『ピッツァ! ピッツァ? シティ!?』11
ガタンゴトンと揺れながら、次の拠点まで移動する。移動の間は、住居スペースのベッドがある通路の長椅子部分に集合して、雑談をしながら移動する。
スキップしてもいいんだけど、せっかくの交流の場だから、鉄道の旅を楽しむのもいいよね。
「そのお爺さん、わたくしも会いました。チーズにとても情熱を持っている方で、店舗の従業員が全員朝から晩まで1日かけて教わっていました」
「1日ずっと!? すごい、私は1時間でへとへとだったよ」
「1時間で終わるとは、筋がよかったのですねアカネちゃんは」
「また来るって言ってたので、分割で指導に来るんだと思います」
「わたくしの店舗も、2日間に分けていらっしゃいましたよ」
ミテラさんと隣同士に座ったので、先日のチーズお爺さんの話をしたら、他のお店にも行ってるらしい。元気なお爺ちゃんだ。
「それだけ上手にピザが作れるのなら、わたくしたちの大学受験も余裕で通過できそうですね」
「そうなんですか?」
「ええ。BP入試と言いまして、ピザを焼く技術によって入試の可否が決まる受験方法があるのです。学科によってはペーパーテストもありますが、わたくしたちのピッツァ家政科はBP入試と面接と論文だけですね」
「ミテラさんもBP入試だったんですか?」
「ええ。高校3年で今の店にバイトに入りまして、集中勤務でなんとかピザ焼きを覚えたのです」
バイトって、塾みたいな場所だっけ? 何にせよ面白い受験方法があるものなんだね。
そんな風にお話をしていたら、鉄道がガクンと揺れて停止した。その後、機械音が外から聞こえたので窓の外を見ると、鉄道から金属の棒が何本か伸びて、天井の一部と合体する。確か、鉄道本体を固定して揺れないようにする装置だったかな。
「今日はここで宿泊です。明日の早朝から窯を動かしてデリバリーをお願いします」
ということで、宿泊の準備に入る。最初は食事の準備なんだけど、当然のことながらピザ。ずっと焼き続けていたから、既に迷うことなく手が勝手に動いてピザを作る。
寝台車両は狭いので、中央の車両に9人が集まって作業台に椅子を寄せて一緒に食事をする。なんとアエラさんもピザ作りが得意で、焼いてもらったらこれがまたすごくおいしかった。
「アエラさんのピザ、すごくおいしいです!」
「ありがとう。でも、数枚なら焼けるのだけど、若いころに無茶してピザ肘になってね。皆さんみたいに何十枚も焼くことはできないのよ」
「そうでしたか……」
何でも、ピザ作りを無理に続けると肘を痛めて『ピザ肘』と呼ばれる症状になるようだ。生地を伸ばしたり、パーラーを動かしたりすると痛みが走って満足に作れなくなる。
毎日家庭で食べる量を作る程度なら問題はないけれど、店に立つのは厳しいとのこと。
「けど、アエラさんのピザは本当においしいです。昔は店で働いていたんですよね? どんなお店ですか?」
「ファミーリャ・ピッツァに務めさせてもらったわね」
「「ファミーリャ・ピッツァ!!」」
ミテラさんとマドラさんが驚いて立ち上がる。メエルさんとマーレさんも、声には出さないけどアエラさんを見ている。
不審がられないように、私もアエラさんをしっかり見よう。
「あのファミーリャ・ピッツァですか~?」
「ええ、チャコさんの想像通り、あのお店です」
アカネ:知ってるのチャコ!?
チャコ:知らない~。
うん、知ってた。
「毎年刊行されるスケッパーガイドで紹介される店舗で、星3を常に受けている有名店ですよ! アエラさんすごいです!」
例の本のこの世界バージョンなのか。スケッパーは発酵前の生地を切り分ける道具。スケッパーを使わずに、生地を手でちぎっても良い。そんな道具がどうして料理の評価基準に使われているかは謎。
「じゃあ、アエラさんはピッツァイオーロだったんですか?」
「いいえ、残念ながらそれを貰う前に肘を痛めちゃってね。それを貰ったとしても肘が壊れて長くは続かなかったでしょうね」
寂しそうにピザを一口食べるアエラさん。
「けど、アンダーピールの保守や点検をする仕事もやりがいがあって良いのよ。まぁ、もう現場は若い子に任せて今は書類とにらめっこなんだけどね。作業着なんて久しぶりに着たわ」
作業着を着ることがなんだか誇らしそうな感じで話す。そういえば、話し方もお昼と比べれば柔らかくなった気がする。やっぱり食事をしながらお話すると仲良くなれるよね。
食後は、厨房を片付けてシャワーか洗濯をする。アエラさんから先にシャワーに入ってもらい、あとは私たちが店ごとに前半と後半を日替わりで交代するよう話し合った。
洗濯は洗濯ネットを借りて、下着を入れる。他はまとめて洗濯機に入れてからシャワーに入る。前半のシャワーを待って洗濯機を動かし、乾燥器にかけて、次に後半も同じように洗濯と乾燥をして完了だ。
キリ:寝る時間がログアウトとスキップだね。
チャコ:全員ログアウトすれば時間止まるからね~。
ミカン:NPCと集団行動は時間効率が悪いなぁ。
アカネ:かなり忙しいけどね~
キリ:起きてる時間は16時間ぐらいだから、現実で4時間。続きは自宅でやる?
ミカン:そうするか。
というわけでログアウト。蒼奈はまだ他のゲームにログイン中なので、茶子と一緒に『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』で少し狩りをした。やはり『鉄の猫爪』は強い。
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帰宅して夕食後にログイン。
4人が揃ったので、朝までスキップして起床する。先輩たちは寝たふりしながらチャットで会話し、茶子はお手洗いに入る振りをするそうだ。さすが茶子、芸が細かい。
「おはようございまーす」
「おはようございます、アカネちゃん。よく寝れましたか?」
厨房にはメエルさんが朝食のピザを焼いていた。
「はい! メエルさん早いですね、手伝います」
「ありがとう。朝は何となく早く起きちゃうんです」
食糧庫に行って、今日の食材を運んでいると、ミテラさんとマドラさんがやってきた。黄里先輩と茶子もいる。ミカン先輩はお手洗いに入る振りをしてるらしい。
ほどなくして9人そろったので朝食を取り、アエラさんに今日の予定を聞いてから行動を開始した。
デリバリー先におおよその到着時間が伝えてあるため、朝食を取らずに待っているところもある。その人たちのためにも、急いでデリバリーをしてあげたい。
8人で急いでピザを作り、デリバリーの優先順をアエラさんに聞きながら次々と仕事をこなしていく。
そうしてデリバリーと拠点を数度繰り返す。
「アンダーピールの下って、カルツォーネのような膨らみが時々あるんですね」
拠点移動中、メエルさんが珍しそうに上を眺めてつぶやいていた。
「ふくらみですか?」
「えっ。あ、アカネちゃん。声に出してました?」
「はい。カルツォーネみたいだと」
「ええ。かなり大きな、つるりとした長細い何かがありますよね」
見上げて確認をするが、暗くてあまりよく見えなかった。それでもジッと眺めていると目が慣れてきて、それらしいものが見えてきた。ロケットを半分にしたような細長い何かが、天井に埋まっている。
「……確かに。でもまん丸じゃないなぁ」
どちらかというと細長い三角柱に見える。ロケットにもミサイルにも見えない。それでも、ある一定の距離を置いてところどころにあるんだから、都市に必要な機能なんだろう。
メエルさんと一緒に眺めているうちに、本日最後の拠点へと近づく。話に聞いていたけれど、ちょっとわくわくする。
今までは、窓から外を眺めると、周囲は天井や海が見える状態だったけれど、次の拠点はトンネル内にある拠点らしいのだ。
地下鉄のように何も周りは見えなくなるからその点では面白くもなんともなさそうだけど、到着する先がどんなところかすごく気になる。地下鉄が駅に到着したときにパッと景色が切り替わる瞬間は面白い。
「カルツォーネに近寄っているようね」
膨らみを一緒に見ていたら、どんどんそっちへ近寄るように進んでる。
「確かに……ひょっとしてトンネルの先って膨らみの中?」
「そうかも。楽しみね」
マーレさんは、好奇心を押さえきれないといった表情をしている。
「はい!」
当然、私も楽しみだ!
さらに膨らみへ近寄って、少し手前でトンネルに入る。しばらく真っ暗な中を進んだ後で地下鉄の駅のホームみたいな空間に出た。駅のホームといっても、その広さは非常に広く、サッカーが普通にできそうだ。
天井も20メートルはありそうなので、地下都市って感じがする。ただ、建物はほとんどなく、工事用の車両や何かのコンテナが見えるので、ひょっとしたら工事用の巨大倉庫なのかもしれない。
「今回は、この場所に職員の方が来てもらっています」
駅のホームには既に緑色の作業服を着た人が何人も集まっている。みんなピザが待ち遠しい様子だ。
鉄道が完全に停止し固定されたところで、ピザ作りを開始する。ありがたいことに待機列も準備してくれたようで、混乱もなくピザを作っては渡すことができた。
ここでもひとり3枚のルールは適用されているので、持って行った数だけ所属カードに登録される。1回で3枚持っていく人もいれば、1枚貰って最後尾に並び直す人もいる。
かなりの人数だったものの、混乱もなく終わった。ピザに向き合う姿勢は全員誠実なんだろう。
「最後にあと6枚焼いていただけますか? こちらに来ていない2名の方へデリバリーをします」
BP入試→bake a pizza
ピザ肘→野球肘
スケッパーガイド→生地を切り分けるから転じて星を切り分け評価する。




