『テラパレット』01
ゲームにログインすると、目の前には木であふれかえっている森が見える。背中を見ると、海が見える。合流する予定の蒼奈達は、近くにいない。
「おーい、アオナー! いる~?」
さすがに、それほど距離は離れていないでしょ。声が届く範囲だと思うから、叫びながら歩き回ればそのうち見つかるんじゃないかな?。
森を見ると、その先はちょっとした崖になっていた。さすがに装備が何もないので崖に行くことは危険じゃないかな。
そう。まさしく装備が何もない。登山道具どころか服も何もないままでのログインだ。さすがにTシャツにハーフパンツは着けているけれど、非常に心もとない。キャラクターメイキングは、基本的にシャツとパンツの変更だけだった。自分自身は、いつもと同じ胸元まである長さの明るい赤毛に、赤の瞳。色以外は自分とほぼ同じ容姿だ。
自己投影型のVRは、毎年身体検査を行い、役所に自分自身を登録する。その際に、自分と同じ容姿のデータが登録される。そのデータを基準に色々デザインしていくのだけれど、大幅に変更する場合は追加で登録するにはお金がかかる。髪色とか、ほくろとか日焼けとか、そういったものは無料で変更できるけれど、身長や体格を変更するのは有料だ。
ただし、変更できる範囲も常識的な範囲だけ。胸のサイズをZカップには出来ないし、体重も大人が10キロにまで下げるなど極端な変更はできない。
それと、過去の自分のデータは、パブリックで使わない限り無料で使えるので、単純に背を低くしたいのであれば昔の自分を使えばいい。
部活内で集団行動する場合、指定がない限り年齢設定は変えないように先輩から言われている。ひとりで遊ぶのは好きにしていいようだ。
「アカネ~!」
茶子だ! 手を振りつつ、合流する。茶子の容姿は、明るい茶色の髪をツーサイドアップにまとめ、瞳の色も同じく明るい茶色。現実の方も少し茶色がかった黒髪だから、そのままこっちに来たみたいだ。
「チャコ! 最初はバラバラな場所でスタートなんだね」
茶子はキャミソールにショートパンツを選んでた。異性と遊ぶには向かないゲームだな、これ。
「後ふたり。チャコが来た方の反対行ってみようか?」
「そうだね~。あ、目印にその辺の石積み上げて、矢印も作ろうか~」
「いいね! 気が付いてくれるかもしれない」
カチャカチャと石を組んでいると、
「いたいた、アカネー! チャコー!」
銀華の声が聞こえた。顔を上げると、蒼奈と一緒にこっちに向かってきてる。ふたりとも、初期設定の容姿だ。
蒼奈は青髪のストレートボブで、瞳は明るい青色。子どもの頃からずっと同じ髪形だから、見てて安心できる。服装はTシャツ、ショートパンツ。
銀華は銀髪のスーパーロングに薄紫がかった銀の瞳。癖のない真っすぐの髪いいよね。私は毛先に癖があるからうらやましい。銀華の服はタンクトップに……ショーツ? いや、ホットパンツか。すごく短いの選んだな。
それぞれ違う髪色なので、離れててもすぐわかる。
「ふたりとも何してるの?」
と聞く蒼奈に説明をすると、納得してくれた。その後、蒼奈がシーポンを操作をして、すぐに私のシーポンにパーティー申請の表示がでてきた。OKボタン押して、4人でパーティーを組んだ。どんな効果があるんだろ?
「パーティー用のチャット欄、パーティーメンバーのHP表示、戦闘経験点の分配、戦闘ログ通知。基本的にこれだけかな。細かく言うと配信・動画・音楽共有とか、他にも色々あるけど」
「ログ通知?」
「麻痺とか、敵へのスタンとかそういうの。あと経験点なんだけど、戦う場所が離れすぎた場合や、生産活動の経験点は共有されない」
ということは、パーティーは戦闘の場面で役立つ場合がほとんどか。
ちなみに、共有は他のゲームにもよく見かける。もともとゲーム内で提供されている映像や音楽、それぞれのシーポンで再生した配信・動画・音楽を見聞きしてもらうときに使うのだ。
アカネ:これがパーティー用チャット欄かな?
<アオナ>そっちは全体で、こっちがPT用。けど、外のネットワークにつながってるわけじゃないし、全体チャットを使えばいいと思う。
<チャコ>普通のゲームと仕様は変わらないね~。
ギンガ:個別チャットも変わらなかった!
[アオナ]個別はこれね。
チャットは、キーボードを使わず思考で入力可能。視界の端に文字が表示されている。
「わかった、ありがとね。それじゃあ、今回の目標を皆で確認しよっか?」
シーポンのUIを空中に表示させて、先輩からの指示をみんなで共有する。
以下のアチーブメントをクリア
『グルテン好き』
『雨の心配がない生活』
『ゴブリンの敵』
「初心者に必須のクエストみたいだね。食事と、住居と、戦闘」
「服を着ろってないんだな」
「ゴブリンと戦う前に服は作るんじゃないかなぁ~?」
このゲームは、『テラパレット』といって、マップ上にあるものを使って物を作り、建築し、冒険をするゲームだ。学校で管理されている部活用のサーバーにマップが作られていて、部員じゃなければ入れないようになっている。定期的にパスワードが変わっているので、OGでも普通は入れない。
ただ、希望すれば大学生まではOGにもパスワードの通知はあるし、社会人になっても学校への申請で入れることもあり、まったく入れないわけでもない。学生時代を懐かしんで入ることもあるようだ。
入部した1年生は、この世界で自分たちの家を建てるのがノルマとなっている。建てる場所は決まっていて、過去の先輩たちが作った町の一画に建てるのだ。その場所はここからかなり離れていて、そこに行くまででも結構な冒険である。
「最初は食料と家で手分けする?」
「いや、最初は全員で木材を集めよう。多分、このタイプのゲームって最初に作業台を作る必要があるはず」
蒼奈に話を振ってみたら、最初にやるべきことがあるみたい。何かを作るにしても作業台が無いと作れるものがほとんどないことが多いとか。
「よーし! やるぞー!」
気合の入った銀華が、近くの木に向かっていった。……なんか木を殴ってるんだけど?
「ねぇ、それで木材が集まるの?」
「わから! ない! でも! ほかの! ゲームで! 見た! こと! ある!」
そういいながら、全力で木を殴り続けている……。とりあえず、一緒に殴ってみよう!
ガシガシ叩くけど、思ってる以上には痛くない。ただ、成果が出ているかどうかはわからない。
「アオナ、これでいいの?」
「多分。木を叩くのも正解だけど、落ちてる木も活用できるはず。これを拾った石と組み合わせて……できた!」
離れたところで蒼奈と茶子が何かをしている。詳細はわからないけれど、蒼奈なら良いこと考えてくれてそうだ。
「ニャニャニャニャ!」
「ウオォォォォォ!」
木からミシミシ音が鳴ってきたので、ラストスパートだ! バキッ! と音が鳴って、綺麗に割れた丸太がいくつか落ちてきた。直径20センチ、長さ50センチほどの丸太が2本、目の前にある。ただし、叩いていた木はまだ普通に立っている。謎だ。
「あ、HP減ってる」
HPバーを見ると、3割ほど減っている。やっぱり素手で木を叩くものじゃないか。HPが自動回復してるから、今のところ問題ないけどね。
「はい、これ。石斧作ったから使ってみて?」
蒼奈が、目の前に斧を出してきた。いつの間に!? 石斧は二つ作られていて、私と銀華が受け取った。
「ありがとう!」
受け取ってから、すぐにさっきまで素手でたたいていた木を斧で切りつける。結構良い感じに木が削れて、さっきかけた時間と同じ程度の時間で、木がパッと消えて、丸太が3本に変わった。1本の木で丸太5本だ。
「切れ味すごい! ちょっと向こうの木も切ってくる!」
「切った木材は定期的に持ってきてね。多分次は石のツルハシが必要かもしれないから」
「りょうかい~」
銀華と一緒に、木が多めの場所に移動した。お互い3本ほど木を切ったところで、運搬することにした。
蒼奈達の場所に到着すると、蒼奈と茶子が座っていた。斧が追加で2つと、ツルハシが2つ、鍬が2つ、小さなテーブルが1つ置いてある。
「おかえり。材料なくなったから丸太助かる」
「石もたくさんほしいね~」
「やっぱりステータスが上がると集める量は変わるのかなぁ?
「ちょっとまってて~」
そう言って、茶子がシーポンを操作している。調べてくれているようだ。
「上げられるステータスは~、HP、MP、SP、筋力、技術、知性の6つかな~。HPは0になると死亡して~、MPは魔力で0になると朦朧。SPはスタミナで0だと継続ダメ~ジ。筋力は所持重量や攻撃力、技術は器用さや素早さ、知性は魔法攻撃や生産アイテムのレシピ解除だね~」
「スタミナがあるんだ、木を切ってても疲れた感じしなかったけど」
「戦闘スキルとか空腹は消費大で~、走ったり登ったりは消費中、木こりみたいな生産は消費小だね~。空腹ゲージが残っていれば、自動回復するらしいよ~」
「そっか、消費が少なくて空腹ゲージがあったからわからなかったんだ」
「空腹ゲージは、残っていればHP、MP、SPの自動回復。空腹ゲージがなくなったら、SPがその代わりをして、それもなくなったら最終的にダメージを受けて死亡」
蒼奈も、横で同じように調べてくれていた。さすが蒼奈!
「食事は大切なんだな!」
「他には、HP・MP・SPの各回復ポーションは作成可能。HPは赤、MPは青、SPは緑のハーブを使って、水とガラスの素材でポーションが作れるらしい」
ポーションを作るのも重要だね。できるだけ速く素材を集めておきたい。
「おっし、じゃあなにからやろう?」
「アチーブ考えると『グルテン好き』のパンの材料集めかな~?」
「小麦の種か……雑草から低確率で入手だって。緑ハーブも雑草から低確率で入手らしい。確率は低そうだけど、無駄にはならないかも?」
「雑草は何に使うんだ?」
「飼い葉や紙になるようだね」
私や銀華の質問に、的確に答える蒼奈や茶子。頼りになる!
ということで、生産はふたりに任せて、私と銀華は雑草刈りに行くことにした。
「なかなか出てこないね、小麦の種」
「緑ハーブはもう2本出てきたのにな!」
森の近くの雑草を刈っているけれど、小麦の種が出てこない。低確率といっても、場所によってドロップ率が変わるかも?
「場所移動しようか、ここじゃ出てこないかも」
「了解!」
森を離れて、少し離れた場所にある草原を中心に草刈りを再開した。しばらく刈り取っていると、小麦の種がでてきた。やっぱり場所移動してよかった!
「あ、お馬さん!」
銀華が指さす方を見ると、野生の馬が離れたところにいた。
「ほんとだ! 触れるかな?」
「行ってみようか!」
近寄ってみたけれど、一定の距離を保ったまま逃げていく。うーん、やっぱり野生だと警戒心強いよね。
「無理っぽいね。何かアイテムが必要なのかも」
「そっかぁ。そのうち乗ってみたいな」
残念だけど、今はあきらめよう。おそらく鞍とかが作れたら、銀華の言うように乗れるようになると思う。
草刈りの続きを開始。ふたり合わせて、なんとか小麦の種10本を集めることができた。草も結構な重さになってきたので、一度戻ることにした。
「すごい! 畑ができてる!」
戻ってみると、蒼奈と茶子が鍬で畑を作っていた。1辺10メートルほどの四角い畑だ!
「広いけど、小麦の種10本しかあつめてないよ?」
「ここで増やすから問題ないよ~」
なるほど、何度か収穫して蒔けばいいのか。じゃあ、次は種蒔きかな?
「待ってて、水汲むためのバケツ作ってない」
そういうと、蒼奈は丸太を小さなテーブル……作業台に乗せてバケツを作り出した。作るといっても、現実のように作るのではなく、丸太に両手を添えて集中しているだけだ。それだけで時間が経過すれば作れるんだけど、品質や速度には技術や知識が関係あるらしい。
「できた。じゃあ、どちらかが海から運んできて。その間にバケツもう1つ作るから」
バケツを1つ作るのに1分ほどかかった。短くはないけれど、現実で作ることを考えたら爆速だ。たった1分で木のバケツが作れちゃうんだからね。
「じゃあ、ギンガが汲んでくる! アカネは種蒔きしておいて!」
「了解! じゃあ、蒔いてくるね」
種を持って畑へ移動したら、茶子も蒔きたいって言ったので、ふたりで半分こした。
畑に入ると、1平方メートル範囲、このゲームで言う1区画の畑が、薄っすらと光っている。その範囲内に、4か所光が強く光る丸い点がある。ここに種を植えるのかな? 小麦の、穂の部分を強い光へ近づけると、穂の長さが少し短くなり、強く光っていたその場所が消えた。残りの3か所すべて同じ作業をすると、全体の光が赤色に変わり、水滴のマークが中央に表示された。
それと同時に、ピロリンと音が鳴って、レベルが上がった表示のUIが出てきた。
「レベルが上がった!」
「お~、おめでと~。あたしはまだだなぁ~」
そうして雑談しながら進めていると、茶子もレベルが上がった。軽くハイタッチをして、作業を再開する。
「水もってきたぞー!」
ほとんど蒔き終わった頃に、銀華がバケツに水を汲んできた。じょうろが無いので、どうやって水を撒くのかと思ったけれど、さっきの水滴のマークに水を注ぐらしい。そのまま銀華が水を注ぐと、赤く光っていた光がパッと粒子になって飛び散り、植えた場所に5センチほどの青い苗が飛び出していた。バケツ1杯で4か所水が注げるから、あと2往復で全部の畑が完了する!
茶子が次は水を汲みに行って、それからすぐ入れ替わりで蒼奈がバケツに水を汲んでこちらに来たから、蒼奈とかわるがわるで畑に水をあげた。
「海水なのに畑に撒いていいんだね」
「海岸線から10メートル離れたところで~、自動的に真水に代わるんだって~。海と川の境界を作る都合じゃないかな~?」
海と川の水を、ゲーム的に区別するとなるとその方が楽なのかな? 何にしても、使うのには便利で助かるね。
「最終的にパンを焼くために、石窯が必要なんだけど、落ちてる石だけじゃ足りないから、集めてほしい」
蒼奈が石のツルハシを持ってきて渡してきた。パンと聞いて、おなかが減ってきた気がする。よし、頑張って集めてこよう!
「わかった。アオナはどうするの?」
「『雨の心配がない生活』のために家を建てる準備するつもり」
「さすがアオナ、計画ばっちりだね! じゃあ集めてくる!」
蒼奈と手を振って別れ、石のツルハシを手に石を掘りに向かった。石を掘る場所だけど、海岸には大きな石がない。海岸沿いに進むと崖があるので、そこに行けば掘れるはず。
何事もなく崖に到着し、石のツルハシを何度か振ると、30センチの立方体の石が採れた。……見た目は重そうなんだけど、運べるのかな? 持ち上げてみると、意外と軽い。2つ……3つは重ねて運べそう。
3つ掘りだして、重ねて持ち上げてみたけれど、なんとかなりそう。じゃあ、もどろう。ツルハシの上に石を乗せて運んでいるから、割と安定して運べる。前は見えにくいけれど、わからないほどじゃない。
「おかえり~、石ありがとう~」
「ただいま、小麦の生長速いね!」
小麦畑まで戻って驚いたのは、小麦がもう50センチほどになっていることだ。さっきまで5センチだったよね?
「雑草を抜く作業するとね~、生長速度が3倍になるんだよ~」
「なるほど、手間をかけた方がいいんだね」
石を地面に置いて周りを見渡すと、蒼奈と銀華が木の土台を作っている最中だった。家の床だ!
「アオナー! 石を持ってきたよー!」
こっちに気が付いた蒼奈が、走ってこっちに来た。
「ありがとう、さっそく石窯を作るよ」
そう言って、石を作業台に持って行った。バケツと同じように、石を乗せて手を当てると、石が8つの綺麗な4角形の石にばらけた。
「石を作業台で石材に変えて、その石材を石窯っぽい形に整えて制作」
蒼奈は、石をおもちゃのブロックみたいに積み上げて形を整える。その後、いつもと同じように手をかざしてしばらくすると、一抱えほどの石窯が現れた!
「おお、すごいね!」
「すごいよね。元のサイズ無視して作れる」
私は単純に作れたのがすごかったんだけど、蒼奈は色々考えてすごいって言ってるのがやっぱりすごい。
出来上がった石窯を畑と家の間に運んで、設置する蒼奈。それと同時に、茶子がこっちに手を振ってる。
「小麦できたよ~! 収穫マーク出てる~!」
小麦を見ると、鎌のマークが小麦それぞれの上に浮かんでいる。10区画あるので、鎌も10個浮かんでいた。
「収穫するよ!」
「ギンガも収穫したい!」
「じゃあ、みんなでやろうか。まだ鎌はつくってないから、手で収穫しよう」
家の土台に居た銀華も、稲が出来たと聞いて、走ってこっちにやってきた。やっぱり収穫はしてみたいよね!
小麦を引っ張って抜こうとするけれど、かなり硬い。やっぱり鎌を使って収穫するのが普通で、素手で作業するのはやっぱり制限がかかってるんだろうな。
収穫した小麦は、1区画で4本収穫できた。最初に蒔いた4か所がそのまま生長したみたい。
全部で40本。このうち半分を次の栽培へ。残った20本をパンにする予定らしい。
「次は、チャコがパン生地、アカネは水汲み、僕とギンガは小麦の種を蒔こう」
役割がサッと決められて、それぞれの仕事に取り掛かる。バケツは……二つ持っていけるかな? 一度に運べたら、その方がいいし。
さほど遠くない海岸まで歩いていく。えーっと、バケツ1杯で4か所水が注げるから、3往復か。これ、全部の畑埋まるほど小麦の種を蒔いたら、何往復になるんだろ?
1往復が終わって、水を水滴マークに注ぎ、2往復目に向かった最中、急に目の前の景色が赤く染まり点滅を始めた。なんだこれ?
海岸付近に到着した所で、空のバケツを持ったまま、ふらっと倒れた。え? なに? そのまま点滅を繰り返す赤い光。立ち上がれない自分。
そしてそのまま視界が暗転して、届いたのは死亡通知だった。なるほど?
アカネが知らないだけで、身長も体重も胸囲も体型も、非常識なサイズにできます。性別の変更もできます。ただし、特定のアプリケーションの中だけで行われているので、公共の場で見かけることはありません。