第10話 プライベート 〜西城光~
数日前にうちの班長が、保護対象の”人間”を連れてきた。
能力者といって子猫を拾うように、施設へ連れてくるのは今に始まったことじゃない。
そう思っていたら、まさかの班長がずっと探し求めていた”魔法使い”の卵で、平凡なのに憎めない可愛い男の子。
大学一年らしくて、俺の後輩だった。
当然、学校は違うけど――。
「ねぇ……ちょっと。動きが止まってるんだけどー」
「あ? そうだったねぇ……それじゃあ、続き――」
ガタッと、扉の方から音がして視線を向ける。
「えっ……嘘だろ。こんな、いや……協会の施設で、常識を弁えろ……ッ!」
扉を閉め忘れていたことに気付かされたのは、廊下の彼と目が合ったから。
可愛い男の子は、恥ずかしそうな顔をしてバン! と音を立てて扉を閉めて走っていく足音を響かせる。
俺は歪む表情を隠せずにいた。まさか他人に見られて、高揚するとは思わないだろう。
「――悪いねぇ、子猫ちゃん。興冷めしたから、この続きは今度で……」
文句を口にする彼女を放置した。ミリタリーのカーゴパンツを履いてシャツの前を開けさせたまま、彼がいるだろう自室に向かう。
廊下の扉越しに耳を当てると、中から悲壮感漂う声が聞こえてきて思わず笑ってしまいそうになる口を押さえた。
息を整えてから扉を叩いて彼が出てくるのを待つ。
きっと警戒心のない彼は、はしたない姿を見せつけた俺だとは思わず扉を開けるはずだ。
「――こんなときに、誰だよ。もしかして、彩?」
「残念でしたぁ……。光だよ? さっきは、ごめんねぇ……扉閉め忘れちゃってて」
「ぶふっ! なんで、お前が!? えっ……終わったのか? って、そういうのじゃなくて」
混乱する彼の肩を掴んで中に押し入ると、身長さに少しだけ下を向く。
顔を青くさせる雪璃は見ていて飽きない。
老若男女イケるとは言ったが、基本的に無理矢理とかは俺のルールに反するから、したことはなかった。
ただ、恋愛すら知らなそうな可愛い反応と、班長のお気に入りだから、ちょっかいを出しているだけ……。
「雪ちゃん、俺のこと狼さんだと思ってる? 悲しいなぁ……嫌がる子に手は出さない主義だからねぇ」
「いや、この手はどうなんだよ。それに、許可なく勝手に俺の部屋に入るな……」
「肩に手を置いてるだけだけど? いやぁ、年頃の男の子だから、エロ本とかないかなぁって」
肩から手を離すと、あからさまに警戒する雪璃に、歪みかける欲望をイケメンスマイルで誤魔化す。
実は魔法使いの彼にも興味を抱いていた。
俺たち身体強化能力者よりも、人間の希望と呼ばれる存在に。
「そんなの、ないから出ていけよ! イケメンの皮を被ったチャラ男が」
「うわぁ……ヒドイなぁ。今の半分、嫉妬が入ってない?」
「知るかっ!」
強引に部屋から押し出される俺は、鍵がかかる扉の中を恨めしそうに眺めていたら、背後からほとばしる圧に顔を強張らせた。
「や、やぁ……班長。朝から、いい天気だよねぇ……」
「――今、雪璃先輩の部屋から出てこなかった? しかも、怒られてたよねー? まさかとは思うけど……手を出してないよね?」
振り返る俺の背後には、仁王立ちした班長がいる。
笑顔だけど目が笑っていないし、握られた拳の恐怖に背筋が震えた。
思わず姿勢を正して20センチ以上、身長差があるだろう美少女に頭を下げる。
「断じてしていません! 雪ちゃんが、その気なら……男として考えるけど」
「えっ? 何か言ったかな?」
「言ってません!! 班長の大事な人には手を出さないと誓います!」
目が曇ったように怖い班長から逃れるように頭を下げていると、急に言葉の雨が止んだ。
恐る恐る顔を上げると、目の前に映る恐怖の象徴は少女のように顔を押さえている。
「だ、大事な人って! まだ、そんなんじゃないからね!? 雪璃先輩は、先輩で、魔法使いの卵だから……」
ああ、こんな顔もするんだなと少しだけ安心した俺がいた。
延々と言い訳をする班長に笑わない努力をして話を聞く。
班長との出会いは、俺がまだ能力者として覚醒する前。
大学一年だった俺は、教師の言うことを守らずあやかしに殺されかけた。
そんなときに颯爽と現れたのが、中学一年だった班長。
俺は命を救われると同時に、能力者だといわれて施設にきた。
それからもう約三年経つ。
「何、ニヤニヤしてるの!? 反省してなかったら私の拳が火を吹くからね!」
「すみません。反省してまぁす。ただ、班長……ここ数日で前よりよく笑うようになったなって」
「えっ? 嘘!? そんなに変化があるわけないでしょー!」
火は吹かなかったけど、少し強めの拳で腹を殴られた。
素肌だから手加減をしてほしい。
「あのさ……人の部屋の前で、うるさいんだけど」
「ハッ! 雪璃先輩ー! 無事ですか!? この男に何もされていませんか!? 貞操無事ですか!」
「いや、貞操とか恥ずかしいことを女子高生が言うなよな……こっちが恥ずかしくなる」
内面の色が変わった班長に、それを変えた可愛い後輩を見守っていきたいと思った。
そう。あのとき助けてくれた班長の目は死んだように曇っていたから――。
「――大丈夫? こんな時間に、未だに自殺願望者が後を絶たないのね。”22時以降は出歩くな”……子供でも守れると思わない?」
透き通る声で辛辣な言葉を投げかける少女。
暗闇に映る蝶のように美しくて繊細な彼女に、俺は惚れた。
「ちょっとー! 当事者の西条光! 先輩から話を聞いたけど、また職員の女性に手を出してたってどういうこと!? 施設内は禁止って言ったでしょー!」
「あー……すみません。これからは気をつけまぁす」
「これ、絶対反省してなくないか? 話を聞いてると、今に始まったことじゃなさそうだし」
班長に惚れたのは恋愛感情じゃなくて、その生き方に。
班長が望むなら、雪璃に眠る魔法使いとしての力を目覚めさせる手伝いをしたい。
魔法使いの力は強力で、俺たち身体強化能力者が束になっても勝てないあやかしの王を唯一殺すことが出来る”人間”。
もしも、そのことで大切な何かを失うとしても――。
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