第12話 三足目烏の異変
「確か、烏だけど……あやかしだから、日中は目が悪いんだったはず」
気付かれないように巣から遠ざかり、入って来た壁際に寄った瞬間、走り込むように空中を跳び上がってきた彩と激突した。
響く衝撃音に、巣を見るが起き上がる様子はない。
ホッとしたものの、俺の体勢は大変なことになっている。
「せっ、先輩……! ごめんなさい。まさか、先輩が壁に触れるとは思ってなくて」
「それは、いいから……そろそろ、退いてくれないか?」
背中を蹴られたようにぶつかったことで、地面にうつ伏せになった体勢のまま彩に乗られていた。
自分の状況を分かっていなかったらしい彩は極力声は抑えながら、華麗に前方へ飛び退いて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……! まさか、先輩を踏んでる……じゃなくて、上に乗ってるなんて」
「いや……てか、なんでそこを訂正したんだよ」
「踏んでるなんて野蛮じゃないですかー。上に乗るは、ちょっと危ないですけど……美少女なので!」
美少女ならなんでも許されそうではあるけど……。
舌を出す彩に視線のみ外して、頭上のあやかしを確認する。
すると、かすかに人の声らしき音が聞こえた気がして首をかしげた。
「今、かすかに人の声が聞こえなかったか?」
「――聞こえました。もしかしたら、行方不明になった方かもしれません」
先ほどとは別人に思える真剣な表情に思わず唾を飲み込む。
やっぱり、笑顔を見せてくれる彩も美少女で可愛いが、凛とした表情も綺麗だ。
「雪璃先輩? 多分、あの巣にいると思います」
「あ、悪い。そうだよな……それによく見たら、巣が1つじゃないっていう」
「あやかしなので、子供は産んだりしませんが、たまに舌が肥えたのもいるんですよ。そういうのは、捕まえた日にちによって分けたりします」
急にとんでもない習性について話された俺は、肩が震える。
そんな俺に彩は両手を包んだ。
「大丈夫です……! 雪璃先輩は、私が守りますから」
「ありがとう……。俺も逃げるだけなら、前よりは多少速くなったと思いたいが」
「そうですよ! 日々の訓練を頑張っているんですから。それに、あのあやかしは中位です。被害者を救い出しましょう」
日中は視力低下を狙って俺が囮を買って出る。
彩は当然反対して説得に10分もかかった。
だが、上位のあやかしが魔法使いを狙うなら、中位以下も餌の中では上物だと気がついて襲いかかってくるはず。
「先輩……本当に、危険だと思ったら撤退しますからねっ!」
「ああ、分かってる。それじゃあ、手筈通りに……」
事前に話し合った大きな音を立てる作戦を決行すべく、俺は大声をあげた。
「このクソ烏ー! デカい成りして、頭は弱いんじゃないのかー? こっちに降りてきたら言い訳くらい聞いてやるよ!」
「えー。先輩ひどいです! そんなに馬鹿にしなくても……」
「いや……これ考えたのお前だからな? 腹黒後輩」
前から思っていたが、やっぱり彩は腹黒いんじゃないかって、今回の件で確信に変わる。
「私は腹黒くないですー。先輩に似合うだろう言葉を選んだんですー」
腹黒いといわれて文句を口にする彩だったが、急に真剣な表情に変わった。
「先輩! 来ます!」
「ああ……思った以上にデカくないか?」
「油断しないでくださいね!」
日中なのもあって動きが鈍い三足目烏は、怒りの声をあげる。
確実に烏とは呼べない声に、思わず耳を押えた俺だったが、顔は相手からそらさない。
大きな羽根をバサバサと羽ばたかせながら急降下してくる三足目烏に、横へ跳び上がるようにして攻撃を躱す。
三足目烏も馬鹿ではないようで、くちばしが地面に突き刺さる前に羽ばたいて空中に留まった。
「後ろの目が本体なのは厄介だけど! それなら、潰しちゃえばいいよね?」
「――腹黒を飛び抜けてるぞ……」
「はっ! 雪璃先輩がドン引きしている気がする……! せんぱーい、美少女JKは、そんなことしませんよー?」
言い訳をしながら余裕の笑みを浮かべる彩は、地面を蹴って飛び上がる。
空中で華麗に回転して勢いをつけた状態で、踵を三足目烏の目に振り下ろした。
身体の大きさに日中ということで俊敏な動きの出来ない三足目烏の目に直撃すると、激しいうめき声をあげる。
続けざまに三足目烏を足場にして再び空中へ飛び上がり、今度は胴体を狙って回し蹴りした。
「うわっ! 危なっ……」
「先輩大丈夫ですか!? 危ないので離れてくださーい」
「言うの遅くないか……?」
言われるまま二人から距離を置いた俺は、壁に作られた複数の巣から手を振る人の姿に気がつく。
誘拐われた人たちが、俺たちに気がついて助けを求めていた。
彩によって蹴り飛ばされた三足目烏は、すり抜けない方の壁に激突する。
それによって巣が激しく揺れて、上から叫び声が木霊した。
「上も安全じゃない。俺に出来ること……。彩が三足目烏を早めに倒せたら問題ないが、上に逃げられて危険が増すかもしれない」
本体の目を潰されたことで怒り狂う三足目烏は、大きな図体を起こして突風を巻き起こす。
俺は突風によって壁に張り付くような形になってしまった。
普通に考えて、筋力トレーニングや体力作りをしたとはいえ、身体強化能力者じゃない俺には彩のように巣まで跳び上がることは不可能に近い。
「この突風を活かしたとしても、安全に降りられないと意味がない……俺たちは、行方不明者の捜索に来たんだから、心臓を狙いにくいコイツを俺が引きつけて彩に!」
先ほどの衝撃によって落ちてきていた枝を掴んで、突風を逆手に取って三足目烏に投げる。
運良く羽根に当たると彩から再び俺に標的を変えた。
「ちょっ! 雪璃先輩、何しているんですか!?」
「彩! 俺たちの第一目的は、行方不明者の救出だ! 俺が囮になっている間に、助け出してくれ」
「でっ、でも! ぐぬぬ……分かりました! くれぐれも無茶はしないでくださいね!」
一瞬だけ迷った彩は俺の目を見て首を縦に振る。
すぐに行動を起こしてくれた彼女から、三足目烏に意識を戻してすぐ、くちばしによる攻撃を突風を活かし回転して避けた。
三足目烏の巣がある空間は、長方形のように長くて一本道なのは都合がいい。
俺が日々の鍛錬で培った足で地面を蹴って前に走る。
後ろから悲鳴が聞こえてくるから、彩が救出活動をしてくれているに違いない。
「彩の、合図をがくるまで……全力疾走だ……ッ!」
激しいうなり声に目が見えないことで、壁に激突する音をさせながら迫りくる巨大烏を振り返ることなく走る。
体感5分ほどして限界が近づいてきた俺は口呼吸になっていた。
「せんぱーい! 全員、救出しましたー!」
背後から聞こえてきた大声で振り向けないまま、俺は一か八かで、すり抜けられる壁に向かって横に回転して跳びあがる。
万一に備えて両手で顔を庇うと、身体がすり抜けた俺は元の場所に飛び出た。
だけど、獲物である俺が居なくなってアイツも出てきたら意味がない。
だが、シーンと静まり返るまま一向に出てくる気配はなく、意を決して中に戻ると彩が交戦していた。
「せんぱーい! 無事で良かったです! それじゃあ、ちゃっちゃと終わらせるんで、待っててくださーい!」
「あ、ああ……。さすが、彩だな。心配する必要はなかったみたいだ」
安心しきって呼吸を整える俺は、背後にいたことで閉じた本体の目が開いていることに気がついて、背筋が凍りつく。
しかも、何か様子がおかしい。
「彩! コイツ……身体が光ってないか!?」
「嘘でしょ……この光は――先輩、失礼します!」
「えっ? って、うおっ!? 彩、俺は男だぞ」
血相を変えて走り込んできた彩に荷物のように担がれると、大きく飛躍して距離を取る真剣な表情に顔を上げて横を向くことで辛うじて様子が分かる。
いつの間にか、のたうち回るように胴体を地面につけて羽根をバタつかせる三足目烏に目を見開いた。
そして、次の瞬間眩しい光が空間を覆い尽くし、俺は反射的に目をつぶる。
「先輩! 大丈夫でしたか? まさかの厄介案件でした……」
「えっ……? 何が――嘘だろ?」
目の前にいたはずの三足目烏の姿はなく、代わりに黒い艶のある長髪に背中から全身を包み込めるほどに大きな双翼を広げる男が、こちらを睨みつけていた。
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