第31話 魔法使いさん、私を殺してください
三人に教えられた場所に急ぐ俺たちは、遠くからも分かるセーラー服姿の美少女が、沢山のあやかしに囲まれる中、無双している姿を目の当たりにする。
「彩……!」
気がついたときには、あやかしなんて関係なく叫んでいた。
すぐに俺の声で気がついた彩の顔は、最後に見たときと変わらない覚悟を決めた表情で笑う。
俺といると力が湧くという言葉を体現するように、取り囲んでいたあやかしを一瞬で砂に変える彩は、服や顔も、拳はもちろん青い血で濡れていた。
近づいてくる彩はやっぱり別人のようで、汚れていることに一切気にしていない様子に背筋がゾクッと震える。
『雪璃さん。無能な上位のあやかしを始末したら、中位以下のあやかしは散り散りになって逃げていきます』
「……前みたいに、先輩って呼んでくれないんだな」
『――覚悟が鈍るので無理ですね。あと一体倒したら、私の願いを叶えてくださいね?』
仮面を貼り付けたような表情で背後に振り返る彩に、視線を向けた先には妹のLazuliが言っていた上位のあやかしがいた。
こいつが、一番強い上位のあやかし……。
いまの彩なら苦戦することなく、一瞬で葬りそうな勢いがある。
『――我が王は、無能な王に成り下がった。いや? 生まれたときから無能だったか。人間一人殺せない偽りの王よ』
「なっ……! 彩は、お前たち憎悪から生まれたあやかしとは違うんだよ!」
『……雪璃さん。私、言いましたよね? あやかしとの対話は不要だって』
先ほどと違い、冷めた声色の彩の気に当てられたように思わず口を押さえる。
血の気が引いて腰を丸くする俺に、双子が何かを口にすると気分が楽になった。
「えっ……。今のは?」
《人間である魔法使い様が、あやかしの妖気に触れたときに、効果のある呪いです》
「へえ……そんな、陰陽師みたいな呪文があるのか……」
俺の不調とは違って彩は心臓を狙って床を蹴りあげ、二本の角に顔が黒牛にしか見えないあやかしに向かって拳を振るっている。
胴体は人の形をしてみえた。
ただ、俺の三倍はある大柄で思わず見上げてしまう。
基本的に共闘したことがない俺は、一人戦う彩のサポートが出来ず、手をこまぬいていた。
「Lapis、Lazuli……。俺は、どうしたらいいんだ」
《雪璃様の思うがままでいいのではないでしょうか?》
《ただ、一つの懸念があるとするなら、柏野彩に命中させたら、即死します》
サラッと怖い発言をする兄のLapisに、激しく動揺して肩が揺れる。
俺が望まない結果は絶対駄目だ!
覚悟を決めた彩は、俺がタイミングを見計らって攻撃をしても、避けてくれる保障はない。
大柄だからか動きも大きいあやかしは、素早く動き回る彩に対して、腕を振り回している。
あやかしの肩を掴んで半回転する彩が、頭上に飛び上がり天井を足場に勢いよく懐に飛びこんだ。
あやかしは両手を思い切り叩くが、攻撃は彩にかすりもせず、回し蹴りが打ち込まれる。
「やったか!?」
《少し軌道がずれたようです》
『――集中しろ、私……。これで最後でも、悔いを残すな!』
思いがけない彩の悲痛な叫びが、俺の耳を突き刺し、胸をえぐった。
さっきの言葉も本心だけど、彩の中にもまだ葛藤があることを知って、なぜか顔が緩んでしまう。
「彩も、まだ諦めてないんだ。つまり、俺のことを受け入れてくれる可能性もゼロじゃない! 魔法オタクを舐めるなよ!」
俺の叫び声に反応したのは集中できず動きが止まっていた彩だった。
腹に風穴を空けたあやかしは、口から血を吐く。
だが、心臓を砕かれなかったことで、みるみるうちに傷口が塞がっていった。
しかも、腕を抜くことを忘れていた彩を取り込んだまま再生していく。
正面からの攻撃に片手で対応する彩に、俺は手の平に大きな氷の矢を作り上げた。
「彩! 俺を信じろ!!」
『――はい……!』
軌道を合わせた俺はあやかしの胸めがけて矢を飛ばす。
背後からの攻撃に、彩の腕を取り込んだことで身動きがとれないあやかしはうめき声を上げた。
だが、胸に氷の矢が突き抜けてそのまま床に刺さる。
『――今回の、魔法使、いも……無能なよう、だな……』
「誰が無能だ。心臓を一発で貫いただろうが」
『……雪璃さん』
砂になって消えていくあやかしにしろ、魔法による傷一つ負っていない彩の言いたいことも分かっていた。
背後にいる双子も、俺の理想を尊重しているだけにすぎない。
――なぜ、そのままあやかしの王を殺さなかったのか……。
「おー。彩の言うとおり、中位以下のあやかし共が逃げていく」
『――雪璃さん。貴方が葬り去るべきあやかしは、もう一人いますよ?』
すっと自分の胸元に両手を置く彩に、横の通路を指さす。
俺が指さす方向には、彩の居場所を教えてくれた三人がいることを妖気で感じ取ったようで下を向いた。
今度は俺が男を見せるときだと胸に手を当てて声を振り絞ろうとしたとき。
横の通路から中位のあやかしが飛びかかってくる。
「くそっ……! また俺の邪魔をしやがって」
『上位のあやかしを始末したのに、逃げないなんて……どっちが無能なのか思い知らせましょう!』
「彩……! そうだな! 話はそれからだ」
双子も含めて俺たちは、中位のあやかし共をことごとく葬っていった。
◆ ◇ ◆
息を切らせながら通路の奥まで走った俺たちは、数の暴力によって追い込まれてしまう。
気がついたときには双子とも離れ離れとなっていて、俺は彩と背中合わせになって、共闘していた。
ただ、数の多さにブチ切れた彩は次第に目が据わっていき、振り出しに戻っている。
『だから、早く私を殺してください! そうしたら、あやかしの力は確実に弱まります!』
「誰が、自分よがりの後輩なんて楽にしてやるかよ!」
『なっ……! どうしてそうなるんですか!? 私が魔法使いだったら、もうサクッと殺ってますよ!』
あやかしの王を殺しても、すでに生まれているあやかしは死なない。
ただ妖力は弱まり、新たなあやかしはもう生まれることはないと魔法使いの手記にも書いてあった。
俺たちは互いの怒りをぶつけるように、有象無象のあやかしたちを蹴散らしていく。
しかも、あやかしの数に追い立てられるように突き当りの知らない部屋に入り込んでしまった。
入った瞬間、カビ臭さに顔は歪み、ムードも何もない。
明かりを灯す暇もなく、俺は妖気だけであやかしを特定し、彩は見えているような動きで心臓を破壊していく。
背中が壁に触れて電源のスイッチを押したようで、急な明かりに思わず両手で目を覆う俺に、あやかしの鋭い牙が首に触れかけた瞬間。
発狂するような彩が牙を砕いて腹から胸にかけて風穴を空けた。
『フゥゥ、フゥー……! 私だって、雪璃さんの……生首には噛みついたことないのに!』
「えぇぇ……引くぞ、そのセリフ! 彩って、本当に座敷童なのか……?」
『はっ! 違うんです! 本当に座敷童ですから!』
座敷童が変異したら何になるのか考えてみるが何も浮かばない。
首に噛みつきたいとか吸血鬼か……? あれも、あやかしではある。
しばらくして目が慣れてきた俺は、辺りを見回してカビ臭い意味を知った。
「此処……。あやかしの、実験施設だ――」
『……言われてみたら、鍵で開けて入ったわけじゃないですね。うえっ……気持ち悪い』
あやかしは心臓を砕かない限り死なないはず。
だから、俺たちは心臓を砕いていた。
――そう、ハンターとしての教育で教わっている。
つまり、生きたまま放置されているのか……?
水槽のような円柱の容器には緑色の液体が入っていて、別個体のあやかしが浸かっている。
その液体が腐ってカビを発生させているようだった。
『雪璃さん……。さすがに、ここでは殺してほしくないです』
「当たり前だ! そもそも、殺さないし! 俺は、彩のことが好きだ! 恋愛として、好きなんだ」
『ななっ……なぁ!? どうして、こんなカビ臭い場所で言うんですか!? えっ? 愛の告白ですよね? 私の耳もカビに侵されたんでしょうか』
カビ臭くてムードも一切ないのは分かっていたはずなのに、俺は勢いのまま告白してしまって両手で顔を覆う。
彩の反応も当然であって、顔に熱をおびたように混乱して現実逃避までし始めた。
気がついたときには、邪魔なあやかしは一掃していて二人だけの空間になっている。
それなのに、思いがけない告白だったのか混乱したままの彩は酔っ払いのようにふらつく身体で恥ずかしい台詞を吐いていた。
『先輩が、私の愛に勝てると思っているんですか!? 私は、雪璃先輩に会ったときからずっと、好きだったんですからね!』
「愛は時間の長さじゃないだろ! それに、最初は分かっていなかったし! それだったら俺とそんな変わらないだろう」
『先輩のは一時の迷いでーす! 妄想ですうぅ! 私は――"あやかし"なんですよ?』
勢いのまま告白し合っていると、横からボコボコと音が聞こえてくる。
振り向いて水槽を見た彩は冷静になったように、俺に向き直ると泣きそうな顔で笑った。
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