第10話 潜入する力、選択する未来
特訓を終えた後、赤松は仲間たちにプレゼントを用意していた。みんなが集まった部屋に、赤松が嬉しそうに現れ、「みんな、これからの戦いに備えて、新しい装備を準備したんだ!」と声をかけた。
赤松が取り出したのは、戦闘服の箱。蓋を開けると、そこに現れたのは一着ずつ、全身タイツのようなピタッとしたスーツだった。各自の色に合わせたタイツ――赤松には赤、青山には青、白石には白、そして黒田には黒の全身タイツだった。
「な、なんだこれは…?」黒田は明らかに呆れた顔をして、手に取ったタイツを見つめた。
「まさか、こんなの着るわけじゃないだろうな…?」と、黒田は冗談めかして言ったが、予知能力が反応してしまう。視線をタイツに向けると、未来のビジョンが鮮明に現れる。それは、彼がそのタイツを着ている姿だった。
「うわっ…!」黒田は思わず声を上げ、タイツを見つめたまま動揺した。「これ、未来で着てる…!」
「見た目はともかく、機能性はバッチリだよ!」赤松が笑顔で説明しながら、タイツを一人一人に渡す。
「戦闘用スーツだ。これを着れば動きやすくなる。実際に試してみろ」
赤松が説明すると、青山が腕を通しながら頷いた。
「軽いし、結構伸縮性があるな……お、意外といい感じだぞ」
麗子も着用しながら確認する。
「確かに、動きやすいしフィットするわね」
そんなやり取りの中、黒田が険しい顔で窓の外を見た。
「来たぞ」
黒づくめの男たちが建物の周囲に集まり、無線で何かを話している。
慧が目を閉じ、能力を発動させた。
「……敵意がある。俺たちを確保しに来るつもりだ」
緊迫した空気が流れる中、突然、扉が破られ、男たちが突入してきた。
「やるしかない!」赤松が叫ぶ。
青山が時間を止め、敵の動きを封じた。
「今のうちに配置につけ!」
赤松が拳を握りしめ、男たちの銃を奪ってへし折る。
だが、敵もただの雑魚ではなかった。
「装備が強化されてる……!」
慧が察知した通り、敵のスーツは特殊素材でできており、衝撃を吸収する。
「思ったより手強いな」
黒田が冷静に分析する。
戦闘が激化する中、突如として敵の指揮官らしき人物が前に出た。
「やはりここにいたか、能力者たちよ」
黒田が睨む。
「君たちの戦闘データ、ありがたくいただくよ」
男は余裕の笑みを浮かべた。
「くそっ、遊びじゃねぇぞ!」
赤松が拳を握りしめる。
「ふむ……ならば見せてもらおう。覚醒者の力を」
男が手を上げると、突如、敵の部隊が一斉に動き出した。
「おい、こいつら動きが速いぞ!」
桃田が驚愕する。
「これは……強化兵か」
慧が低く呟いた。
敵は明らかに強化されており、青山の時間停止が解けると同時に、驚異的なスピードで迫ってきた。
「おもしれぇ……! だったらこっちも本気でいくぞ!」
赤松が拳を固め、全力で殴りかかる。
だが、敵の一人が驚異的な反射神経でそれを避けた。
「チッ……こいつら、まじで厄介だな」
黒田は冷静に動きながら、敵のパターンを分析する。
「単なる強化兵じゃない……こいつら、俺たちの動きを読んでる」
「どういうことだ?」
青山が問う。
「データを収集しながら、リアルタイムで対策してるってことだ」
慧が睨みつける。
「つまり、こっちの手の内を知られたまま戦っても不利ってことね」
麗子が歯を食いしばる。
その瞬間、指揮官がゆっくりと前へ歩み出た。
「では、そろそろ本番といこうか」
指揮官が指を鳴らすと、背後からさらなる兵士たちが姿を現した。
「くそっ、どうする!?」
赤松が焦る。
「……こっちも仕掛けるしかないな」
黒田が静かに言った。
慧はさらに集中して、男たちの動きを読み取ろうとした。次に起こるであろう戦闘の兆しが、ビジョンとして彼の頭に浮かぶ。それに合わせ、他のメンバーも即座に動く準備を整える。
「お前たちの目的はわかってる…戦う準備はできてる。」赤松が一歩前に出て、低く声をかけた。
次の瞬間、時生が一瞬で動きを止めた。空気がピンと張り詰め、周囲の時間がまるで凍りついたかのように静まり返る。全てが止まる中、時生はその静寂の中をゆっくりと歩き、黒づくめの男たちを見下ろした。
麗子がその瞬間、素早く動き出す。彼女の身体は驚異的な速さで、男たちに接近し、次々と気絶させていく。彼女の再生能力が身体をフルに活用し、衝撃的なスピードで男たちを制圧していく。数秒も経たず、部屋の中に倒れる男たち。
そして、念冶が最前線に立ち、男たちの持っていた銃を無造作に掴み、すべて捻じ曲げた。銃はあっという間に無力化され、金属の歪んだ音が響く。念冶は冷徹にその後ろで手を組み、視線を男たちに向けた。
全員が制圧された後、赤松が冷静に命じる。「全員を縛り上げろ。」その命令を受けて、青山が即座に男たちを縛り上げ、無力化する。
その後、リーダー格の男を前に引き寄せ、赤松が厳しい口調で尋問を始めた。「お前らはどこの所属だ?目的は何だ?」
リーダー格の男は一瞬苦しむような表情を浮かべたが、すぐに観念したように顔を上げた。「ネオジェネシス社に雇われた傭兵だ…お前たちの能力者を捕えるために派遣された。」彼は力なく吐き出すように告白した。
その言葉に、全員の表情が一瞬で変わる。ネオジェネシス社――あの極秘生体工学的試験プロジェクトに関わる、あの企業の名前が出てきたことに、皆が驚きとともに深い不安を覚える。
「お前たちがどれだけ重要なターゲットなのか、分かっているか?」リーダーは肩で息をしながら、冷徹に言った。「でもな、ネオジェネシス社にとって、お前たちはその一部に過ぎない。」
赤松は一歩前に出て、その言葉を静かに飲み込んだ。彼らの背後には、更に大きな力が存在しているという事実が、確信に変わった。
赤松は腕を組み、深く息を吐いた。
「…いったん整理しよう。ネオジェネシス社とタナトスインダストリーズ社について、ちゃんと把握しておくべきだ。」
青山が頷きながら口を開く。
「ネオジェネシス社は、日本とアメリカの共同研究機関が裏で進めている生体工学プロジェクトを担ってる。要は、人体適応技術の発展を目的とした極秘研究を続けてる企業だ。」
「俺たちがその実験体だったって話だよな。」黒田が低く呟く。
「そういうことだ。」赤松がうなずく。「今までは研究対象として監視されるだけだったのが、ついに動き出したってわけだ。」
麗子が難しい顔をする。「じゃあ、今回の傭兵たちは、私たちを回収するために送り込まれたってこと?」
「それだけじゃない。」時生が鋭い視線を向ける。「ネオジェネシス社は、私たちの能力の強化を知っている可能性がある。単なる捕獲じゃなく、次の段階に進もうとしてるんじゃないか?」
「次の段階…?」麗子が眉をひそめる。
「たとえば、戦闘データの収集とかだ。」青山が言う。「俺たちがどこまで力を使えるのか、どんな能力を持っているのか。そういう情報を手に入れようとしてる。」
「それが、タナトスインダストリーズ社とどう関わってくる?」黒田が核心に迫るように問うた。
「タナトスは、能力者の軍事利用を進めてる組織だ。」赤松が言った。「ネオジェネシス社が能力者を作り出し、タナトスがその力を兵器として実用化する。そういう構図が考えられる。」
「つまり、俺たちはどっちの組織にとっても“商品”ってことかよ。」黒田が忌々しげに舌打ちする。
「それだけじゃない。」時生が慎重な声で続ける。「問題は、緑川心…高橋のことだ。彼女が俺たちを事故に見せかけて覚醒させたのは事実。でも、その背後にいたのはタナトスか、それともネオジェネシスか?」
「いや、それを指示してたのは、高橋啓介…」麗子が言った。「緑川は利用されてたって桃田も言ってたし、そもそも彼女は被害者だって話だった。」
「でも、もし高橋啓介がタナトス側なら?」青山が冷静に言う。「タナトスは軍事利用を考えてるんだ。彼女が覚醒者を意図的に作り出したのは、まさにそのためかもしれない。」
「それなら、ネオジェネシス社は?」黒田が尋ねる。
「ネオジェネシス社は、能力者を“管理”したいんだろうな。」赤松が静かに言った。「つまり、俺たちがタナトスに利用される前に、先手を打とうとしている。だから傭兵を送り込んできたんじゃないか?」
「どっちにしても、俺たちは自由じゃないってことか。」黒田が深いため息をついた。
「だからこそ、俺たちがどう動くかが重要なんだ。」赤松が全員を見渡す。「敵は二つある。そして、それを超えたところに緑川心がいる。彼女をどうするかが、今後のカギになる。」
しばらくの沈黙の後、桃田の念話が響いた。
「それを決めるのは、お前たちだ。だが、どちらにせよ準備が必要だ。戦うことも、逃げることも、選ぶのは今しかない。」
4人は互いの顔を見た。ここから先は、単なる偶然ではなく、自分たちの意志で選び取る戦いになる。
赤松は腕を組み、少し考え込んだ後、静かに口を開いた。
「ネオジェネシス社、タナトスインダストリーズ社…どちらかを利用できないか?」
その言葉に、全員が一瞬沈黙する。
「利用する?」黒田が眉をひそめる。「敵対してる組織を、逆にこっちの利益のために動かすってことか?」
「単純に戦うだけじゃ、いつか潰される。敵を利用できるなら、それが一番いい。」赤松が冷静に答える。
「でも、どっちも俺たちを“実験体”か“兵器”としてしか見てないんじゃないの?」麗子が不安げに言った。
「だからこそ、そこを逆手に取るんだよ。」青山が腕を組む。「ネオジェネシス社は俺たちを管理したい、タナトスは俺たちを軍事利用したい。どちらにとっても、俺たちの存在は価値があるってことだ。」
「うまく情報を流せば、両者をぶつけることもできるかもしれない。」赤松が続けた。「少なくとも、どちらかを一時的にでもこちらに引き寄せられれば、戦うだけよりも選択肢が増える。」
「でも、それよりも先に…緑川心をどうするかを決めるべきだ。」時生が真剣な表情で言った。「もし、本当に彼女が被害者なら、俺たちは助けなきゃいけない。」
「総一お兄さんは彼女が“被害者”だって言ってたよね。」麗子が思い出したように言う。「それが本当なら、彼女も私たちと同じ立場だったってことになんじゃない。」
「だけど、その“被害者”が俺たちを事故に見せかけて覚醒させた。」黒田が低い声で言う。「そこが引っかかる。」
「…それでも、緑川はずっと一人で戦ってきたのかもしれない。」青山が静かに言った。「誰にも頼れずに、ずっと…」
「助けるにしても、まずは作戦を考えないと。」赤松が決意を込めて言った。「何も考えずに動けば、俺たちの方がやられるだけだ。」
「…まずは情報を集めよう。」時生が言った。「敵の動き、緑川の居場所、そして利用できる手段。ここからが本当の勝負だ。」
4人は互いに視線を交わし、覚悟を決めた。
選ぶべき道は、まだ見えない。しかし、このまま流されるわけにはいかない。
自分たちの意志で、戦い、そして未来を掴むために――。
翌日から、4人は情報収集を開始した。
まず、緑川心について調べると、彼女は現在長期休暇を取っていることが判明した。職場には出社しておらず、連絡もつかない状態だ。まるで、突然姿を消したかのようだった。
一方、高橋啓介については、桃田の能力でもその居場所を感知することができなかった。まるで何らかの方法で気配を完全に遮断しているようだ。それは、以前桃田が言っていた「テレパシーを無効化する機器」を装着しているからなのかもしれない。
さらに、ネオジェネシス社が動き出したことは、すでにタナトスインダストリーズ社にも伝わっているようだった。もし、タナトスも対抗措置として動き出せば、2つの組織が同時にこちらに圧力をかけてくる可能性がある。一度に相手をするのは厄介すぎる。
「早めにどちらかに近づいて、動きをコントロールするべきかもしれないな。」赤松が腕を組んでつぶやく。
そんな中、慧の能力がまた一歩進化していた。彼は過去の出来事を、より鮮明に視ることができるようになっていたのだ。
慧が見たビジョンは、緑川心の真実だった。
彼女は確かに強力なテレパシー能力者だった。その力のせいで、幼少期から他人の感情や思考が押し寄せ、苦しんでいた。そして、それを利用しようとしたのが高橋啓介だった。
さらに、慧の視た映像から、彼女と山崎の関係も浮かび上がった。
――山崎は、緑川心にとって唯一、心を許せる存在だった。彼の思考はまっすぐで、余計な感情を読み取る必要がなかった。だからこそ、彼女は彼のそばにいた。
しかし、山崎は死んだ。
慧が視たのは、その死の真相だった。山崎はネオジェネシス社の実験の一環として命を奪われた。緑川はそのことを知らされず、自分が原因で彼を巻き込んでしまったと思い込まされていた。
「……心は、本当に被害者だったんだ。」慧が深く息を吐く。
その事実を知った今、4人はどう動くべきなのか?
すべてのピースが少しずつ揃い始めていた。
その夜、赤松念冶は夢を見た。
それは、また幼少期の夢だった。
夢の中で、遠くから誰かが呼んでいる。
「念冶!」
時生の声だ。
振り向くと、時生が手を振っていた。無邪気な笑顔で「こっちだ!」と叫びながら走っていく。念冶も、なぜか懐かしさを感じながら、その声に導かれるように駆け出した。
駆けた先には、黒田慧、白石麗子、そして緑川心が待っていた。みんな笑顔だ。まるで、何もかもが平和だった頃のように。
しかし、その瞬間——どこからか声が響いた。
「あの子を……心ちゃんを助けてあげて。」
誰だ?
ふと、その声に聞き覚えがある気がした。記憶にはないはずなのに、心の奥に刻まれているような声。
——母さん?
そんなはずはない。自分には、母親の記憶がないはずなのに——。
夢から覚めたとき、念冶は汗ばんだ額に手を当てた。そして、驚くべきことに、同じ夢を見たのは自分だけではなかった。
時生も、慧も、麗子も、全員が同じ夢を見ていたのだ。
「……罠か?」
「けど、俺たちに関係があるのは間違いない。」
「どうする?」
「乗ってみるか。」
4人は顔を見合わせ、決意した。
——緑川心に会おう。
2日後、桃田と黒田の協力により、ついに緑川心の居場所が判明した。
「明日、決行する。」
念冶の言葉に、全員がうなずく。
だが、ここでひとつ問題があった。
「緑川のテレパシーを警戒し、作戦内容は秘密にする。」
時生、麗子、慧が驚いたように念冶を見る。
「俺の中では策がある。だが、細かいことは話さない。」
「……お前がそこまで言うなら、信じるしかないか。」
「ただし、ひとつだけ。明日は全員、戦闘服を着てくるように。」
念冶の言葉に、一瞬の沈黙の後、慧が小さくため息をついた。
「またあの全身タイツか……。」
ぼそっとつぶやく慧だったが、彼の能力にはすでに"自分が着ている未来"が見えていた。