身にまとい、車いすに座っていた。

「これね、私は失敗作だからね。能力は持っているけど、体の方が耐えられなくてね。御覧の通りさ。」

「そっち?」

桃田が座る車いすは、一見普通のものだった。だが、彼の手は一切動いていないのに、車いすは静かに前進していた。サイコキネシスによる操作――それが彼の力の証だった。

「いや、それより……その格好……」

青山が困惑した声を漏らすと、桃田は溜息をつく。

「言っておくが、これはお前たちが勝手に決めた戦闘服だからな。私の趣味じゃない。」

「でも、未来視では着てたしな。」

黒田がぼそりと呟くと、桃田は黙って視線を逸らした。

「……で、緑川の居場所は?」

麗子の問いに、桃田が小さく息をつく。

「製薬会社だ。おそらく、投薬されている可能性が高い。」

「投薬?」

「能力を抑制するものか、あるいは逆に活性化させるものか……。どちらにせよ、今の緑川心が正常な判断ができるとは思わない。」

緊張が一気に走る。

「時生、俺の合図で時間を止めてくれ。」

「了解。」

「慧、先の状況に変化があったらすぐに教えてくれ。」

「わかってる。」

「麗子は、敵を無力化する準備を頼む。」

「任せて。」

それぞれが静かにうなずき、決戦に向けて動き出した。

門をくぐると、そこには高橋啓介と緑川心が待ち構えていた。

高橋啓介が冷笑しながら口を開く。

「おいおい、不良品まで連れてきたのか?」

視線の先には、ピンクの全身タイツ姿で車いすに座る桃田。だが、桃田は眉一つ動かさず、静かに返した。

「啓介さん、相変わらずだな。」

まるで旧友との再会を楽しむかのような口調だった。しかし、その裏に張り詰めた緊張が漂っている。

一方、緑川心はどこか余裕のある表情で彼らを見渡し、微笑んだ。

「もう来ることはわかってたわ。残りの2人も無事に覚醒したようね。」

その目が黒田と白石に向けられる。

「みんな久しぶりね。」

彼女の声には懐かしさが滲んでいた。

「麗子ちゃんはまるで別人ね。」

その言葉に麗子の眉がピクリと動く。

「心……お前……」

だが、その言葉の続きを言う前に、緑川心が静かに微笑んだまま、彼らを見据えた。

「なあ、心。最近、孤児院の夢を見たか?」

念冶が静かに問いかける。

緑川心の表情が一瞬、揺らいだ。しかし、すぐに鋭い目つきで睨みつける。

「うるさい!関係ないでしょ!」

怒鳴るように言い放つと同時に、高橋啓介が小さく指を鳴らした。

合図とともに、周囲の扉や物陰から武装した大勢の男たちが現れる。

「何をしに来たの? なんの策もなしで。」

それぞれの心を読んだ緑川が冷笑しながら言う。だが、次の瞬間、彼女の顔色が変わった。

念冶だけ、テレパシーが通じない——。

彼女は動揺し、念冶を見つめる。

「……まさか。」

念冶は静かに微笑んだ。

「俺の能力は対テレパシー用の防壁も張れるんだよ。」

その言葉を放った瞬間、背後から冷たい感触が首筋に絡みついた。

「——っ!」

麗子の腕が、蛇のように念冶の首を締め上げる。

「麗子……お前……!」

彼女の目は虚ろで、完全に心に操られていた。

「まずい……防壁が外れる!」

苦しむ念冶。しかし、次の瞬間——。

「……悪いな、麗子。」

念冶の能力が発動し、サイコキネシスで麗子の腕を無理やり折り曲げる。

「時生!!」

叫んだ瞬間、世界が静止した。

時が止まり、周囲のすべてが動かなくなる。

念冶は迷わず高橋啓介のもとへと駆け寄る。

高橋啓介の耳元を探り、小型の補聴器のような装置を見つけると、それを引き剥がした。

そして、ためらいもなく足元に落とし——。

「これで、お前の考えが読める。」

装置を踏み砕いた。

時が止まる中、慧と時生が瞬時に武装した男たちを無力化していく。

慧の予知と時生の時間停止が完璧に連携し、敵は一人も動くことなく倒れていった。

そして——時が動き出す。

「高橋啓介の心を読め!」

桃田の念話が響く。

緑川心は瞬時に高橋啓介の思考にアクセスし、その正体を理解した。

——衝撃が走る。

「あ……ぁ……」

愕然とした表情のまま、心は崩れ落ちる。

——山崎を殺したのも、高橋啓介の指示だった。

震える心のもとへ麗子が駆け寄る。

「大丈夫。もう大丈夫だから。」

そっと手をかざし、治癒の能力を発動させる。

体を蝕んでいた薬の効果が消え、心の目が正気を取り戻していく。

「……私……何を……。」

涙がこぼれた。

その光景を見つめながら、念冶が静かに口を開く。

「さて、どうする? 高橋さん?」

鋭い視線を向けると、高橋啓介は一歩も動かず、ただニヤリと笑った。

「あんたらの目的を聞かせてくれないか?」

念冶は冷静に言葉を続ける。

「もう嘘は通用しない。」

高橋啓介は静かに息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

「嘘は通用しない、ねぇ……。そんなに俺の話が聞きたいのか?」

念冶は黙って睨みつける。

心は震える声で言った。

「……山崎を殺したのも、あなたなんでしょ?」

高橋は微かに目を細めた。

「そうだよ。アイツは……邪魔だったからな。」

心の表情が怒りに歪む。

麗子がそっと手を握り、支えるように寄り添った。

「言え、高橋啓介。お前の目的は何だ?」

時生が低く問い詰める。

高橋は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「タナトスインダストリーズ社とネオジェネシス社、お前らが知っている通り、両者は別々の目的で能力者の研究をしている。」

「タナトスは能力者を兵器として利用しようとしている。一方で、ネオジェネシスは……『進化』を求めている。」

「進化……?」

慧が眉をひそめた。

高橋は軽く顎を撫でると、ゆっくりと続ける。

「人類の次のステージへ進むための鍵。それが"お前たち"だよ。」

一瞬、場の空気が張り詰めた。

「ふざけるな……!」

心が睨みつける。

「そのために……私たちを実験台にして、山崎を殺したっていうの……!?」

高橋は笑みを消し、冷たい目で言い放った。

「"お前たち"がいなければ、俺たちはただの"人間"で終わる。だが、お前たちがいる限り——"新しい人類"は生まれる。」

念冶が拳を握りしめた。

「くだらねぇな。そんなくだらねぇ理屈のために、何人もの人生を踏みにじったってのか?」

高橋は肩をすくめる。

「"くだらない"かどうかを決めるのは、お前たちじゃない。」

その言葉と同時に——爆発音が響いた。

「っ!?」

施設の奥から火の手が上がる。

高橋は口角を上げて笑った。

「さぁ、パーティーの始まりだ。」

赤い炎が揺れる中、外から武装した兵士たちがなだれ込んでくる——。

武装した兵士たちの中に、明らかに人間ではないものが混じっていた。その姿は歪んでおり、体の一部は不自然に膨れ上がり、皮膚はひどくひび割れていた。目はまるで獣のように光り、顔の表情は人間らしさを完全に失っている。

高橋啓介が冷たく笑いながら言った。

「総一、お友達との再会だ!」

その言葉に、桃田の顔が怒りに満ちた表情に変わる。彼の心中には、かつての仲間たちへの複雑な感情とともに、深い憎しみが湧き上がっていった。

慧がその場の空気を読み取り、突然叫んだ。

「なんてやつだ!」

彼の視線が、異形の兵士たちに向けられる。

それらの存在が、桃田のかつての仲間――孤児院時代に過ごした仲間たちであることを、慧はすぐに理解した。

桃田が必死に冷静さを保ちながら言う。

「あれは……タケルたちだ……!でも、どうしてこんな姿に……!」

「タケルたちに何をした!」

桃田の言葉に、赤松はすぐに状況を把握し、仲間たちに防壁を張るよう指示を出す。

「みんな、気をつけろ!今すぐ防壁を張るんだ!」

赤松は念能力を駆使して、仲間たち一人一人に強力な防壁を張る。時生がすぐにその合図を受けて時間を止める準備を整え、麗子と慧も状況に対応できるよう動き出す。

一方、異形の兵士たちは、桃田がかつて孤児院で過ごした仲間たちであることを知っているはずだった。彼らは、能力が暴走した末に原型をとどめない姿となり、そして投薬によってその能力をさらに底上げされている。それがどれほど恐ろしい結果を招いたか、桃田自身も知っていた。

桃田は歯を食いしばりながら、深呼吸をし、静かに言った。

「……みんな……もう終わりにしょう。」

風が急に強くなり、空気が一変した。桃田が車いすからゆっくりと立ち上がると、その周りを竜巻が巻き起こり、風が渦を巻いて激しさを増していく。桃田は両手を広げ、そのまま空中へと浮かび上がった。周囲の空気が震え、嵐がさらに激しくなる。

異形の兵士たちは、何もかもを破壊しようと火の玉のような砲撃を桃田に浴びせた。しかし、その攻撃はすべて桃田の周りの竜巻に弾き返され、空中で消失していく。竜巻は徐々に電気を帯び、空気がひどく圧迫されるように感じられる。まるで、桃田がそのすべてを操っているかのような圧倒的な力を放っていた。

桃田の声が、黒田に伝わる。

「ここは俺に任せて、高橋啓介を拉致しろ。」

黒田は一瞬のためらいもなく、桃田の言葉を理解し、決断を下す。彼は即座に動き出し、周囲の警戒をしながら高橋啓介を捕える準備を整える。

桃田は、広げた両腕をゆっくりと閉じていく。その動きに合わせて竜巻はますます強力になり、兵士たちは次第にその力に飲み込まれていった。抵抗することすらできず、彼らは空中で圧倒的な力に押しつぶされ、まるで物のように消えていく。

その圧倒的な力を前に、もはや兵士たちには逃げることもできなかった。桃田の意志がそのまま風となり、竜巻となって襲いかかっていく。

風がぴたりと止まり、静寂が辺りを包み込んだ。竜巻の力は消え去り、空気が重く感じられる。残されたのは、高橋啓介と、彼の目の前に立つ桃田のみ。

高橋啓介は、桃田の圧倒的な力に驚き、そして怒りを込めて言葉を発した。

「総一!その力はなんなんだっ?」

桃田は、かろうじてその場に立っている。顔色は悪く、汗が流れ、力を使い果たしたことが一目でわかる。

「俺の力か…。」

桃田は目を閉じて、深く息をついた。身体の中で、まだ強烈な疲労が押し寄せてきているのを感じる。だが、彼はそれでも力を振り絞って言葉を続けた。

「俺の力は…失敗作だからね。どんな能力者でも、結局は何かしらの限界がある。」

桃田は視線を高橋啓介に向け、静かに話し続ける。

「でも、俺ができることがあるなら、それを使う。それだけだ。」

その言葉に、桃田の内面にある複雑な思いが垣間見えた。彼は自分が「失敗作」と呼ばれることに強い自負を持ちながらも、それを受け入れ、役立てようとしている。その意志が、今まさに彼の力となっているのだ。

桃田は力尽きた身体を必死に支えながら、高橋啓介を見据えて言った。目の前の敵の冷徹さに、心の奥底で感じる怒りがこみ上げてくる。

「あんたのやり方は間違ってるよ、啓介さん。」

桃田の声には、深い悲しみとともに、強い決意が込められていた。啓介が自分たちを、そして緑川心や他の人々を実験台にしたことを許せるわけがない。

「あんたがやってきたこと、どれだけ多くの人間を犠牲にしたと思ってる?」

桃田はゆっくりと啓介に近づき、言葉を続ける。

「心だって、本当は被害者だ。お前が使った手段で、あいつの人生を狂わせた。」

高橋啓介は、わずかな動揺を見せるが、すぐにその表情を引き締める。彼の目に冷徹さと計算高さが戻った。

「お前もわかってるだろう、総一。俺たちはただの実験体だ。進化した人類として、新たな世界を作るために。」

桃田はその言葉に、再び冷静さを取り戻しながら返す。

「新しい世界だと?そのためにどれだけの命が踏みにじられてきたのか、お前はわかっているのか?」

桃田は目を閉じ、深呼吸を一つしてから、再度目を開くと、強い決意を込めて言った。

「それが進化だっていうなら、俺はその進化には賛成できない。人を、命を、道具にして進んでも、何も得られない。」

啓介の顔にわずかな苛立ちが浮かび、口元がゆがむ。

「俺が悪いのか?それとも、全てが間違っているのか?」

桃田は静かに答える。

「お前のやり方が間違っているんだ。」

その言葉が、再び啓介の心に突き刺さった。

桃田は荒い息をつきながら、震える手で啓介を見据えた。

「タケル達をあんな姿にした!この場で捻りつぶしてやりたいところだ。」

その言葉に込められた怒りと憎しみは、桃田自身がどれだけ苦しんできたかを物語っていた。彼の目は今にも啓介を飲み込んでしまいそうな勢いだった。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、もう一度啓介に目を向ける。

「だが、お前の存在は今後ネオジェネシス社に対抗するには必要だ。」

桃田は少し間を置いて言葉を続ける。

「タナトスインダストリーズ社の技術も、対抗策としては使えるだろう。」

啓介はしばらく黙っていたが、その表情には依然として冷徹な色が残る。桃田の意図を完全には読み取れないが、理解しているようだった。

その間に、念冶は緑川心に全身タイツを手渡しながら、柔らかい笑みを浮かべて言った。

「お帰り、心。」

緑川心はそれを受け取ると、少し迷った様子で全身タイツを広げ、微妙な表情を浮かべた。どこか照れくささと、同時に複雑な感情が入り混じった顔だった。

念冶はその表情を見て、少しだけ優しい目を向ける。そして、啓介に向き直る。

「啓介さん、条件次第ではあんたの側についてやるよ。」

啓介はその言葉に反応するが、すぐにその目を逸らすことなく念冶を見つめる。念冶の眼差しは冷徹であり、同時に決意が込められていた。

「今すぐ人体実験をやめること。」

念冶は続ける。

「すべての情報を開示すること。」

その言葉に啓介は一瞬、息を呑む。

「それができるなら、共闘しようじゃないか。」

念冶は最後にそう言い、啓介に向かって強い目を向けた。明らかに妥協の余地はなく、啓介に対して強烈な圧力をかけるその眼差し。

啓介はその目をしばらく見つめ、そしてゆっくりと口を開く。

啓介はしばらく黙っていた。目を閉じ、考えている様子だったが、やがて深い溜息をつく。

「お前らは本当に…俺の手のひらで転がされているのに、まだそんなことを言っているのか。」

その言葉には、どこか諦めにも似た冷徹な響きがあった。しかし、桃田や念冶の目を見つめ返すその眼差しには、逃げ場のない決意が見え隠れしていた。

「だが、分かった。」

啓介は静かに、そして無感情に言葉を紡いだ。

「お前らが言う通り、今すぐ人体実験をやめる。タナトスインダストリーズ社が持つ技術も…あの場所で培われたものも、すべて開示する。だが、条件がある。」

その言葉に、全員が一斉に啓介を見つめた。慎重に言葉を選んだ後、啓介は続ける。

「タナトスインダストリーズ社の力を完全に取り戻すためには、俺の協力が必要だ。お前らに渡す情報は、あくまで『今』のものでしかない。」

啓介の声は冷徹でありながらも、少しばかりの悔しさが滲んでいた。

「それでも、お前らが本気で対抗したいなら、俺の助けは必要だ。」

その瞬間、緑川心が静かに前に出てきて、啓介の言葉を聞いていた。彼女の目は少し不安げで、心の中で何かを整理しているようだった。

「じゃあ、どうするの?」

緑川心が静かに問いかけると、啓介は一度深く息を吸い込んだ。

「まず、俺が持っている情報を全て開示する。ただし、その前にお前らが俺を信じるというのなら、証明してくれ。」

念冶はそれに対して黙って頷き、周囲を見渡した。すでに彼らの心は一つに固まっていた。

「俺たちは共闘する。それが決まったなら、後は情報を受け取るだけだ。」

念冶は冷静に、でも決意を込めて言った。

その言葉に、啓介は微かに頷き、全てを語る覚悟を決めたようだった。

「分かった。だが、今からお前たちに見せるものは、決して軽いものじゃない。それを理解した上で、受け入れろ。」

その言葉をもって、啓介は静かに立ち上がる。


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