第30話 伝えたい想いを背負って
「俺は――！」
思わず立ち上がって叫んだ瞬間、気配を感じて振り返ると南雲さんに、双子の姿があった。
『あー、お取り込み中悪いんだけどさー……。あやかしに攻め込まれた』
『えっ、なんで！？ 此処は、魔法使いがいた施設で一番安全なはずなのに』
《――柏野彩が浴びたあやかしの血に特殊な妖力を感じます。追尾されました》
彩は、まだ服にこびりついたままの青い鮮血を睨みつける。
『雪璃さん……この話は、また後ほどでお願いします』
「待ってくれ！ 俺は、彩に言いたいことが――」
《雪璃様。今は、身の安全を確保することが最優先事項です》
妹のLazuliに促されて言葉が途絶えた俺に、眉を寄せる南雲さんは、軽く肩を叩いて彩と共に走っていった。
立ち尽くす俺に沈黙したまま双子が並んで指示を待っている。
俺は速くなる鼓動を感じながら、苛立ちをあやかしたちに向けることにした。
彩が喜んでくれた最初の魔法でもある裏地が白金色をしたローブを纏う。
「俺たちも参戦するぞ！ でもって、あやかしを一掃したら彩と話す」
《了解しました。これより、戦闘態勢に入ります》
双子を連れて一階に上がってすぐ、隠し扉の前にいた中位のあやかしが襲いかかってきた。
俺は下からせり上げるようにして無数の氷を胴体に突き刺す。
心臓を一突きに出来なかったことで床に倒れた肉体は残り、わずかに動いていた。
それを問答無用で踏みつけて砂にする”角男”が現れる。
『雪ちゃん！ 来てくれると思ってたよぉ。話は出来た？』
「いや……肝心なところで邪魔された。だから、こいつらを一掃して話す」
『オッケェ……そういうことなら、俺も200倍頑張っちゃうよぉ』
彩の願いを知っているにも関わらず、嬉しそうな表情であやかしをなぎ倒していく光の強さを感じた。
最も彩のことを崇拝している東さんは、どういう気持ちで戦っているのかも確認したい。
光に居場所を聞いて双子を連れて走る。
施設内には多くの中位以下のあやかしがいた。
双子は戦闘兵器なだけあって、身体強化能力者並の動きであやかしをなぎ払っていく。
そんな中、目的の人物を見つけて駆け寄った。
「東さん！」
『誰かと思ったら、貴方でしたか。私たちの正体を知っても、普通に接するなんて滑稽ですよ』
「それは……最初は驚いたけど、見た目が変化しただけで、みんなこそ変わらなかったから」
素直な感想を述べる俺に、聞いた本人がなぜか顔をそらす。
何か言いたそうな横顔に、俺は聞きたかったことを直球で投げた。
「彩から全部聞いた。東さんは、魔法使いの俺に彩を殺してほしいのか？」
『なっ……！ そんなこと、アヤ様が……そう望まれて、私は……！ 私は……賛同して、ついてきたから……』
「その言い方だと、本心じゃないよな？ 防犯カメラでストーカーしてるくらいだし」
東さんにとってライバルである俺に言われたくないだろう言葉を投げかける。
その直後にピシッと亀裂が入る音がして、上を向いた瞬間。頭上の天井が崩れ落ちてきた。
腕を変形させた双子が対処する前に、地面を蹴って突進してきた東さんによって、瓦礫は銀の彫刻のように凍結したあと粉砕する。
フゥーフゥーと息を荒げる顔は、怒りと悲しみが同居しているように痛々しく感じた。
『……うるさいうるさい！！ 貴方に何が分かるって言うの！？ アヤ様が望むことを叶えるのが私の使命、なのに……生きて、幸せになってほしいと願ってしまう』
「――俺に、任せてほしい！ 俺だって、彩を殺したくないんだ」
『……分かりました。光永さんを信じます。アヤ様をどうこう出来るのは、貴方だけだから……』
あやかしは感情がない。人間を真似ただけの紛い物。
いまにも泣きそうな東さんを見て、そうとは思えなかった。
俺たちが相手をしているあやかしではない、人間側の味方である上位のあやかしは、”感情を知っている”。
頭を抱える東さんの後ろ姿を横目に、彩の居場所を聞いた俺は走り出す。
走り出してすぐ、左右から現れた下位のあやかしに魔法を放とうとした瞬間だった。
――ゴトッ
蹴散らそうとした下位のあやかしが一瞬で石化した。
俺は衝撃的な光景に目を丸くする。
すると横路から現れたのはナギコ先生だった。
ただ、髪の色が違う。
それ以上に違和感を覚えるのは、生き物のように左右へ動いて見える髪の束――。
「えっ……ナギコ先生？」
『よぉ！ 実はアタシ、”メドゥーサ”なんだ。あっ、コレ。特殊なコンタクトつけてて、自在に能力の切り替えが出来るから、アタシの目を見ても大丈夫だぞ』
目を凝らしてみると、白い髪の毛は無数の蛇で思わず上擦った声をあげそうになる。
神話をかじったことはないが、メドゥーサも有名な名前だ。
ナギコ先生と目が合ったあやかしが次々に石化していく。
やっぱり心臓を破壊しない限り、肉体は残るらしい。
「えっと……もしかして、俺以外の職員全員があやかしとかは……ないですよね？」
『ああ。この区間でなら、身体強化能力者の四人と、アタシだけだな。ちなみに、人間は全員避難させたからよ』
「それなら、良かった……。いや、ナギコ先生たちを否定してるとかじゃなくて」
気を悪くしたかと顔色をうかがう俺に、本人は笑っていた。
『大丈夫だ。アタシたちは、基本的に人間が好きだからな。アヤ様は、この先にいると思うぞー』
「そうなんですね。有難うございます！ ニ人共、行こう」
ナギコ先生に頭を下げてから再び双子を連れて廊下を走る。
すると、急に俺の前へ回り込むLapisに気がついて足を止めた瞬間、目の前から壁に吹っ飛んだ。
「Lapis……！ 上位のあやかしか……」
『――美味しい匂いがすると思ったら、正解だった……魔法使い、喰う……』
《雪璃様、お下がりください。アレは、この施設内に入り込んだ上位の中でニ番目に強敵です》
壁に吹き飛ばされたLapisもすでに立ち上がっていたが、防御姿勢を取ったはずなのに片腕が反対を向いている。
俺の魔法に発動制限はない。ただ、素早い相手に当てるのは一苦労だし、俺自体は一般人より多少鍛えているだけだ。
「Lazuli、前衛は任せた！ Lapisは腕を直せるか？」
《問題ありません。即時復帰します》
『邪魔な、ハエ共が……金属スクラップにしてやる』
双子の正体をすぐに見抜いたらしいあやかしは、一瞬目を離した瞬間、視界から消える。
室内にも関わらず、目の前でわずかな風を感じてまばたきをした。
すると今度は背後から鋭い眼光が突き刺さる。
俺はあやかしの行動を予測して身体ごと横に避けた。
「舐めるなよ……俺だって、上位のあやかしを一人で殺してきたんだ」
『早く、喰いたい……』
素早い動きでも辛うじて見える速さに、俺は両手を叩いて左右の壁から巨大な氷の柱を生み出してぶつける。
素早く頭上に跳び上がるあやかしの動きに口元が緩んだ。
――全部、筋書き通り！
「――チェックメイト」
『あっ？』
双子が左右の氷柱を同時に駆け上がる。
その最中、手が刀に変化してあやかしに向けて放たれた刃は空を切った。
急速に落下するあやかしが、あとわずかで地面に到達するところで、床から突き出した氷が身体を一直線に貫いた。
『ああ……弱者は、喰われる定め……』
「あやかしのそういう考え方は、嫌いじゃない」
《雪璃様。あやかしとの不要な戯れは無用です》
心臓まで達した氷の刃によって上位のあやかしは砂になって消えていく。
同時にすべての氷も砕け散った。
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