第7話 初任務は想像以上に……
「いやいや、そうはならないだろう……」
毒々しい紫色をした巨大なカエルのような姿をしたあやかしが、一瞬にして目の前で潰された。
「せんぱーい? どうかしたんですかー?」
その上に乗ったまま声をかけてくる平常運転の彩に、言葉を飲み込む。
あのときと同じようにサラサラと粒子のように消えていくあやかしに同情しそうだ。
飛び降りることなく、あやかしが消えたことで地面に足をつく彼女は、平然と笑みを浮かべている。
翌日あやかしの目撃情報がきて、初任務となった俺は、出払っていた三人の応援が期待出来ない中、彩と二人でハンターになって初めて対峙した。
時刻は当然22時を軽く回っていて、狙われた人がいないことがわかると戦闘経験を上げるために、俺が囮をすることになったのに……。
彩が蝶のように空を舞い、鮮やかなまでのドロップキックをお見舞いしたら、そのまま心臓部を貫いて終わってしまった。
「俺が動いたのって、10秒くらいで……あやかしが動くことなく終わったぞ」
「最初はそんなものですよー。気にしないで次に繋げましょう!」
「いや、お前が強すぎなだけじゃないか?」
美少女が強すぎる件。
でもって、ストーカー気質という盛りだくさんだ。
「えーっと、後始末とか不要なのは良いところだよな」
「そうですねー。結構エグいですし、私も洋服が汚れるのは嫌ですから」
「あやかしって血とか出ないのかな? カイロスは、俺の血を飲みたがってたけどさ」
俺の質問に対して、顎に手を当てながら、うーんと唸る。
俺が見たあやかしは二体。どれも人間に近い上位のあやかしとは違う。
むしろ彩にとっては中位までのあやかしはワンパンなのかもしれない。
まぁ、カイロスのような見た目だと俺も躊躇するが、それ以下は襲ってくる相手は倒すものだと思って挑んでいる。
「実は、私もまだ上位のあやかしと戦ったことがなくてわからないんですよねー。ただ、中位以下のあやかしは心臓部を破壊すると血液じゃなくてゼリーのような何かがあふれ出てます」
「なるほど……。それは、服とか汚れないのか?」
「このセーラー服は戦闘服みたいなものなんですが、実は! 汚れにくい生地なんです。なので、こうやって払ってます」
ゼリーのようなものは無色透明でわかりづらいだけで、実際服にはついてるらしい。
カイロスに聞けばすぐにわかりそうではある。
ただ、彩には絶対一人で会いにいかないことと釘を刺された。
俺も、わざわざ変態に会いにいく趣味はない。
「5分もしないで終わったけど、このまま帰るだろ?」
「そうですね。周りに異常もなさそうですし――ちょっと待ってください!」
「えっ? どうかした――ぐえっ」
一瞬のうちに駆け寄ってきた彩によって襟首を後ろへ引っ張られた直後、白いシャツの腹部が裂ける。
切り割かれた白い布が、風に流されて目の前を飛んでいく光景はスローモーションのように映った。
その後ろに、人間の姿をしているが明らかに異質で、妖気を感じて息を呑む。
「あら? 今、スパッと殺ったと思ったんだけど?」
――俺には一瞬すぎて、何も見えなかった……。
俺の前に立つ彩の顔は真剣に相手を見据えている。
腰まで伸びた紫色の髪を手でながす姿に、緊張感が削がれそうになる中、一般人には見えない赤いオーラが身体を覆っていた。
あやかしが放つ妖気は赤い。
黄色く妖しげな瞳を向けてくるあやかしに、俺は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。
「雪璃先輩、下がってください。あれは、上位のあやかしです」
「あっ、ああ……。カイロスもそうだけど、本当に人間にしか見えない……」
それに、彩が引っ張ってくれなかったら、布じゃなくて俺の血が空に舞っていた。
少しずつ後ずさると、あやかしの女も気が付いたようで何かを飛ばしてくる。
「ハァッ!」
一瞬の攻防で、彩が蹴り落としたのは、白く半透明な爪だった。
よく見ると、女の指からは細長い爪が光っている。
「あら? せっかく手入れした私の爪が人間の足なんかで削ぎ落とされたわ?」
「雪璃先輩、私の後ろを離れないでください!」
「あ、ああ……」
明らかに足手まといだ。
俺にも出来ること……。
そうだ。訓練中に教えてもらった緊急警報システム!
俺はレプリカの鍵と一緒に受け取っていたハンコのようなスイッチを押した。
これで施設に知らせがいったはず。
ただ、三人は他の場所に任務で飛んでいて来られるかはわからない。
「そっちの人間、魔法使いの卵でしょう? あやかしの未来永劫のために殺させて?」
「ははっ……やっぱり、上位のあやかしにはわかるんだな」
「先輩、あやかしなんかに耳を貸さないでください! あれは、ただの戯言です」
カルロスと話していたときと反応が違ってみえた彩は、一切あやかしの言葉に耳を貸していなかった。
あやかしの言葉は人間を真似ただけで、見た目が近い上位の存在は巧みに惑わすのがやり口らしい。
「あら? 寂しいわ、寂しいわ。貴方達は、お話してくれないのね」
「貴方達って……彩。こいつ――」
「あやかしの言葉です。真実とは限りません! なので、聞き流してください」
この区間は、彩達の管轄でハンターで被害者はいない。
他の区間にも足を運んでいるあやかしだったら……。
人間はあやかしが相手でも、言葉を交わすことが出来るだけで、情に流されやすい。
「俺が、本当に魔法使いだっていうなら……役に立ちたいのに」
「雪璃先輩、焦らないでください。貴方は、まだ羽化する前なんです!」
再び鋭い爪が伸ばされるが、器用に横の部分を手刀のように削いでいく。
上位のあやかしは、人間と同じ心臓がある場所が弱点なのだろうか。
上位にしては爪だけという物足りない攻撃に違和感を覚え始めたとき。
背後の地面が盛り上がる音に振り返ると、鋭い爪が俺の喉元に伸ばされる。
手を動かしても間に合わない速さに死を覚悟した瞬間、爆風が起こり上位のあやかしが苦しむように倒れ込んだ。
「えっ……」
「悪い、遅れたー。よー、大丈夫だったか? 雪璃」
「あっ、南雲さん!」
爆風のように感じた攻撃は、南雲さんの巨大化した片足だとわかって目を見張る。
その足でかかと落としをしたことで、地中から爪を伸ばしてきた上位のあやかしは反動によって指から血を流していた。
「あっ……」
上位のあやかしは、青い血を流している。
「血は流れるみたいですね。それにしても、すみません! 前ばかり見ていました」
「いや、俺もまったく気が付かなかったから……」
最初といい、まさかの初任務で二度も死にかけるなんて……。
死線を乗り越えても、俺の能力はまったく反応すらしないし。
死にかけないとダメとかは勘弁だぞ。
「んで、どんな状況ー? 上位のあやかしってのは見てわかるけど」
黒い軍服のような上下に帽子まで被った姿は、どこかの軍に所属していそうにみえた。
コスプレと言われかねない姿なのに、俺の目にはカッコ良く映る。
「今のでわかったと思うけど、爪が武器にしては上位として弱いと思うの! だから、まだ何か隠し持ってるかも!」
「つまり、倒れてる今が好機って奴だねー。りょーかい! 新人に良いとこ見せますかー」
「やっぱり、大人な南雲さんはカッコイイな……」
オタク心に刺さった俺は、知らずに口から出ていてそれが後輩力を刺激した。
急に辺りが寒く感じ始めて前を見ると、いつもの高い声とは似つかない低いドスの効いた声が耳に響く。
「待ってください……ここは、班長であって後輩でもある私の威厳を示さないと!」
「えっ? 班長はわかるが、先輩に対して後輩の威厳っておかしいだろ……」
爪だけと油断していたら、上位のあやかしが鋭い目つきで胴体を伸ばしてきた。
しかも、自在にくねくねと曲がる腕が俺を捕らえようとしてくる。
辛うじて反応だけ出来た俺が攻撃を躱す前に、その腕を直接掴む彩によって骨の砕ける音が響いた。
自分の骨ではないが思わず耳を塞いでしまう俺とは反して、冷たい眼差しを向ける彩の横顔にビクッと肩が揺らぐ。
「ギャァァアア!!」
あやかしも上位の意地をみせて悲鳴を上げながらも、今度は伸ばした首を高速で移動させて彩の細い首をねじ切ろうと回転をかけた瞬間だった。
俺の目の前から消えた彩は、澄んだ瞳を向けたまま上位のあやかしの頭部を踏み台にして、青く光って見えた手の平でその首を一瞬で落とす。
続けざまに走り込み蹴りを叩き込んだ心臓部のある胴体は、裂けるような音をさせた。
ほんの一瞬だけ、ドクンと脈打つ宝石のような輝きが見えて砕け散る。
「あっ、あ……情けなし……。どちらが、化け物か……」
上位のあやかしが砂のように朽ちていくと、さすがに血を噴き出していたのがわかっていたため、彩のセーラー服は青く染まっていた。さっきで分かったが、あやかしの血は青いらしい。
本人も終わってから気が付いたようで涙目で叫び声をあげる。
「いーやー! 先輩、見ないでください! 穢れた私を……」
「いや、穢れてなんていないって。俺のことを守ってくれたんだからさ」
「雪璃先輩っ……」
潤んだ瞳に両手を握りしめて雰囲気を醸し出す彩に対して、南雲さんが口を挟んだ。
「あー、うん。いい雰囲気? のところ、悪いんだけど、青い血液は戦闘服でも取れなくてシミになると思うから、早く帰った方がいいんじゃないか?」
スンと一瞬で我に返る彩に手を引かれるまま、俺達は血の処理などの後始末を別の人に任せて施設に向けて歩き出す。
まさかのサプライズに胸を躍らせることになるなんて、少しも思わずに――。
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