第15話 破壊された平穏
東さんのおかげで、無事に帰還した俺はメディカルルームに連れて行かれた。
当然、戦闘服でもあるセーラー服がボロボロになってしまった彩は着替えを済ませたあとに合流する。
なぜか今回は検査結果が出るまで時間がかかるとのことで数日休みをもらった俺は、今日も昼まで眠っていた。
天井を見つめて、あのときのことを思い出す。
昨日は、東さんも休みで昼食を持っていったが、喜んでもらえたようでホッとした。
二度目になってしまった上位のあやかしとの遭遇。あれは、偶然だったのだろうか……。
だけど、一度目のように殺されかけたのに恐怖は前より少なかった気がする。
「――やっぱり、あのとき……温泉旅館で彩と話をしたからかな」
「せんぱーい? 呼びました?」
「……うおっ!? どこから入ってきた!?」
鍵の閉まった扉を開ける音はしなかった。
それなのに、ベッドに寝転がった俺の上から彩がひょこっと顔を覗かせる。
そもそも男である俺の上に女子高生が乗るな!
「……先ずは、降りろ。話はそれからだ」
「美少女に乗られて嬉しくないですかー? ハッ! 私としたことが、はしたない……」
「自覚はあったようで良かったよ……。それで、忍者に転向したのか?」
忍者に転向するだけの能力はないらしく、声をかけても反応がなくて、上に乗ったらしい。
いや、それでも普通は乗らないだろう。
「そんなに、ボーッとしてた記憶はないんだけどな……」
「まだ疲れが残っているのかもしれませんねー。ナギコさんが呼んでたので、呼びに来ました! 結果が出たみたいですよー」
「そっか。あっ……でも、俺まだ何も食べてない」
――ぐぅぅうう……
気の利く後輩は軽食を持ってきてくれていたらしく、タマゴとハムのサンドイッチに備え付けのミニ冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して飲み干した。
「ナギコさーん。雪璃先輩をお連れしましたー」
「よぅ。元気そうで何より。あのときは、ゲッソリしてたからなー。それで、早速だけど。結果は君の言うとおり、いつ覚醒してもおかしくないねぇ」
「えっ……。そんな状態なんですか? 嬉しいことではあるんだけど、怖くもあるな……」
最初以来に訪れたメディカルルームには、白衣を着たナギコ先生の姿がある。
相変わらず、女性らしい身体つきなのに言葉は男らしい。
加えて、ナギコ先生に向ける視線のせいで、彩の鋭い眼光が俺を突き刺している。
「大丈夫です! 雪璃先輩なら、上手く扱えます。美少女の言葉は当たりますよ?」
「まぁ、表現的にいうとタマゴの殻に亀裂が入った感覚だなー。だから、心臓が痛くなったんだろう」
「ハハッ……そうだな。悪い力ではないんだし。タマゴの殻に亀裂か……なるほど」
そりゃあ、身体にヒビが入ったら痛いよな。
俺たちは椅子に座りながら話を聞き、原因が数値化して分かるとさらに安心材料になって息を吐く。
胸に手を当てると、あのときのような不調和音は聞こえない。
録音で魔力器官を聞かせてもらうと、変わらないリズミカルな音がして笑いそうになった。
穏やかな空気が流れ、部屋に戻るため椅子から立ち上がった瞬間、緊急警報が鳴り響く。
『ガガッ……あやかしが侵入しました。職員、施設関係者の方は直ちに避難してください。繰り返します――』
普段とは違う警報音に、まさかの施設内にあやかしが侵入したことを報せるものだった。
「どうして!? それよりも、避難が先決! 先輩、ナギコさんについて行ってください」
「えっ……。彩は、どうするんだ?」
「私は、施設内にいる職員や関係者を避難させてから合流します!」
急な展開に動けない俺とは違って扉を開けて走っていく姿に声もかけられず、途方に暮れる。
すると肩に触れる手で横を向いた俺にナギコ先生が口元をあげた。
「この施設は実質、あの子が管理者みたいなもんだ。心配いらないから、アタシについてきてくれ」
「は、はい……。これって、俺の力が覚醒しかけてるからとか……」
「それは分からない。だが、遅かれ早かれ知られてもおかしくはなかった。なんせ、アタシらは今年になって上位のあやかしを三人も殺てるんだ」
最初の一人と今回の三足目烏に加えて、あの二人も一人を始末している。
彩も上位のあやかしを殺したことはないって言ってたな……。
基本的にあやかしは群れないらしいが、近くで上位のあやかしが三人も殺られたら、危機感を覚えてもおかしくはない。
ナギコ先生に連れられて隣の部屋に入った俺は、壁に隠された秘密の地下通路を目の当たりにする。
「此処は、複数ある安全な逃げ道の一つだ」
「どこに繋がっているんだ?」
「君も会ったことがある"協力者"のもとだ」
地下通路は暗かったが、ナギコ先生によって灯りをつけられたことで全貌が判明した。
土を削ったトンネルのような空洞が続くだけの道。
今度は身につけているモノ以外は何も持ってくることが出来ず、思わず施設の方に振り返る俺に眉を下げるナギコ先生は、軽く頭を撫でてくれる。
「無力なのは君だけじゃない。アタシも、手当たり次第持ってくるんだったな」
「そうだ! 俺の両親は……」
「大丈夫。君の両親は、すぐに避難できる部屋にいるから」
時間の感覚が分からなくなるほど同じ道を進んでいくと、鉄の階段が見えてきた。
ナギコ先生が鉄の階段を上った先の行き止まりを軽く押したら、真四角のブロックが動いて地上に出る。
「おや? そんなところから、お客人なんて珍しい。しかも、あのときに会いに来てくれた魔法使いの卵……じゃなくて、"光永雪璃"じゃないか」
階段から顔を出してすぐにそこにいた人物と目が重なった。
一度しか会ったことはないが、印象が強すぎて忘れたことはない男。
「そこは、フルネームじゃなくて名前で呼んでくれ」
「ミスター・カイロス、久しぶりだねぇ。相変わらずのぼっちで変態かい?」
その場所は、上位のあやかしであり協力者のカイロスが暮らすコンクリートの施設だった。
「そちらこそ、ミス・ナギコ。相変わらずのようで何よりだよ。それで、何があったんだい?」
「それがなー……少しの間、避難所にさせてくれないか? ウチの施設が数分のうちに破壊される」
「えっ? 破壊されるって、そんなにヤバいのか? 彩もだけど、他のみんなに、施設と町の人たち……」
すでにどこから出てきたかも分からなくなっている地面に視線を向ける。
再び肩に手を置かれて横を向いた俺に、ナギコ先生は歯をむき出して笑った。
「そんな顔しなさんな。あの子ならやってくれる。なんたって、身体強化能力者一内最強の美少女なんだろ?」
「そう、だった……。ははっ……身体強化能力者最強の美少女とか、訳分からないけど」
「なるほど。事情は分かったよ。それなら、一時しのぎとして使ってくれていい。まぁ、"人間"用に設計はされていないから、早めに移動先は探すことだね」
周りをコンクリートで包まれただけで何もない施設では、人間なら息が詰まるのは分かるかもしれない。
待つこと一時間。続々と施設にいた職員や関係者が避難してくる中、三人の姿があった。
思わず駆け寄る俺に気がついた三人も、東さんを除いて笑顔を見せる。
「三人共、無事で良かった!」
「おぉ、雪ちゃん! 班長が先に逃がしたって言ってたから心配してなかったけど、無事な顔が見れてハグしたいくらいに嬉しいよぉ」
「そんなことより、その彩はどうしたんだ? 姿がないぞ」
辺りを見回した直後のことだった。
――ボフン!
なんともいえない音が耳に届いて、背後の地面が一部上空に吹っ飛んで落ちる。
呆気にとられる俺にひょこっと顔を出す彩が満面の笑みで手を振っていた。
「せんぱーい! もしかして、心配してましたー? よしよし、私は美少女ですから問題なしです!」
「なんだよそれ……。なんでも美少女にしたら許されるわけじゃないからな?」
「後始末をしてきました……。施設が見つかった場合、破壊する方法を知っているのは班長である私だけなので」
地面に足をついて歩いてきた彩は真顔になって事実を口にする。
覚悟が見える顔に俺は応えられず下を向いた。
「悪い……俺のせいで。みんなの家を奪った――」
「……そんなことを言っていると、班長に止められても貴方を半殺しにしますよ?」
「うはー……君枝ちゃん、過激すぎだから、抑えて。雪璃にも悪気があったわけじゃないんだからねー?」
謝罪に対して怒りを露わにする東さんの周囲はヒヤリと感じて顔を上げる。
すぐにフォローしてくれる南雲さんの言葉で思い直した。
「東さん悪い、撤回する。だけど、此処には長居できないって言ってたけど……」
「大丈夫です! 次の行き先はすでに決まっていますので!」
「おぉ、さすが俺たちの班長ぉ。それで、次の拠点はどこに?」
俺を気遣ってか、彩はもちろん、他の三人も普段と変わらない口ぶりで話す。
彩と三人の活躍によって死者ゼロで、一時的な避難場所にたどり着いた俺たちだったが、すでに次の目的地は決まっていたらしい。
ゴソゴソとセーラー服のポケットから取り出される折りたたまれた地図を広げ、彩が指差したのはバツ印がされた場所だった。
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