第13話 上位のあやかしの条件とは
資料庫で見たこともないあやかしは生まれたばかりだからか、一切動かない様子に俺は足元を見る。
黒く硬そうな鉤爪のある足が三本あった。
コイツは三足目烏で間違いない。
これは、"進化"と言えるのか……?
閉じた両目に加えて、額にも薄っすらと裂け目がある気がして、目を凝らした瞬間、獲物を捕らえるように三つ目が開く。
「――アイツ、目が血走ってないか……額の方が」
「本当ですねー。私が目潰ししたからでしょうか? 進化によって再生したみたいですけど」
「目潰しって……サラッと怖いこと言うよなお前。昔はギャグでも使われたらしいけど……」
上位のあやかしに進化したことについて語らない彩に、俺も今はそれどころじゃないと察して何も言わない。
まさか、任務を二人に任せたはずの上位のあやかしと、こんな形で顔を合わせるとは思わなかった。
そもそも、進化するなんて聞いたこともないぞ……。
彩の反応からして、彼女は何かを知っていそうだった。
「先輩、そろそろ来ます! 下ろすんで、全力で逃げてください!」
「えっ? もう囮は必要ないんじゃ……」
「囮じゃなくて、魔法使いという獲物です……。それと、応援を!」
上位のあやかしになったことで、認識を改めないといけないらしい。
俺は前にも使った緊急警報システムのスイッチを押した。
これによって、朝に聞いたような音が施設内に鳴り響き、仲間に意図しない上位のあやかしと交戦中だと言うことが分かるようになっている。
「いきます!」
「気をつけろよ……!」
今の俺にはそんな言葉しかかけられない。
だけど、彩は俺の言葉で笑顔になる。
人型になったにも関わらず三足目烏は無言で標的の俺に向かって羽根を羽ばたかせた。
「先輩! 斬撃に気をつけてください!」
「わ、わかった!」
羽根を羽ばたかせただけにも関わらず、頭をかすめる見えない刃によって壁に裂け目が出来る。
先ほどは突風だけに留まった攻撃が、上位のあやかしになったことで鋭い刃になった。
「三足目烏って感じだったときは、斬撃なんてなかったのに……」
中位と上位の差を目の前で見せつけられる。
彩も黙って見ているわけもなく、空中に跳び上がり心臓を狙った回し蹴りによって三足目烏は勢いよく吹っ飛び壁に激突した。
だが、強固な羽根でガードしたらしく直ぐに体勢を立て直して攻撃をくわえる彩の横を飛び去り俺に向かって急降下してくる。
「なっ……! 先輩ッ!」
「えっ……うおっ!?」
よそ見をしていたわけじゃないが、衝突によって立ち込めた粉塵によって姿が見えなくて油断した。
「私を無視するなー!!」
「彩……!?」
だが、回避する前に背後から彩の強烈な、かかと落としが羽根に当たって俺の横をかすめる。
片翼で半回転して彩に向き直る三足目烏は、興奮した様子で目を血走らせていた。
「お前の相手は、この私なんだから!!」
今度は彩に向けられた斬撃を紙一重で身体を傾けさける俊敏さに目を見張る。
上位のあやかしだろうと本来の彩なら直ぐに仕留められるはずだ。
「足手まといで……見てるだけなんて、もどかしすぎるだろう!!」
腹の底から叫んだ瞬間、急に胸が痛くなり思わず右手で押さえる。
ギュッとシャツを握りしめるように押さえつけるが、雑巾を絞るような痛みに屈みこんだ。
「うっ……急に、なんだよ……。魔力器官の影響か? 心臓の音が……不協和音みたいに、ぐにゃぐにゃしてて……気持ち悪い」
左手で口を押さえるが吐き気があるわけじゃない。
自分自身の異変に翻弄されている中、地面が揺れるほどの衝撃が鼓膜を刺激して前を向く。
「先輩! 雪璃先輩、大丈夫ですか!? 汗が……凄いです」
派手に遠くまで蹴り飛ばしたようで、俺の異変に気がついた彩が駆け寄ってきた。
胸を押さえて大量の汗を流していた俺を見て、三足目烏が進化したときのように真剣な表情をする。
「もしかしたら、先輩の感情の変化か、この緊迫した状況で魔法使いとしての力が、開花しようとしているのかもしれません!」
「それって……いいことだよな?」
「もちろんです! ですが、今の状況的には……三足目烏も、明らかに先輩の異変に気がついています」
足手まといが嫌で、力が欲しいのに……。
覚醒するまでも、守られないといけないのかよ。
彩はスカートのポケットから可愛らしい花のハンカチを取り出して俺の額を拭いてくれる。
「大丈夫です! 初めては、誰だって護ってもらっていました。あの三人だって、私が護ってあげていたんですよ?」
「……それじゃあ、彩は、誰かに護ってもらっていたのか?」
「それは……私は、特殊なケースで……覚醒したときには強大な能力を、持っていたので」
思ったとおり、彩は護るばかりで一人で戦っていたのだと分かって下を向いた。
そんな中、どこまで飛ばされたのか分からなかった三足目烏が、先ほど以上にギラついた目で飛来してくる。
「三足目烏が戻ってきました。人型になったことで、心臓を狙いやすいんですが……」
「俺は、大丈夫だから……集中してくれ」
「先輩……。今度こそ、雪璃先輩には指一本近づかせない」
何か混ざり合うような力を彩から感じ取るが、一瞬だけで分からなかった。
こちらに来る前に走り出す彩の背中に拳を握りしめる。
「彩の負担になるな……! しっかりしろ、俺の身体」
だが、俺の気持ちとは裏腹に三足目烏は彩共々まとめて葬るつもりで大量の羽根を飛ばしてきた。
降り注ぐ攻撃を躱すことが出来ず、とっさに両手を身体の前に出して防御姿勢をとるが、痛みのなさに前を見る。
セーラー服の切れ端が風で舞い、目の前にはボロボロになった彩の姿があった。
「彩……ッ!?」
流血は見えないが、再び羽根を羽ばたかせる三足目烏に、次の攻撃がくる……!
「――遅れて、すみませんでした。少し、手間取りまして」
再び飛んできた羽根を足を回転させることで生まれた風圧に、残りを指で受け止めた東さんが彩の前に立っていた。
その羽根は、どこか凍っているようにさえみえる。
「東、さん……!?」
「君枝さん、来てくれてありがとう! これで、全力が出せる――先輩をお願い!」
一度だけこちらに視線を向けた彩は、三足目烏が進化したときの光景が浮かび上がるような血走らせた目で、俺の視界から消えた。
目で追えないほどの速さで、追撃を躱し背後に回った彩の手刀が三足目烏の心臓を貫く。
「うっ……少しだけ、グロい」
思わず胴体を貫いた彩の左手に背筋が凍りついた。
「――に……味方、し……哀れ……お――」
「……えっ?」
最後に人語を話した三足目烏の声が、かすかに俺の耳に届いたあと砂のように消えていく。
「せんぱーい! 大丈夫でした!? 怪我はないですか?」
「いや……俺よりも、彩の方が大丈夫かよ。さっき身を挺して庇ってくれたし」
「私は、身体強化したので大丈夫ですよ! でも、雪璃先輩が心配してくれるのは、素直に嬉しいですけど」
先ほどと同一人物とは思えない照れた表情をする彩に引きつった笑みを浮かべた。
背後から心臓を破壊したことで、今回は返り血を浴びていない彩は満足そうに見える。
ただ、俺を庇ったことでセーラー服の胸元も開けて見てはいけないものがチラついて横を向いた。
「……さっき、あいつ。最後に何か言おうとしなかったか?」
「……えー? そうですか? 何を言っているか、まったく分かりませんでしたし。あやかしの言葉は聞く必要ありません」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
俺の視線で彩よりも先に異変に気がついた東さんが鬼のような形相で睨みつけてくる。
落ち着いた彩も視線を下にして叫び声をあげ、両手で胸元を隠して顔を赤らめた。
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