三月十四日
3月14日、俗にいうホワイトデー。
母親からしかチョコをもらっていない僕みたいなやつにはあまり関係のないイベントだ。今日は平日、いつも通り学校には通わないといけないわけで、チョコの受け渡しが廊下のあちこちで行われているのが目に入ってくる。
仮に14日が休日だったとしても日にちが前倒しになるだけで、毎年変わらない光景を見ていたっけ。廊下で行われるそんな光景を横目に僕は教室に入った。教室においてもそれは変わらないようで、ため息を一つこぼす。僕はできる限り回りを見ないで自分の席に座った。
「おっはよ、ほいチョコ」
隣の席の対馬蓮が、タッパーに入ったパウンドケーキを渡してきた。小さく分けられたそれには一つずつ爪楊枝が刺さっていて、食べやすい状態になっている。プレーンとチョコの二種類あるようだ。
「ありがと。お前バレンタインのときもそれ持ってきてなかったっけ?」
僕はチョコの方を口に放り込む。
「そりゃこんなイベント逃がせないっしょ。みんなに俺の作ったお菓子を食わせる絶好のチャンスだからな。で、お味はどうよ」
「最高に美味い」
「そいつはよかった。んじゃちょっとほかのクラス行ってくるわ」
颯爽と教室を抜け出していった蓮を見送ってから机に突っ伏す。ほどなくして教室のドアから、左手にフラッグサンダー、右手にはスマホを携えて波乗音斗が入ってきた。
「なぜそんなに死んだ目をしているんだ、これでも食って元気出せ」
僕を見るなりあきれたように、鞄からフラッグサンダーを取り出して机に置いてくる。これでも食って元気だせっていういつものやつだ。
「僕は死んだ目なんかしていない、ただホワイトデーがちょっと憎いだけだ」
「そうか、まあ私には関係ないことだな。なんせ毎日がホワイトデーみたいなものだからな」
「自分で自分にチョコ買った日を全部ホワイトデーっていうのかお前は」
「フラッグサンダーを食べないと頭が働かないんだよ」
そういいながらまた新しいのを取り出して食べ始める。カバンの中が全部フラッグサンダーなんじゃないかってくらい、事あるごとに音斗はそれを食べる。まあ毎日のことだから気にしていたらキリがないけれど。
音斗は僕の後ろの席に座って今度はパソコンを広げはじめた。
「なあ音斗。すごくどうでもいい話なんだけどさ、なんでホワイトデーってホワイトデーっていうんだろうな。白い日って、何が白いのか全然わからん」
「知りたいことがあったらなんでもかんでも私に聞くな、自分で調べろ」
「暇つぶし程度に調べてくれよ」
「めんどくさいな……」
少し嫌そうな顔をした音斗だったけれど、すぐにパソコンに何かを打ち込む音が聞こえてくる。その優しさに甘えて僕はもらったフラッグサンダーを食べて待つ。
音斗は別に博識ってわけじゃないが、常にスマホかパソコンをいじっているのでなんでも調べてくれる。周りからは“歩くネットサーフィン”なんて陰で呼ばれているらしい。
「ホワイトデーの発症は日本らしいな。バレンタインデーもそうだが、こっちもお菓子会社の陰謀じゃないか」
くるっとパソコンの画面をこちら側に向けて調べた記事を見せてくれる。お菓子会社が販売促進のためにバレンタインデーのアンサーデーを用意した、といったことが書かれている。最初はホワイトデーではなくマシュマロデーって名前だった説なんてのもあるらしい。というか《《発症》》じゃなくて、《《発祥》》だろ。お菓子会社の陰謀に侵されているって意味か。毎日がホワイトデーとか言っておきながら何を言ってんだ。まあホワイトデーって名前の由来はわからなかったが、マシュマロデーって名前よりはマシだろう。そうだったらマシュマロしか売れないだろうし。
「マシュマロだけだったらホワイトデーも悲しいイベントになるな」
「悲しいイベント?お菓子もらえるならいいじゃん」
「それぞれのお菓子には意味が込められてるって話くらい聞いたことあるだろ。マシュマロの意味は《《あなたが嫌いです》》だ。バレンタインデーのお返しがマシュマロだけだったら世の中のカップルの多くは破局してるよ」
ほれ見てみ、と別の記事を見せてくれる。マシュマロにも最初の頃は優しい意味が込められていたらしいが、時が経って真逆の意味に変わってしまったらしい。マシュマロ会社の陰謀破れたり。
「じゃあバレンタインで告白して返事がマシュマロだったら、一ヶ月も待たされた挙句、失恋か。最悪だなそれは」
「私だったら一ヶ月も返事を待たされる時点で脈無しだって思うけどな」
それもそうか。告白OKなら当日ないし、遅くても一週間くらいには返事するよな。バレンタインデーに対するアンサーデーとしては、一か月後はあまりにも遅すぎる。あくまでお菓子会社が仕組んだことだから、月一のイベントってのはちょうどいいんだろうけど。
そんなこんなで予鈴も鳴って、蓮が教室に戻ってきた。音斗を見つけるなり、ほれ食えとパウンドケーキを食わせていた。最後の余りもののプレーン味のようだ。やっぱりチョコのが人気だ。
「うまいか?」
「フラッグサンダーの次にな」
「フラッグサンダー信者め」
そんな何気ないやり取りを眺めて僕はまたため息をついた。まあいい。ホワイトデーなんてこんなものだ。本鈴まであと2分の待機だ。もうすぐこのうるさい教室も静かになる。
そう思った矢先、頭になにかを載せられた。
「そうだ、ほら誕生日プレゼント、今日お前誕生日だろ」
蓮が小さいケーキを僕の頭から机に置く。
「私からはフラッグサンダーを」
音斗がフラッグサンダーを箱ごと渡してきた。
「蓮、音斗、覚えててくれたのか……」
ホワイトデーなんてくそくらえ。そう思っていたけれど、やっぱり持つべきものは友達だ。二つのプレゼントを受け取ってカバンにしまう僕に向けて、二人の声が重なる。
「「忘れるわけないだろ。だってお前の名前は……」」
十四日弥生それが僕の名前だった。