第1話 赤松念冶
最後までお読みいただけますと幸いです。
赤松念冶、42歳。どこにでもいる普通のサラリーマン。禿げた頭を手でなでながら、彼はその日々にどこか疲れを感じていた。職場では目立つことはなく、周囲の社員たちの進展に対して、赤松はいつも遅れを取っている気がしていた。しかし、特に悔しさを感じるのは、同期入社の幼馴染でもある青山時生の存在だった。
青山時生は、同期で入社したにもかかわらず、順調に出世を重ね、部内でも絶大な信頼を集めている。しかもイケメン。周囲の人々は青山を尊敬し、笑顔と共に彼に話しかける。その横で赤松は、いつも自分と比較し、胸の中に深い劣等感を抱いていた。
「青山部長、また新しいプロジェクトが始まるそうですね。」
青山部長がオフィスに入ってきた瞬間、部下たちは一斉に立ち上がり、彼に敬意を示した。その背中は圧倒的で、部長としての風格を漂わせている。だが、赤松はただ一歩後ろで見守ることしかできなかった。彼と青山は幼少期からの友人であり、同期入社でもあった。しかし、会社での立場は大きく異なっていた。
「うん、うまくいけば君たちにもチャンスが来るだろう。」
青山部長がそう言いながら周囲に微笑んだ。彼の自信に満ちた表情と落ち着きは、まさに部長そのものだ。その笑顔を見つめる赤松は、心の中で思わず息を呑む。
「俺には、こんなチャンスは回ってこないのか…。」
そのとき、青山が何気なく歩きながら言った一言が赤松を突き刺した。「また、君も頑張ってくれ。」その言葉に、赤松は心の奥で思わず答える。「こんな自分じゃ、もう…」。
だが、その日が赤松の人生を大きく変える運命の日となる。
赤松がいつものように駅に向かって歩いていたその帰り道、突然背後から何者かに襲われた。
「金を出せ、早く!」
振り返る暇もなく、強盗に肩を掴まれ、引き寄せられる。顔面を殴られ、赤松はそのまま地面に倒れ込む。強盗の暴力が容赦なく降り注ぎ、赤松は息ができず、目の前が真っ暗になりかけた。
「こんなところで、死ぬのか…。」
心臓が激しく鼓動し、恐怖で手足が震え、赤松は死を覚悟した。その瞬間、目の前の闇が広がり、彼は幼少期の記憶に引き戻された。
小さな赤松は、いつも公園で遊んでいた。その日も、青山時生をはじめ、4人の少年少女たちが彼を取り囲んでいた。彼らの目はどこか懐かしく、優しさに満ちていた。
「念冶、こっちにおいで!」
青山が元気に手を振り、他の子供たちも笑顔で声をかけていた。赤松はその時、思わず笑顔を浮かべた。しかし、今の自分にはもうその笑顔が戻らないように感じた。あの頃の純粋で無邪気な自分は、今の自分とはまるで違っていた。
「これが走馬灯ってやつか…。」
「俺は…やっぱり死ぬのか…?」
その時、心の奥底から湧き上がった強い思い。それは、死を迎える覚悟をしたはずの赤松の心を突き動かす力だった。心の中で叫びが上がる。
「いや、なんか大丈夫な気がする!」
その瞬間、赤松の頭頂部が熱く感じ、禿げた部分の産毛がざわつくような感覚が広がった。全身にエネルギーがみなぎり、体が自然と反応を始める。
強盗が再び拳を振り上げ、赤松に迫る。その瞬間、赤松は無意識に集中した。目の前の強盗の体がまるで操られるように動き出し、赤松の意識が強盗の動きを支配していく。
強盗の手がふと止まり、赤松の思い通りにその腕がねじり上げられ、強盗は地面に崩れ落ちる。その力は圧倒的で、赤松の体は空間を支配するかのように反応した。強盗は一瞬で動けなくなり、赤松はその力の使い方を理解する。
「これが…俺の力か?」
赤松は驚きながらも、その力に恐れを感じた。こんな自分にこんな力があるなんて、信じられなかった。しかし、その感覚を受け入れると、赤松は不思議なことに安堵を感じる。
警察が到着し、強盗は逮捕された。赤松はその後も冷静に警察に事情を説明し、無事に解放された。命を救われたことに感謝しつつも、赤松はその出来事を通じて、以前の自分とは違う力を感じていた。
「こんな自分でも、何かできるかもしれない。」
その変化を実感した赤松は、以前のようにただ目の前の仕事に追われる日々には戻れないと感じた。これまでとは違う、何か新しい自分を築いていかなければならないという強い決意が湧いてきた。
一度は死を覚悟したあの日の出来事が、今では自分の中で大きな力となっている。もしかしたら、青山部長が持つあの自信や強さは、外から見えるものだけではなく、内面から湧き上がるものなのだと理解し始めていた。
「俺は、何かを変える力を持っているんだ。」
赤松は仕事においてもその変化を実感するようになる。以前のように、上司からの指示を受けてただこなすだけの自分ではなくなった。今では、課題を先取りし、問題解決のために積極的に提案するようになっていた。自分の意見に自信を持ち、行動に移すその姿は、周囲にも少しずつ変化を感じさせていた。
そして、青山部長にもその変化を見せる時が来た。ある日、赤松は青山の前で、今までの自分とは違う真剣な表情で話しかけた。
「部長、次のプロジェクトで私に任せていただけませんか?」
青山は少し驚いたような顔をした後、にっこりと微笑みながら言った。
「君がそう言ってくれるなら、考えてみよう。」
その一言に、赤松は心からの感謝を込めて答える。
「ありがとうございます、部長。」
これからの自分には、恐れも不安も少なくなっていく。かつての万年係長としての自分を、少しずつ超えていく手応えを感じていた。そして、その先に何が待っているのか、赤松には楽しみで仕方なかった。
青山部長と並んで歩く日が、遠くない未来に訪れることを信じて。
赤松念冶は、あの日の強盗事件以来、何かが変わったことを実感していた。目の前で起きたこと、あの時感じた力の感覚—それがただの偶然で終わるわけがない。力の源は何だろう?自分の体を支配するかのようなその感覚は、ただの事故では説明がつかない。赤松は、無意識のうちに力を行使してしまったことに恐れを感じながらも、それが自分の中にある新たな一面だということも感じ取っていた。
「これって、もしかしてテレキネシス?」
ある晩、赤松は自分の部屋で書籍やインターネットで調べ物をしていた。強盗に立ち向かうとき、まるで自分の意識がその動きを支配しているようだった。その感覚に心当たりがあった。テレキネシス—物体を意志で動かす能力。それを検索すると、科学的な根拠は見当たらなかったが、ネット上では様々な都市伝説や研究者たちの仮説が取り上げられていた。
「こんなことが現実にあるなんて…でも、確かに自分の中で感じたんだ。」
赤松は静かに自分に言い聞かせるように呟いた。目の前で物を動かすことはまだできていないが、あの日強盗の腕をねじ上げた感覚は、まぎれもなく自分の意識が通じていた瞬間だった。恐ろしい力を手に入れたとも思ったが、それがどう使われるべきかも分からない。
その夜、赤松は決意した。もしこれが自分に与えられた力なら、無駄にするわけにはいかない。それどころか、この力をどんどん磨き、自分の人生を変えるために使おうと。
次の日から、赤松は夜な夜な能力のトレーニングを始めた。最初はただ集中して物を動かす練習だった。机の上のペン、カップ、さらには椅子—初めて試したときは、どれも微動だにしなかった。しかし、あの日の感覚を思い出しながら、赤松は徐々に心を落ち着け、集中力を高めていった。
数週間が経ち、ある日、赤松は驚くべき成果をあげる。自分の意識を強く集中させると、机の上のペンが微かに動いた。ほんの少しだが、確実に動いたのだ。その瞬間、赤松の中で新たな自信が芽生えた。
「これだ。確実に、力を使いこなせるようになってきている。」
赤松は次第にその力を操作する感覚を掴み、日々のトレーニングを続けた。夜中の静かな時間を使って集中し、時折目に見えるものを動かしながら、能力を磨き上げていった。だが、それと同時に、赤松は次第に心の中に新たな疑問が湧き始めていた。
「この力は、果たして正しい方向に使うべきものなのか?」
能力が強まるにつれて、赤松の心の中で一抹の不安が広がっていった。もし、この力を間違って使ったらどうなるのか?その先に待っているのは、想像できないような結果かもしれない。だが、赤松はこの力を封じ込めるつもりはなかった。自分がこの力をどう使うかは、自分自身にかかっていると感じていた。
その後、赤松は仕事においても変化を感じ始めた。前よりも大胆に提案し、周囲との協力を進めるようになった。以前のように、ただ黙って仕事をこなすのではなく、自分の考えをしっかりと持ち、発信するようになった。その姿勢は、部内でも徐々に評価され、赤松が周囲から信頼を得る瞬間が増えていった。
そして、ある日のこと。青山時生が赤松に声をかけた。
「念冶、君が最近変わったな。以前の君とは少し違う感じがする。何かあったのか?」
青山の言葉に、赤松は少しだけ驚きながらも、心の中で答えを用意していた。
「ええ、少しね。自分の中で何かが変わったんです。」
その時、赤松は心の中で新たな決意を抱いていた。これからは、青山のように、自分自身の力を信じて生きていく。その力がどこまで自分を導いてくれるのか、試してみたくなった。
プロジェクトの成功は、赤松にとって大きな転機だった。あの日、青山部長に自分を売り込んだ結果、最初は戸惑いもあったが、赤松の提案が見事に成果を上げ、プロジェクトは予定よりも早く完了した。部内でもその成果は大きく評価され、赤松は初めて、同期の青山や上司たちから心からの称賛を受けることができた。
「念冶、お前、やるじゃないか!本当にすごいよ、あの提案は。」
「部長、助けてくれてありがとうございます。」
プロジェクトチームのメンバーたちは赤松を囲んで笑顔を浮かべ、乾杯を交わした。その場の雰囲気はとても温かく、赤松もつい力が抜けて肩の力を感じた。これまで、周囲から注目されることに慣れていなかったため、少し照れ臭かったが、それでも心の中では素直に嬉しさを感じていた。
「さて、今日はその成果を祝う意味でもう一軒、行こうじゃないか。」
青山がにっこりと笑いながら言った。いつもの余裕を感じさせる青山の笑顔に、赤松は少し驚きつつも、その誘いを受け入れた。
「いいですね、部長。じゃあ、行きましょう!」
二人はチームメンバーと別れ、青山とともに次の行きつけの店へ向かった。
プロジェクトの成功を祝った後、赤松と青山は次の店へ向かって歩いていた。軽く会話を交わしながら進んでいると、青山がふと立ち止まり、赤松に言った。
「なあ、念冶、今日はもう敬語やめようぜ。」
赤松は少し驚いたように青山を見た。
「え、でも…部長、急にそう言われても…」
青山はにっこりと笑い、肩を軽く叩いた。
「お前ももう気を使うなよ。今日は二人っきりだろ?」
「でも、長い間敬語だったから…」
「もう慣れたらどうだ?俺たち、昔からの友達だろ?」
青山は言いながら、軽く歩き出した。
赤松は少し考えた後、深呼吸をして言った。
「うん、わかった、時生。」
青山は満足げに笑って、軽く頷いた。
「それでこそだ。」
その瞬間、赤松の中に少しだけ緊張が解けた。子どもの頃のことを思い出し、自然に笑顔がこぼれる。
「そうだな、俺たち、あの頃からの付き合いだもんな。」
「そうだよ、あの頃から何も変わらないよ。」
青山はにっこりと笑った。
「時生、なんだか急にフランクになったな。」
「それがいいんだよ。今日くらいは、普段通り、気楽にいこうぜ。」
青山が軽く肩をすくめながら言った。
「でも、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。」
「うん、そうだな。」
赤松は、少し照れくさいけれど、心地よい気持ちで頷いた。
「じゃあ、これからはもっと気軽にいこうな。」
「おう、そのつもりだ。」
時生は笑いながら、赤松とグラスを合わせた。
その後も二人は、まるで昔に戻ったかのように、自然に会話を楽しみながら歩いていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。