第6話 魔法使いという存在
まさかのあんな飲み物? で、次の日すっかり元気を取り戻した俺は、彩と共に昼間の町へ繰り出していた。
ただ、日中には人間に近い見た目のあやかしがいるとかで、警戒は怠らないように注意を受ける。
ひと月以来となる外界にきた感じで、思い切り空気を吸い込んだ。
「空が青い……」
「先輩大丈夫ですかー? 今日は、晴れてましたからね。明日からは雨らしいので」
「うんうん、やっぱり青空っていいよねぇ。両手に花とか最高だし」
護衛としてついてきたチャラ男の光が何かを言っている。
こいつとも、ひと月共にしていたら慣れてきて、最近はあしらうことを覚えた。
だけど外にやってきたのは息抜きだけじゃないと教えられる。
しかも、俺にとっては衝撃的なことだと。
先頭をいく彩に連れられて進む道には見覚えがある。俺が住んでいた住宅街だ。
でも、どこか張り付くような嫌な空気感がある。
「えっ……嘘だろ……?」
住宅街で歪に映る、一軒家が立ち並ぶ場所にポッカリと空いた一つの空間。
俺の家があったところが、綺麗な更地になっていた。
「――数日前のことだったようです……。住民に見られると大事になるので、瓦礫などはすでに撤去しました……」
「上位のあやかしの仕業らしいよ……。俺の家もやられたから、わかるわ」
まさかの事実に光に視線を投げると、眉を寄せる。
人間に近い見た目っていうのが、”上位”と呼ばれる存在だと知った。
あやかしは基本的に群れないが、テリトリーがあるらしく、彩が殺したあやかしによって気づかれたらしい。
上位のあやかしも、殺されたくないから能力者を見極めることが出来るとか。
だから、能力者と気づかれたら家を捨てるのが一般的らしい。
「ですが、このことを教えてくれたのも、上位のあやかしです」
「えっ……? 味方側に、あやかしがいるのか?」
「そういうことぉ。2割以下のあやかしについて、学校で習ったろ? アレだ」
あやかしだって18年間見たこともなかった存在に、味方といわれて俺は頭を押さえる。
そんな俺の頭をクシャクシャに乱す光の腕を振り払った。
「って、髪がぐしゃくじゃになるだろ……」
「元気を出してほしくて? それとも、抱きしめてほしかったぁ?」
「ピピー! イエローカードです! 先輩に色目を使わないでください」
俺達の間に割り込むように滑り込む彩に光は笑って謝っている。
二人のやり取りで元気が出た俺は、18年間過ごした家の跡地に感謝を口にしてから行きたい場所に向かった。
家から少し歩いた場所にある砂浜に青い海。俺は、設置された階段の上から眺めた。
「海とかいいですねー。今は、冬ですけど。夏になったら、みんなで行きますか」
「えっ……それは、水着姿で?」
「海なんですから当然じゃないですかー。先輩は、えっちですからねー」
いや、健全な男子大学生である。
女子の水着姿なんて、男子校だった俺は直視したことがない。
海に行ったらたくさんいるとか、そういうことじゃなく。
知っている女子が水着姿なのが良い……。
「まぁ……ここは遊泳禁止だから、別の広い場所になるけどな」
「それは残念です。他に行きたい場所がないなら、味方のあやかしに会いに行きましょうか」
「でも、気をつけてねぇ? ナギコさんみたいに変態な部分があるから。俺も、さすがにあやかし相手はねぇ」
とても怖いことを言ってないか?
ナギコ先生みたいな変態で、あやかしって……。
味方のあやかしは、俺達と同じで地下に隠れて暮らしているとかで、隣町まで徒歩で向かっている。
「これも健康の一環か?」
「んー、普通に足がないだけかなぁ?」
「光さん、イケメンでチャラ男のくせに、免許持ってないんですよー」
サラッと毒を吐いたぞ。
気にした様子のない光はだらしない笑顔を向けてくる。
俺は自然な素振りで視線を外して、ニ人に挟まれる形で目的地まで歩いた。
はたからみたら、美少女とイケメンに挟まれる俺は周りからどう映るのだろうかと考えている間に目的地についたらしく、急に立ち止まった彩の頭で首を強打する。
「ぐぉお……!」
「まったく、ちゃんと前を見て歩いてくださいよー」
「大丈夫かぁ? よしよし、してやろうか」
サッと俺たちの間に入る隙のない彩に、光は面白がっているようにみえた。
ただ、よしよしと言った手が下の方にあるのは気が付かなかったことにしよう。
彩に案内されるまま、変哲もない階段を下り始めてすぐに場所が変わったのが分かった。
俺達がいる場所よりは規模が小さく、階段もすぐに終わり地面へ足をつく。
「もしかしたら、洗礼を受けるかもしれないので気を引き締めてくださいね」
「えっ……。洗礼って、なんだよ。恐すぎるんだが」
「まぁ、あやかしは魔法使いに敏感だからねぇ。唯一、王殺しが出来るんだからさっ」
思わず唾を飲み込んで、彩が同じように扉にバッジを埋め込んで開くと中に入った。
そこは華やかさとは無縁で、コンクリートに固められた内部は何もなく寂しげに映る。
そう思ったのも束の間、背後に殺意を感じた俺は首に触れる冷たさに背筋が凍りついた。
『――誰かと思ったら、魔法使いの卵かい? こんな大事な切り札を僕のところに連れてくるなんて、君たち相当なお人好しだね?』
「うっ……ごけない……」
「カイロスさん、おふざけがすぎると、本気で怒りますよ?」
スッと指が離れた瞬間、グラッと身体が前のめりとなって光に支えられる。
カイロスといわれたあやかしの男は、透き通った白い髪に光よりも身長が高く、青白い細い手足で布を着ているだけといった出で立ちだった。
『キレイな小鳥の声が聞こえてきたかと思ったら、一人は魔法使いの卵だったからね』
「そんなだから誤解されて、ひとりぼっちなんですからね」
「雪ちゃん、大丈夫かぁ? この男は、カイロスっていって時間を操る能力を持ってるんだ」
時間を操るとか、チートすぎるだろう。
思わず身構える俺に、鼻で笑うあやかしはどこからともなく現れた長椅子に座った。
『心配しなくていい。僕が操れるのは、個体の時間を止められる程度のものだ。能力者相手では、遠い未来の雛鳥のように意識まで奪えない』
「雛鳥じゃない。俺は、光永雪璃だ」
『ふむ……それは、いい名前だ。キレイな小鳥を見ているのもいいが、少し悪戯して感情を乱す姿も可愛いんだよ……』
思わず肩を揺らして顔を引きつる俺は、こいつが変態の理由がわかった気がする。
俺の前に仁王立ちする美少女に守られる自分が情けなく眉を寄せた。
「ここに来たのは、一つです。貴方の力で雪璃先輩を覚醒させることは出来ませんか?」
「えっ……? 覚醒の条件は、戦闘経験って言ってなかったか?」
「これは保険だよ。雪ちゃんも間近で見ただろうけど、現場は危険だ。同じあやかしで、覚醒するなら死の危険がない方がいいでしょ?」
言っていることはとてもわかる。
だけど、漫画やゲームのセオリーなら、死闘を繰り広げて覚醒しそうな……。
少し考えるように顎に手を当てるカイロスは、スッと立ち上がる。
『多分、無理だと思うよ。雪璃の思っている通り、死闘に近いことをしなきゃ……もしくは、僕に襲われるとか』
「えっ? 襲われるって、とてつもなく嫌な響きしかしないんだが」
『ああ、勘違いしないでほしい。あやかしの襲うっていうのは……喰うってことさ』
違いが一切わからなかった。
いや、待てよ。
そもそも、あやかしってどうやって人間を殺してるんだ?
『僕は優しいから、しゃぶりついて食べてたかなぁ。血を吸うバンパイア? だっけ。あんな感じ』
「マジか……それで、生命の危険を感じて、覚醒? まぁ、確実に俺の心臓はもちろん、魔力器官も早くなりそうだけど」
「危険行為なのでアウトです! それにセクハラです! 先輩をそういう目で見ていいのは私だけです」
それもどうなんだよ……。
ストーカー気質が前面に出てきてないか?
まぁ、あやかしの野郎なんかより美少女である彩のが断然マシだけど。
「俺もその行為には反対だねぇ。血が美味しすぎて、本脳が優先しても困るし?」
『まぁ、そこは僕にも何も言えないね。なんせ、魔法使いの血なんて飲んだことがない。能力者も、残念ながら飲んだことはないけど』
「なんか、自己紹介しにきただけみたいになったな……」
やはり、そう上手くはいかないようで、残念そうに手を振るカイロスに見送られた俺達は出口に向かう。
『ああ……ついに、あやかしの時代も終わりかな――』
「えっ?」
微かに聞こえた声は、それこそ小鳥のようで言葉を聞き取れないまま、彩に背中を押されて来た道を戻るため足を動かした。
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