第11話 一般人からの依頼
温泉旅館から帰ってきたあと、光と少しあった俺は平穏な日常を満喫していた。
日常ではなく、非日常ではあるが……この施設内にいる間は、逆に平穏を感じられる。
"例外"を除いて任務は夜だから逆転生活で、起きるのが昼食時になってしまっていた。
例外というのは、上位のあやかしは昼でも悪さをするということ……。
「彩ちゃーん。一般人からの依頼書が来てたよー」
「えー? 珍しいねー。なんだろう」
職員の女性から白い手紙を受け取る彩は、俺の前で読み始める。
俺たちは昼食を食べるため、今日は施設内にある食堂にいた。
一人になりたいときは、支給される弁当を食べている。
俺は、今日のオススメであるカツ丼を食べていた。彩は、刺身定食に箸をつけた直後で口をもぐもぐと動かしている。
「先輩。これは、雪璃先輩にとっても良さそうな任務かもしれません」
刺身を美味しそうに食べたあと、真剣な眼差しでこちらを向いた。
表情のギャップが凄いが、好きな物を食べる彩の笑顔を見ているのは好きかもしれない。
「えっ? どんな案件なんだよ」
「簡単に言うと、神隠しです! まったく気付きませんでしたが、壁の中に人が消えるのを目撃したらしいです」
「へ? 壁の中に人は入れないだろう……てことは、あやかしの仕業ってことか」
彩はおもむろに頷くと、残りの刺身に手を付けていく。
あやかしとは言葉で分かり合うことは出来ない。
『腹が減っては戦はできぬ』ということわざがあるように、食事は大事だ。
「御名答です! 多分ですが、このあやかしには心当たりがあります。上位のあやかしではないので、安心してください」
「えっ……ああ。悪い……まだ、上位のあやかしは少し怖いのはあるからな……」
「最初でアレじゃ、一般人なら精神崩壊してますから、雪璃先輩はもっと誇ってください。一緒に強くなっていきましょう? 私は、貴方の頼れる後輩ですから!」
俺よりも遅く食べ始めたのに、ほぼ同時に食べ終わる彩に目を丸くしながら、ドヤ顔で胸を張る姿に笑ってしまう。
「後輩に守られる先輩って、世間的にどうなんだよ?」
「世間体なんて気にしないでください! これは、私と先輩の問題ですからっ」
「うーん……じゃあ、先輩の俺としては、もっとカッコいい姿を見せたいところなんだけどな」
普通に考えて、18年ただ生きてきた一般人の俺と、いつからあやかしと戦っているのかも分からない彩とでは歴が違うのは分かっていた。
だけど、俺が人間の希望といわれる魔法使いなら、早く魔法が使いたい。
少しは後輩の重荷を軽く出来るかもしれないから。
「先輩は十分カッコいいですから! では、今から調査に行ってみますか? 上位のあやかし以外は日中は活動してませんからチャンスです!」
「敵を背後から襲うみたいな?」
「敵の裏をかくのも戦いの基本ですから気にしたら負けです。それに、相手も自分の陣地に人間を誘拐てますからねー?」
戦略ということらしい。
でも、温泉旅館から帰ってきた俺は職員の話を聞いてしまった。
最近では、22時を過ぎる前からあやかしが活動していると。
思うと三月に入って春に移り変わってくる季節で、街頭が減った町では良く見えていた星空が見えない代わりに、少しだけ青に染まった夜空が見える気がしていた。
夜といったら普通は黒いはず。彩が何も言わないから俺も聞いてないが、小さな変化は大きな変化の前触れだ。
食事を終えた俺たちが席を立った直後、恐怖を煽るような警報が施設内に鳴り響く。
「これは、緊急警報か!? つまり、上位のあやかし……」
俺が体を強張らせていると、後ろの廊下から聞き慣れた声が耳に届いた。
「あーあぁ……気持ちよく寝てたのになぁ? おはよー、お二人さん。今のは俺と、オッサンで行くから安心しな」
「おいおい……オッサンじゃなくて、お兄さんなー? アーユーOK?」
「うーん……オーケェ」
寝起きの光と、密かに憧れている大人な南雲さんの姿に胸のつかえが取れる。
こんなときでも冷静にツッコミを入れる南雲さんに笑ってしまいそうになるが、自然体な二人を見ていたら緊張も解けていた。
「それじゃあ、今回は二人に甘えましょう! 私たちは、別の任務がありますからね」
「ああ……二人とも、気をつけて」
「雪ちゃんに心配されるの、なんかゾクゾクして良いなぁ。って、痛ッ!? 班長、蹴らないでよぉ……言葉だけなのに」
一言だけ声をかける俺に対する気持ちの悪い光の反応に、問答無用で彩の膝蹴りが炸裂する。
膝をさすりながら去っていく二人の後ろ姿を見送り、俺たちも現場に向かう。
「基本は二人行動だっけ……一人足りないときは、どうするんだ?」
「雪璃先輩がいなかったときは、三人と私は基本一人行動でしたよー。一人のが気軽なので」
「えっ……。てことは、今の俺はお荷物じゃ……」
現場である住宅街に向かう中、他愛もない話をしていたら聞いてはいけない本音に思わず口を押さえるが、すかさず反論してくる彩の顔が近い……。
「先輩に至っては、そんなこと一切ありませんから! むしろ、私の活力になってます」
「それなら良いけど……えっと、現場は此処だったか?」
「ですねー。うーん……若干ですが、妖気を感じます。この壁に」
なんの変哲もなく見える壁の一つを指差す彩の言葉で、不用意に壁へ触れた俺は、手からすり抜けるように身体ごと吸い込まれる。
「へっ……? ちょっ――」
「雪璃先輩!? 初心者が一番やっちゃダメな行動パターンですよー!」
最初に教えて欲しかったと言いたかったが、吸い込まれた俺は何も返せず、迫る壁の恐怖に息を止めて目をつぶった。
人間、息を止められても普通は1分も難しいため、限界がきて思い切り吸い込むと同時に目を開ける。
「なっ……想像していたのと全然違うぞ。もしかしなくても、このあやかしって……」
辺りに目を配ってすぐに分かった。
地面に散らばった無数の黒い羽根に、見上げた先には大きな鳥の巣がある。
しかも、散らばった羽根は俺の身体くらいに大きい。
下からわずかに見える巣の中には巨大すぎる黒い物体が眠っていた。
――三足目烏。
「……この間、資料庫で知ったばかりのあやかしだ」
前には普通に二つの目と足があって、後頭部に一つ目と下腹部に足がある奇妙なあやかしだ。
後ろが本体で、前は偽装だと言われている。
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