第5話 どす黒い怪しい飲み物
「実は、通常の身体強化能力者は覚醒しないとわからないんだけど、魔法使いはわかるんだよ」
「ナギコさんが、変態さんの理由がここにあるんです」
「ナギコ先生? えっ……あの、くすぐりと他のことに意味が……」
コホンと咳払いをして白衣を整え、組んでいた足を外した女性は真剣な眼差しを向けてきた。
「アタシは、コードネーム:ナギコ。アンタ達以外は、基本的にコードネームだから。それで、あの理由だけど……魔法使いの特徴は心臓の隣にある”魔力器官”なの。これは、心臓と同じ動きをするって分かってて、アタシはそれを見てたわけ」
「魔力器官……? えっ、わざと俺を興奮させるのが、検査だったのか?」
「そういうこと! だから、裸に脱がして……女を知らない坊やに、あんなことやこんなことをね」
男の俺よりも恥ずかしいことを口走るナギコ先生に、思わず両手で顔を隠す。
反対だろー!?
いまも凄い心臓はバクバクしてるけど、魔力器官なんて分かるはずもない。
「ナギコさん、雪璃先輩を辱めていいのは私だけだからー」
「いや、それもどうなんだ……ニ人して俺をからかって遊ぶな」
「フハッ! 喜怒哀楽がハッキリしていて良いじゃないか! まぁ、まだ目覚めるのは先かもしれないけど収穫だ」
詳細も何もないけど、魔力器官は心臓と同じ役割をしていて、妙な音がすること。
ただ、その影響によって心臓を調べることで病気じゃないのに心拍数が高いなど、すべての数値が高いことがわかった。
でもって、一番の要素を録音したからと聞かせてもらう。
「いや、俺の心音? ……リズミカルすぎだろう!?」
「ですよねー! 先輩の第二の心臓ノリノリで楽しそうです!」
「いやー。昔の資料とかには書いてあったんだけど、まさかそんなに……ぶふっ」
――ルンダン、ルンルン、タタン……
音楽に乗るような音に耳を疑った。
加えて、笑われるのは心外である。
ナギコ先生は本部に連絡するということで、俺達は他の検査も終わって会議室に向かっていた。
このことは共有すべき案件で、あやかしに狙われる恐れがあるとのこと。
この施設にいる間は大丈夫らしいが、覚醒の条件は現場にあるとか。
俺たちは会議室に戻ると、彩が元気よく扉を開く。
「みんなー。ビッグニュースだよー! なんと、雪璃先輩が魔法使いでしたー!」
彩によって、再び集まっていた三人が鋭い眼光を俺に向けてきた。
その視線は真剣そのもので恐怖さえ感じて、背筋が震えあがる。
思わず一歩後ろに下がる俺に気が付いた彩が両手を叩いた。
すると、鋭い眼光を向けていた3人は我に返ったように肩を落とす。
「いやぁ。ゴメンゴメン。魔法使いとか、おとぎ話かと思ってたからさぁ? まさか、雪ちゃんがねぇ……」
「驚いて、はしたない真似をしました。申し訳ないです」
「ははっ……お兄さんも、びっくりしすぎて腰抜かすかと思ったよー」
俺の心臓は未だにバクバクしていた。
殺気にも近い視線で疲れた俺は、扉から近い椅子に座る。
当然のように隣へ座る彩に視線だけ流した。
「みんなも知ってるとおり、覚醒を促すのは戦闘だから。雪璃先輩も一ヶ月後に現場を経験する予定なのでサポートよろしくー」
「おー」
「わかりました」
「りょうかーい」
先ほどと違ってとても緩い。
ただ、彩は俺の担当に代わりはないとかで、一緒に行動してくれるのは心強かった。
一ヶ月後に現場経験って、あのあやかしを克服出来る気がしないぞ。
しかも、どんな訓練をさせられるか不安しかない。
「大丈夫です! 美少女の私や、君枝さんも出来たんですから、頑張りましょう!」
「そ、そうだな? 俺も、運動神経は悪くないし……頑張るよ」
「辛くなったら、俺の部屋に泣きついてきてもいいからねぇ? 優しく、慰めてあげる」
意味深な発言に俺は凍りつく。
それに対して代わりに彩が文句を言っていた。
次の日から早速とばかりに始まった訓練に肉体が悲鳴をあげ、精神的にも疲弊してきたところで、ひと月を迎える。
一週間の休息を与えられた俺の初日は、ベッドの上だった。
「いや、女子二人……只者じゃないだろう。アスリートかって訓練ばっかだった……」
ボヤく俺の耳に扉を叩く音が聞こえてきたが、接着剤のようにベッドから背中が動かない。
仕方なく顔だけそちらに向けて声を発しようとしたときだった。
――カコン
また、あのなんともいえない音がして、勝手に扉が開く。
「いやいや……ダメだろー。プライバシーの心外だぞ」
「班長として、返事もない新人でもある先輩を心配してのことです! 魔法使いは貴重ですから」
「言い訳を正当化するなー……。身体が、ベッドにくっついて動けないんだ」
仰向けになったまま、辛うじて首だけを動かす俺は彩が、どす黒い液体が入ったグラスを背後に隠したのを見てしまった。
完全に、ヤバいやつでしかない。
黒に近い紫色なんて地球上に存在していたか?
あれか、炭と紫芋を混ぜて――。
「怖いものを持ってくるな、近づけるな……」
「ええ!? これは、訓練お疲れさまでしたー! って、疲労回復に良いドリンクですよ?」
「いや、お前……それ飲んだことあるのかよ」
視線を外す彩に実験体にされそうなことがわかった。
静まり返る室内で、一歩ずつ近付いてくるセーラー服の美少女が、ホラーにしか思えない。
「大丈夫です。怖くないですよー。先輩が自分で飲めないなら私が飲ませてあげますから! 美少女に飲ませてもらえるなんてラッキーですね?」
「いや、いらん。そんなもの……無理、許して!」
「雪璃先輩のために私も心を鬼にしているんです! いきますっ!」
腰がグキッと嫌な音をさせて身体を起こされ、強制的に口から流し込まれる得体のしれない凶器に、俺の叫び声が木霊した。
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