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第9話 うたかたの休息

土日祝日投稿時間、模索中のため明日は8時に投稿します。

 俺たちは無事に昼食を終えて夕暮れを迎えた頃。

 (あや)の提案で、「温泉旅館といったら、温泉でしょ!」ということで、夕食前に一度温泉に浸かることになって男女別れて脱衣所で服を脱いでいた。


「へぇ……意外といいモノ持ってるねぇ。俺と比べたら、可愛いけど」


 すっかり(ひかる)の存在を忘れて普通に全裸になった俺の頭上から下に視線を向ける男に腹パンする。


「可愛くて悪かったな!」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 軽く腹パンを阻止されて握られる手に思わず視線が下にいき、俺は目を丸くした。


「うわっ!」

「んー? どうしたー?」

「な、なんでもない……」


 手を振りほどいた俺の声で保護者化している南雲(なぐも)さんもやってくる。


 ――この男、何がとは言わないけど、俺と違いすぎだ。腹立つ……。


 二人から遠ざかるように先に浴室へ入った瞬間、外の風に身体を震わせた。


「へ? 此処……露天風呂なのか。知らないで入ろうとしてた……確か、温泉も沢山あるんだったか?」


 身体を洗った俺は(ひかる)たちから隠れるように奥の方へ歩いていく。


「ハァァ……温泉とか、久しぶりに入ったけど、気持ちいいな」

「そうですねー? 雪璃(せつり)先輩っ!」

「えっ……? うおっ!? こ、ここ……男湯じゃ!?」


 いつの間にか夕方から夜に移り変わっていたことで、シルエットしか見えない横に視線を向けた。

 湯けむりによって目を凝らしても隣が分からない。

 だけど、その声は紛れもなく(あや)だ。


「ふっふっふ。実は、脱衣所が別なだけで、ここは混浴なのでしたー!」

「ま、まじかよ……混浴って、それじゃ今の(あや)は」

「どうですかねー? 先輩は、どうだったら嬉しいですか?」


 次第に湯けむりが晴れて(あや)の姿が見える。男として正直すぎる俺は、自然に胸元へ視線を向けた。


 対する(あや)は平然とした表情で胸元を手で隠す。

 その行動が俺の顔を熱くした。


「お前ッ……花の女子高生が、はしたないぞ」

「その言い方古くないですかー? それじゃあ、ネタばらしでーす。じゃーん!」

「ちょっ! 立ち上がるな!?」


 急に立ち上がる(あや)に思わず後ろを向く。

 本人は立ったままツンツンと俺の背中を突いてきた。


 俺は両手で顔をおおいながら振り返って冷静になる。


「へっ……――俺の期待を返せ!」

「えー? 期待してたんですかー? あんなこと言って、本当はえっちですねぇ」

「――”変態男”」


 (あや)は肌色の特殊な水着のような何かを着ているようで、一切裸は見えなかった。

 加えて(あや)の背後には、(ひがし)さんもいたようで辛辣(しんらつ)な言葉に、俺は100のダメージを受ける。


 目が合った瞬間、舌打ちまでされた。

 しかも、先ほどよりもお湯が冷たく感じて、(ひがし)さんの背後に氷の岩山が見える。


「なんでだよー!? てか、ここ寒くないか……?」

「えっ? 気のせいですよー。先輩、もう(のぼ)せました?」


 頭を振って再び背後を確認すると何もなかった。


 色んな意味でショックと安心感に心此処に在らずのまま、温泉に気を失ったように浸かり部屋に戻る。



 湯上り後、五人で夕食を楽しむため、少し広い男部屋に集まることになった。


「それではー! 皆さんいいですかー? 今日は、雪璃(せつり)先輩を労う会ということで、お疲れ様でしたー! かんぱーい」

「かんぱーい」

「乾杯……。もうすでに疲労感が」


 成人済みの男二人は酒を飲み、未成年の俺たちはジュースと食事を楽しむ宴が始まる。

 当然のように隣に座った(あや)と、舌打ちしたまま命令されたように俺を挟む(ひがし)さんに再びダメージを受けた。


 いったい俺が何をしたと……。


 会ってから一ヶ月以上経って、未だに心を許してもらえず、何を考えているかも分からない女子大生で同い年の(ひがし)さん。


 少しだけ、おしゃべりな(ひかる)から話を聞いたのは、班長を崇拝(すうはい)しているという驚きの内容だった。

 だから俺に懐いて、ほとんどを共に過ごす俺を毛嫌いしているのかもしれない……。


雪璃(せつり)先輩ー。食べてます? このお肉もお魚も最高ですよー!」

「あ、ああ……そうだな。今日は、俺のために有り難う」

「当然じゃないですかー。出来る後輩は違いますからー!」


 出来る後輩なら、(あや)が俺に話しかけることで圧が増して悪寒すら感じる彼女を気遣ってくれ。


 ため息をつきながらも箸で肉を口に入れた瞬間、舌に溶ける感覚に目を見開く。


「うまっ……こんな肉なんて、食べたの初めてだ」

「でしょー? 最高級のA5ランクらしいですよ! こっちの魚も新鮮な鯛です! お刺身も美味しいので沢山食べてくださいね」

「やばっ……こんな贅沢して、罰当たりそうで怖い」


 庶民で大学一年生の俺が食べられる料理じゃないことに罪悪感さえ感じながらも、箸は止まらず完食してしまった。

 俺が美味しそうに食べている間に隣の圧も感じなくなり、(ひがし)さんは半分ほど食べ終わったくらい。


 反対の(あや)は俺と同じですべて食べきっていて、お腹をさすってジュースを飲んでいる。


「あっ、先輩。女子の腹部を見つめるなんて、えっちですよぉ」

「えっ……。いや、それくらいでエッチとかいうの、やめろ……」


 最後に別の温泉に入った俺たちは、男女で別れて就寝することにした。

 男二人は、酒が回ったようでイビキをかいて寝ている。


 寝るまでに(ひかる)に絡まれる俺を見兼ねて、大人で密かに憧れている南雲(なぐも)さんが真ん中に寝てくれた。

 ドア側になった俺は、数日前のことが忘れられず一人、部屋を出る。


 廊下に出た俺は横に視線を感じて首だけ向けて驚いた。


「えっ……先輩? どうかしたんですか!? まさか、(ひかる)さんに」

「いや、大丈夫だから……。驚いた……二人はぐっすり寝てるよ。ちょっと眠れなくて」

「そうだったんですねー。実は、私もなんです……。とっておきの場所があるので、一緒にどうですか?」


 (あや)の案内で、中庭に通じている廊下を寝静まって従業員の姿もない中、二人で歩く。


「なんか、逢引みたいじゃないですかー?」

「そんなんじゃないだろー。中庭なんてあるんだなぁ」

「はいっ! とっても綺麗なんですよー。絶対、雪璃(せつり)先輩も気に入ると思います」


 逢引と言った割に、ルンルン気分でまったく雰囲気がない(あや)の背中に笑いそうになる口を押さえた。


 しばらく歩いていくと、大きな窓のある場所に出て中庭と書かれた看板がある。

 (あや)は勝手に扉を開けて、スリッパを脱いだ。


「先輩、素足でも大丈夫なのでスリッパを置いて来てください」

「あ、ああ……わかった」


 言われるままスリッパを残して外に出た俺は、背後の人影に気が付くことなく白い石の上に立つ。

 冬から春に変わり始めた三月の季節には少し冷たいけど、心地良い風が頬を撫でた。


 片手を振る(あや)は、竹で出来たベンチに座っている。


「どうですかー? まだ少し肌寒いですけど、夜空が綺麗なんですよ!」

「そうだな。竹が植えられてるとか、風流だなー。でもって、夜空も綺麗だ」

「今日は満月みたいですね。とても綺麗で魅了されちゃいます」


 えっ?


 明るい弾む声と裏腹に、隣り座る(あや)に視線を向けると、頬を伝う涙に気付いた。


 本人も気付いてないってことはないよな……目にいっぱい涙が溢れてるぞ。


(あや)……」

「ちゃんと守れなくて、ごめんなさい! 恐かったですよね? 初任務で、二回も死にそうになって……」

「いや……恐かったけど、それは(あや)だって同じだろう? それに、守ってくれたじゃないか」


 一度目は(あや)のおかげで生かされた。

 二度目は南雲(なぐも)さんかもしれないけど、一度目がなかったら俺はすでに死んでいる。


 南雲(なぐも)さんが間に合ったのは、俺の押した緊急警報システムではあるが、守られたことに変わりはない。


「あのとき、私……冷静じゃなくて。もっとやれたはずなのに」

「それは……俺には、わからないけど。(あや)のおかげで、たくさんの人が救われたと思う」

「――先輩を守れないと意味がない。そうだ。このまま、一緒に逃げちゃいます? 逃げるのは悪いことじゃないです。でも、先輩が狙われちゃうか……あの施設で引きこもっちゃいましょう!」


 最初の言葉が小声で聞き取れない中、いつの間にか涙が引いていた(あや)が横を向く。


 俺と同じくらいに(あや)も精神ダメージを負っているとは思ってなかった。

 だけど、この温泉旅館にきて俺は(あや)の前で臆病な心をさらしていたことを自覚する。


「俺は、もう逃げない……自分の弱さとも向き合う。だから、泣かないでくれ」


 気が付くと俺は(あや)を抱きしめていた。

 予想外だったらしい行動に、腕の中にある彼女の肩が小さく揺れる。


「――先輩……。私、泣いてました? あっ、でもこれだけは言わせてください! 魔法使いになったら360度、世界が変わります」


 顔を向ける(あや)は満面の笑顔で俺の可能性について断言した。

 雰囲気に流された俺は正気に戻ったように手を離す。


「わ、悪い……」

「いえ! 全然、大丈夫です! あの……こんなときに言うことじゃないですが、一つ聞いてもいいですか?」

「えっ? 俺に分かることなら」


 まさかの質問に対しては、正直少しだけドキッとした。

 何が飛び出てくるか下を向きながら待っていると、思いもしない言葉が返ってくる。


「私、雪璃(せつり)先輩のことは大好きなんですが、これが恋愛感情としてなのか分からなくて……」


 まさかの本人に対して恋愛感情かどうか聞いてくる斬新さに、今の女子高生はそうなのかと汗が吹き出てきた。

 あんなにアプローチしてきていたから、恋愛感情があるんだと思っていたら違ったらしい。


 でも、こんな美少女JKが凡人の俺を好きになる夢話なんて詐欺くらいだから、少しだけホッとする。


「……先輩はどうですか?」

「えーっと、好意を向けられるのは素直に嬉しいかな。ただ、まだ知り合って一ヶ月少しだし……俺としては、可愛い後輩、かな?」

「焦らなくてもいいんですね。わかりました! 有り難うございます、先輩っ」


 しばらく俺の顔を見つめたあと、納得した様子の(あや)は笑顔となって鼻歌を歌い出し、時間が過ぎていった。

お読みいただき有り難うございます。

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宜しくお願いします。

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