第18話 春は花見と出会いの季節?
第二の施設に移動してきてから、桜が見頃な春を迎える。
濃厚な日々を過ごしていたことで、もう一年くらい経ったような感覚でいた俺にとって、身体強化能力者内では恒例らしい春のイベントなんて考えもしていなかった。
「酒よぉし! ブルーシートよしっ」
「未成年のために缶ジュースも用意しておいたよー。雪璃が加わって、初めてのお花見だねー」
「テンション上がりますね! ねー先輩! アレ? 雪璃先輩?」
東さん以外の三人は朝からテンション高めで、ピクニックかというように準備の確認をしている。
何やら、身体強化能力者情報の穴場と呼ばれるスポットがあるとかで、南雲さんが運転する車で向かうことになった。
残念イケメンである光は免許を持っていない。
しかも、普段白衣を纏っている美女だけど彩を越える変態かもしれない人物までちゃっかり混ざっている。
「ナギコ先生も行くんですね……」
「なんだぁ? 雪璃は、アタシが行くのが嫌なのかぁ? 女子が増えるのは、男共が喜ぶところだろうよ」
「あぁ……うん。ナギコさんは、美人さんだけど……女子――カハッ!?」
光のいらない一言でナギコ先生の蹴りが腹にヒットした。
腹を抱えて背中を丸める光は自業自得だが、痛そうで肩が震える。
「忘れ物ないねー? それじゃあ、出発ー」
「身体強化能力者である私が調べた穴場ですから、誰もいないはずです! 去年とは違う場所で、樹齢うんたら年くらいな大木もあるんですよー」
「樹齢うんたら年って……調べろよ。でも、花見とか数年前に行ったきりだし、家族でしか行ったことなかったから楽しみだな」
ナビ役として彩は助手席に座り、俺はなぜか東さんと隣り合って座っていた。
彩曰く、一番俺の身が安全な相手だからだという……。
後ろで騒ぐ一応大人組である光とナギコ先生は危険視されていた。
ただ、東さん本人は、俺の隣に指名された瞬間冷めた目で見られたあげく舌打ちまでされるという理不尽な扱いに、心で泣いたのは言うまでもない……。
「えっと……東さんは、学校って行ってるの……?」
「――基本的には、部屋でオンライン授業を受けています。学校に行くのは、テスト期間のときだけですね」
「そ、そうなんだ……」
明らかに定型文のような言葉が返される。返事をしてくれるだけ良いと捉えるべきなのか……。
ただ、一言……。
会話がもたない!
いや、車の中で会話する必要性はないかもしれないが、俺は静かな空気に居たたまれなさを感じる人間だった。
しかも、車を出したということは確実に一時間以上かかる距離である。
施設を移動してから、この区間はあやかしが少ないのか滅多に遭遇することがなく、最近は昼夜逆転していなくて朝でも眠くない。
窓から見える景色を凝視することにしてやり過ごす。
「あれ? 後ろが静かになったような……」
「寝てますね。ナギコ先生は、今日のことが楽しみでお酒を飲みまくっていたそうです。西条さんは、知りません……興味ないので」
「はは……そうなんだ。……辛辣な一言」
言葉が冷たいからなのか、東さんの周りだけ空気が冷たいように感じて顔が強張った。
俺も余計なことは言わないように気を付けよう……。
車で遠出の経験はないため、バスとは違った景色の見え方でも楽しく感じて目を輝かせた。
「えっ? あれって、海か?」
「違いますよー。あれは湖です! とても大きくて水が綺麗で緑色をして見えるので、ファンからは琥珀湖って呼ばれてます」
「へえ……綺麗だな」
窓に張り付くように琥珀湖を眺めていると、道路から外れて軽い山道に入る。
すると、すぐ目の前に広がる琥珀湖と、先ほどは見えなかった桜の木に目を見開いた。
均等に並んだ桜並木に、琥珀湖の傍に歴史を感じる大樹がある。
「それじゃー、みんな先に下りていいよ。俺は端に車寄せておくから」
「有難うございます……と、あれ? 別な車がある」
「えっ? 私の穴場スポットに!? 一体誰がっ」
山には似合わない高級車が置かれていることに違和感を覚えた。ただ、目を覚まして車を降りてきた光には、心当たりがあるのかあからさまに顔が歪む。
すると背後から足音が聞こえてきて振り返った俺たちの前に、二人の知らない男女が立っていた。
男の方が口を大きく開けて目を見開いている。
「光ぅぅうう!?」
「あぁ……耳が痛ぇな。このエセ関西人が……」
「エセやないわ! ま、まぁ……純粋な関西人じゃないのは認めるけど。なんで、此処におんねん!」
男の方は関西弁を使っているが、関西人ではないらしい。よくある、住み始めたら方言が移ったというやつか。
だとしても、関西から東京の此処まではそれなりの距離がある気がする。
「もー二人とも、会ったらすぐに喧嘩し始めるんだからぁ。ごめんなさいね? あら、貴方。見ない顔ね」
「えっ……? あっ! 初めまして、光永雪璃って言います。最近ハンターに入りました若輩者ですが、宜しくお願いします!」
「まぁ……可愛らしい人。丁寧に有難う。貴方が噂の魔法使い君ね。私は、山内萌葵って言うの。よろしくね? あっちは、古川夜市。アホなの」
ええ……。
身内をアホと一言でぶった切るゴスロリ美少女は、東さんと同じ匂いがする。
彼女は、東京でもあまり見かけない全身黒いお嬢様風の、俗にいうゴシックロリータと呼ばれる服装をしていた。
人形のような青白くも感じる肌に、青みがかった黒髪を三つ編みにしている。
前にもお団子のような三つ編みで可愛らしく着飾り、女子力に思わず隣にいる二人を見てしまった。
「あー! 雪璃先輩、いま『こいつら、女子力ねぇな……』とか思ったでしょー!?」
「いまの俺の真似か? 別に、思ってないって……。ひっ!? 東さんが目で殺せるほどの眼光で睨んでる……」
「ご自分の胸に問いかけてみてください。……班長を悪く言う者には、死を――」
いまのは確実に聞こえるくらいな小声で言っている。
「えっと……二人って、付き合ってるのか?」
震える俺は、初対面の相手に余計な一言を口にしてしまった。
その瞬間、全員が俺に視線を向ける。
思わず両手で身体を抱きしめて、さらに震える俺に光の笑い声が降ってくる。
「ないない! 夜市は、"女"しか興味無いから」
「えっ……?」
「そいつ、男だから。俗にいう、"男の娘"ってやつ?」
光以外のメンバーが顔をそらした瞬間、背後から回し蹴りが脇腹を強打してイケメンが吹っ飛んだ。
辛うじて湖に落ちる前で止まったのを見て、俺は開いた口が塞がらなくなる。
横目で見るゴスロリ美少女の山内さんは、口から少しだけ尖った八重歯が覗いていた。
「色男にバラしてんじゃねぇよ!!」
「ははっ……そういうタイプ、なのか」
「あっ……暴力的になるのは、コイツらだけだからっ」
ハートが飛ぶようにウインクされるが、すべてを知ってしまった俺は小刻みに震えてしまう。
事情が分かってない南雲さんが合流して、場所の取り合いをする復活した光と古川さんを放置して特等席に全員で腰を下ろした。
「いやー。まさか、関西から此処まで花見をしに萌葵ちゃんたちが来てるとは思わなかったよー」
「そうなんですよぉ。コイツ……じゃなかった。夜市がどうしてもっていうので仕方なく。あっ、雪璃君も遠慮なく萌葵って呼んでねぇ?」
「あっ……どうも。……これは、呼ばないと光みたいな目に合わせるぞって脅し文句かもしれない……」
南雲さんは相変わらずな様子で、仲良く話をしている。
気が気じゃない俺は、一人でブツブツと呟いていた。
青ざめた俺の前に、一つの重箱が置かれる。
隣にいる彩が満面の笑みを浮かべて蓋を開けた。
「うわっ……うまそう。えっ? もしかして、これ……」
「ふっふっふ……。ズバリ! 女子チームによる、愛情のこもった手作りお弁当です!」
「うぉお! 待ってましたぁ。班長と東ちゃんのお手製お弁当!!」
ひと際はしゃぐ光に、俺も目を輝かせる。女子の手作り弁当といったら、男子の憧れの一つと言ってもいい!
定番のから揚げに、たまご焼き、ミートボール、アスパラの肉巻き、ポテトサラダに、きんぴらごぼうなど。色鮮やかで食欲をそそる。
二段目には、赤飯が入っていた。
東さんが別で取り出した包みは、かご型の弁当箱で、中にはサンドイッチとおにぎりも入っている。
「うおー! ええなぁ。オレらにも分けてくれへん? コンビニの弁当なんよ。あっ、雪璃。オレも呼び捨てでええよ」
「素晴らしい女子力ですね! 残念ながら私が作ると"ダークマター"を生みだしてしまって……。禁止命令が出てしまったんですぅ」
両手を合わせてキラキラとした眼差しを向けてくる二人に、朝から作っていただろう二人に視線を向けた。
決定権は当然彩にあるようで、わざとらしく腕を組んで、うなっている。
それにしても、ダークマター……通称、"暗黒物質"と呼ばれる未知なる生命体を生みだすとは恐ろしい。
だが、俺のオタク心をくすぐってくれる萌葵さんは、悪い人ではないと思う。
「……仕方ないなぁ。せっかく一年ぶりの再会を祝して、みんなで食べよう!」
喜びの声をあげる二人に俺は、興味津々だった。自己紹介はしてもらったが、所属区間や、関係性など諸々教わっていない。
「へえ……一年ぶりなんだ? そもそも、同じ身体強化能力者なんだよな? どんな関係性なんだ?」
「せっかくやし、新人にオレが教えよか! 実は、オレたち身体強化能力者は、最初にナギコ先生の検査を受けるんや。ほんで、そんときに会うたんやで」
「そうそう。初めて会ってからでいうなら……もう三年くらいかしらぁ? あの二人は同期だから、あんな感じなのよぉ」
同期な感じはする絡み合いだったけど、意外とみんな身体強化能力者歴は短いのか。
自分から聞いておいてなんだが、目の前にあるごちそうを全員で元気良く『いただきます!』をして食べ始める。
「んっ! 本当にうまい……。彩って、勝手に料理は作れないかと思ってたけど、すごいな」
「なっ! 失礼な先輩ですねー。料理も作れる美少女の後輩ですよー? 優良物件なんですから!」
「わるいわるい。って、優良物件とか自分でいうなよな……この、から揚げの味付けとか俺の好みだよ」
一口で食べられるくらいの美味しさに頬が緩んだ。赤飯も、大学入学以来だし、おにぎりもロシアンルーレットのように具を楽しんでいる。
ただ、東さんが怖いことを言っていた。
「――このおにぎりの中に、一つだけ……激辛焼肉が入っているので、お気をつけて……」
思わず息を呑む俺はおにぎりを避ける。
本当のロシアンルーレットで戦慄する中、見事引き当てたのは夜市で、火を噴くような勢いで転げまわっていた。
他人事のように大人は酒をあおり、未成年は缶ジュースを飲んで、俺と夜市以外は和んでいる。
「えっと……夜市、生きてるか……?」
「ぐぅが……ぁあ……ぐる、しぃ……」
「雪ちゃん、そいつは放置してて大丈夫だからぁ。酒飲む?」
相変わらずの調子で未成年に酒を勧めくる光に肩を落とした。
温泉旅館では、酒に酔って寝たのかと思っていたが、素面のように顔も赤くない光と、完全に酔っぱらっているナギコ先生を見比べる。
「未成年に酒を勧めるな……。てか、光って酒強いんだな?」
「んー、そうかもねぇ。よく、酒豪って言われるわぁ。もしかして、酒が強い俺に惚れたぁ?」
「……そんなわけないでしょう!? 先輩は、そんな軽い男じゃないんですから!」
反対側にいる彩が俺たちの話に割って入ってきた。いつもの光景に思わず笑ってしまう俺の背後から、スッと腕が伸びてきて首を掴まれる。
「ひっ……!」
思わず情けない声が出てしまい、横から良く知る笑い声が聞こえてきた。
「ふはははっ! ひっ! だって、可愛すぎるだろぉ!? 可愛い子ちゃん、アタシに酒を注いでくれよ」
「……な、ナギコ先生……。手が冷たかったんです! 酒のせいですよ……この酔っ払いが」
「あぁん? いま、なんか暴言言わなかったかぁ? ナギコ先生のお仕置きが受けたいのかい?」
お仕置きで俺のトラウマが思い返されると顔から血の気が引いていく。
これが、絡み酒か……。
横ではナギコ先生を俺から引き離そうと手に力を入れる彩の姿がある。
俺たちは花見に来たはずなのに、いまでは誰も桜を見ていないことに気がついて現実逃避するように上を向いた。
「はぁぁ……。しだれ桜、綺麗だなぁ……」
「ナギコさん! 先輩から離れてくださぁぁい!」
「可愛い子ちゃんに抱き着いて、可愛い子ちゃんに絡まれるとかいいねぇ!」
おとなしく酒を飲んでいたはずの光は、復活した夜市とまた騒いでいるし、東さんと南雲さんは黙々とお弁当を食べている。
萌葵さんは、何やら怪しげな赤いパックをストローで吸っていた。料理で使う赤ワインのように甘い香りがする。
今日も平和な一日だ。
お読みいただき有り難うございます。
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