第19話 あやかしが生まれる条件
気づくと春も終わり、夏の日差しが照りつける日々。俺はクーラーの効いた部屋にばかり居座っていた。
その一つが地下室の資料庫で、俺はあのあとも少しだけ通っている。
当然、施設内なので双子もついてきた。
「そうだ……。ニ人は、研究所が無くなるときに、どうして此処に残されたんだ?」
いつも通り、出入口で待機している双子に俺は聞こうと思って忘れていたことを聞く。
《――それは、記憶に残っています。次の魔法使いが現れることを予知した、――様が、案内人として残しました》
《戦闘兵器は、その名の通り……あやかしを殺すために作られました。万一、"裏切者"が出ても人間の希望である魔法使い様をお守りするのが我らの最重要事項です》
「裏切者……っていうと、ハンターにか? さすがにそれはないんじゃないか?」
俺の問いかけに応えることなく再び沈黙する双子に眉を寄せた。
この反応は、どちらとも言える。
ただ、人間でも過ちを犯すように、良くあるAIによる下剋上なんて物語もあるから、半信半疑で流すことにした。
「睡眠時間を少し削って来てるんだから、読まなきゃだよな」
再び、資料を手に取ってペラペラとめくる中、古びた薄い本が目に留まる。資料ではない本だが、タイトルはなく1ページ目を見て誰かの手記だと分かった。
「これ……もしかして、例の魔法使いか?」
双子がいる傍で発見したもの、相変わらずニ人は無言で立っているだけで、俺は独り言に少しだけ恥ずかしさを覚えて黙る。
<1ページ目>
これは、僕の気づいた点を書いている。未来の魔法使いに届くことを願って……。君にも味方はいるだろう。僕にも多くの味方がいた。ただ、知っておいてほしい。人間の希望は、魔法使いである君だけだと。
妙なことを書いている過去の魔法使いに首を傾げる。
あやかしの王を殺すことが出来るのは、魔法使いだけだから理解は出来た。
ただ、それを強調している点。魔法使いが生まれない間の方が、かなり長い。その間、一般人である人間を守ってきたのは身体強化能力者だ。
身体強化能力者がいなかったら、人類は絶滅して、あやかしの時代になって同士討ちの戦争状態だろう。
再び独り言が出そうになって、俺は双子から距離を取り奥の方まで歩いて行った。この空間には窓もなく、椅子や机なんかもなかったが、椅子だけニ人分用意してもらって奥に置いてある。
俺は椅子に座って2ページ目を開いた。
「2ページ目で、ぶっ飛んでるぞ……」
<2ページ目>
良いあやかしが生まれる条件は、人間の愛情が失われたとき。憎悪ではなく、悲恋だったり、寿命で先立たれたり。
それによって、人間の味方をするあやかしが、ひっそりと社会に紛れている。
「これって……。カイロスみたいな、上位のあやかしってことだよな? 他にもいるのか? あの男は、悪意はなかったけど……悪戯を本気でやってくるようなタチの悪さを感じたけどな」
初対面でいきなり身体を停止させられて恐怖しかなかった。
この部屋に時計はなく、時間も忘れて読みふけっていると不意に視線を感じて上を向く。
「うおっ!? なんだ、Lapisか……。びっくりした」
《――雪璃様。こちらに、柏野彩が向かっています》
「えっ? あっ……今、何時だ? うわー……三時間も経ってる。教えてくれて有難う」
目の前に立っていたのは兄のLapisだった。
俺が読んでいる本の重要性が高いのか、思考を読んだのかは不明だが、事前に教えられたことで本をポケットに入れる。
手記なだけあって、薄くてコンパクトだったため、上着のポケットになんとか入った。
「せんぱーい。雪璃先輩ー。いますか?」
「あっ、ああ。こっちにいるぞー。本なんて普段読まないから、時間が経ってるのに気づかなかった」
「とても分かります! 私も、時間を見つけてちょくちょく来てるので。双子のお供が羨ましいですー」
いつの間にか妹のLazuliもLapisの隣に立っている。本当に彼らは俺に忠実らしい。
彩に気づかれることなく、魔法使いの手記を持ったまま一階に戻る。
すでに昼を迎えていて、一緒に昼食を済ませると任務以外で施設の外に出た。
「施設を移動してから、まだ一ヶ月くらいなんだよなぁ……」
「そうですねー。でも、雪璃先輩と運命の出会いを果たしたのが、クリスマスイブだったので……先輩との時間は、半年以上ですよね!」
「そう言われると……そうだな。ん? 電信柱に何か貼ってあるな」
俺が22時を過ぎた原因も、クリスマスイブでリア充のせいだったのを思い出して自然に拳を握りしめる。
この町は比較的にあやかしが少ないのか、前にいた施設よりも任務で外に出るよりも、ニ人で散策する方が多い。
昨日はなかった張り紙に目を凝らす。
「えーっと……来たる、ガラス細工の夏祭り……20時から24時まで、開催。ちょうど、ひと月後にお祭りがあるみたいですね!」
「此処って、ガラス細工が盛んなのか? えっと、ガラス製品ならなんでも有りみたいだな」
「ふむふむ。どんなお祭りか想像つきませんけど、屋台も出るみたいですよ!」
どこか楽しそうに食い入る彩に目を細めた。俺は普段着だが、彩はいつでも戦えるように、今日もセーラー服を着ている。
「それじゃあ、一緒に行くか?」
温泉旅館で彩の浴衣姿を思い出した俺は無理を承知で誘ってみた。
張り紙を見つめていた彩は、明らかに目を泳がせながら俺に向き直る。
コイツ……俺のことをおちょくれる立場じゃないな。
「ど、どうしようかなー? 雪璃先輩が、どうしても私と行きたいって言うのなら? 考えてもいいですけどー」
「……彩と行きたい。もっと、セーラー服以外の姿も見たいから?」
「ふ、ふーん……なるほど。仕方ないですねー。先輩の頼みですからね。優しくて美少女な後輩は、お受けしましょう」
なぜか堅苦しい言い回しに笑いそうになるのを堪える。
夏祭りを女子と行ったことは当然ない。花見と同じで、少しくらい季節のイベントを楽しんでも罰は当たらないだろう。
備えられていたミニポスターを手に取って、町を歩きだした直後。俺は路地裏で奇妙な現象を目撃した。
彩は祭りに浮かれているようで、足を止めた俺に気がつかず先を歩いていく。
「今のは……人間か?」
隣の壁をすり抜けるように現れた影。
だけど、悪意は一切感じなくて、ただ寂しそうに隣の家を見ていたような、一瞬だけ視線が重なった。
瞬きをした一瞬のうちに消えていた何かが見ていた横の家では、誰かが亡くなったのか、喪服姿の人たちが世間話をしている。
「先輩? 雪璃先輩ー? どうかしましたか?」
「えっ……? あっ……。いま、妙なモノを見た気がして……あやかしって、どうやって生まれると思う?」
「へっ? 急すぎる展開! 人間が持つ負の感情によって生まれると言われていますけど……生まれる瞬間は、見たことがありません」
それが一般常識だ。
ただ、あの手記であった2ページ目のようなことがあるのなら、今のも……?
暗くて顔はまったく分からなかった……。
「そうでした! 実は、今日。先輩の協会バッジが届くんですよー! 遂に、レプリカとはおさらばですね」
「そうなのか? コイツともお別れかー。ちょっと寂し……くはないな。愛着があるものでもないし」
「そうですねー。これから夏本番ですし、以前言っていた海も行きたいですね!」
俺の異変を察知したようで、明るく振舞う彩に大きく頷く。
夏といったら、海水浴! 祭り! 女子が薄着になる!
ただ、彩は、ずっとセーラー服だった……。
「いまさらだけど、冬にセーラー服って……。よく寒くなかったよな?」
「フッフッフ……。班長である私の戦闘服は特別なんです。なので、季節関係ありません! もちろん、寝間着やお布団は季節で変えてますよー」
「マジか……。ハイテクだなー。俺も、冬はコートやマフラー、春も薄着だと寒くて結構大変だったから羨ましいぞ」
自慢げに胸を張る彩に、恨めしい眼差しを向けてニ人で笑う。
気づくと俺は、先ほどのことに関心が無くなっていて、夏祭りに彩が着てくるだろう浴衣姿を思い描いて空を見上げた。
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