『亡国の異世界 7つの王国と大陸の覇者』149
~~~アカネ~~~
「龍と一緒の猫がいるって聞いたけど、この子ね」
部屋の魔法使いさんたちは、全員がぼーっと立っているだけになっている。入ってきた人物に気が付いていない。
これをやったのは目の前の女性、プルトさんだ。私の意識ははっきりしているのだから、部屋全体に魔法をかけたんじゃなくて、各個人を対象にした魔法かな。
「ん? 見覚えある首輪。あの子か! なるほど、道理であの場に居たわけだ。龍が操作してるのか。となると、この首輪が怪しいけど……ここで調べるのは後にして……よし、若干サイズが違ったけど、いけるかな?」
私の入っていた籠を開けて、あっという間に私を捕まえてしまい、空になった籠には、別の白黒の大人の猫がプルトさんの手によって入れられた。
「子猫とは思わなかったからなぁ。ま、飼い主が来るまでの数時間は持つでしょ」
そのまま私を、持っていた箱に入れて蓋をしてしまう。内側から箱をカリカリと爪でひっかくと、外から指でトントンと叩いた返事が返ってきた。音が鳴った方をひっかくと、別の場所から音が聞こえる。遊んでるな?
[猫五感]を使って周辺の情報を探る。「お疲れ様です」とプルトさんが誰かに挨拶をすると、ガチャリと音が鳴って扉が開く感じがした。部屋の外に出るのか。
部屋の外に人の気配がして、その人にもプルトさんは「お疲れ様です」って挨拶をしたけど挨拶が返ってこない。
そのまま移動を続けて、室外に出た気配がする。行く先々で挨拶をしているけれど、王城の人たちは知り合い? それにしては挨拶が返ってこないな。
外に出てからしばらくすると、挨拶をすることもなくなった。それでも、どこかに移動するのが止まることはない。
アカネ:お城から外に連れ出された。箱に入ってるから周囲の情報がない。
コガネ:こっちも、動けないんだよね。いざとなったらリバ石だね。
ミカン:情報収集頼むぞ。
アカネ:はーい。
運ばれる振動に揺られながら、箱の中でバランスの取れる場所を探して寝ていると、どこかに置かれたような振動を感じた。箱をカリカリするけれど、開けてくれる様子はないので、[猫五感]を使って寝る。
「連れてきたって?」
急に男性の声が聞こえてきたので、耳を動かす。聞いたことある声だな。
「あぁ。魔術師が憑依をはがそうとしてたところを確保した」
プルトさんが男性にこたえる。部屋に入ってからカチャカチャ音が聞こえるのは、男性が何か作業をしているのかも。
「そんで、その猫は?」
「あの箱の中。魅了はなさそうだけど慎重にね」
「はいよ」
その会話をからすぐに、箱の蓋部分がごとごとと動く。
「逃がすなよ」
「わかってるって」
かぱりと開いた箱の蓋から見える人の姿。――ハウメアさんだ。箱の隅に逃げるように移動してから外へ飛び出すが、すぐにつかまった。とりあえず手足を動かす。
「どうだ?」
「どうって、普通の猫だな。この国ならどこにでもいるぞ」
首を捕まれたのでとりあえず止まる。間違いなくハウメアさんだ。合流する仲間って、プルトさんかな? 船で会ったけど、気が付いてないみたいだ。
「やはり問題は首輪か。通常の鑑定は出来ないんだ」
「へぇ、これがねぇ」
首輪を触られる。ついでに顔をなでられて「まだ永久歯はないか」と言いながら口を広げられる。噛もうとしたけれどよけられた。
「今、鑑定の精度を上げる準備をしてる。後でまたその猫を捕まえてくれ」
「あいよ」
ハウメアさんは、私をまた箱の中に戻して蓋をした。ずりずりと音を鳴らしながら箱の壁に体を擦りつけたあとで、眠るふりをする。
「そんで、成果はあったのか?」
「龍の魔玉に直接攻撃するのは無理な深さにあることだけはわかった」
「進展なしか」
「ヴィナスでやった時もそうだったから、無理な気はしてた」
「なるほどね。そいえば、マーキュリとかマアズの封印が戻ってるけど、どうするんだ?」
「しばらくは放置。今やっても戻されそうだしね、プレイヤーによって」
「あれもよくわからん集団だよな。300年前に突然現れては消えて、また現れて。魔石が無いんだろ? 俺らと同じじゃないのか?」
「世界の意思を受け取ってないか、無視してるんだろう。いずれも享楽的に生きてるように見える」
「あの見た目で知らないことが多いからな。大人に見えても実質子どもだ」
「彼らには過去の足跡が無いから突如現れたとしか思えないが、私たちとは違った常識や概念を持っている。考えられるのはあの場所の人たちしかない」
「前に言ってた、四角い建物に黒い道路の世界で、人が死にまくってた場所か」
「そう。プレイヤーが来た前後に見えた謎の世界。時代も場所もわからないけど、死んでも生き返る姿はプレイヤーも同じに見える。ま、私たちも似たようなものだけど」
「世界の意思からは何もないのか?」
「君にもないなら、私も同じだよ。多少、他の人より聞こえやすいってだけだから」
「それがでかいんだよな。王笏がそろっても何も聞こえやしない」
「訓練あるのみだよ」
それからはハウメアさんが外に出たのか、扉の音と足跡が遠ざかる音が聞こえて、残ったプルトさんが何かしている音だけ聞こえた。
気になることはいくつか聞けたけど、なぜ龍を攻撃するかという肝心なところは聞けなかった。聞くわけにもいかないし、話すまで待つしかないか。
静かな時間が過ぎて、プルトさんが「あいつ、戻ってこないな」とつぶやいた後で箱の蓋を動かす気配がする。今回は逃げずに寝たままだ。子猫の仕事は寝ることである。
箱が開いて周囲が明るくなったので、目元を腕の隙間に隠してさらに寝る。といっても、[猫五感]は使ったままなので、周囲の情報はある程度入手できる。気配を感じ取れなかったプルトさんだけれど、これだけ一緒にいるとなんとなく雰囲気はつかめるようになった。
そのプルトさんは、首輪を触っている。単に触ってるのではなく、何かを塗っているような感じだ。さっきまでの作業は、薬品でも作ってたのかな? 気になるので薄目を空けて片手で押さえ後ろ足で手を挟んだら、反対の手で塗りつける作業を続けられた。どうしようもなくなったので、力を抜いてこのまま寝る。
「さて、【鑑定】」
ようやく首輪を触るのをやめたと思ったら、すぐに鑑定をした。どんな効果があるかわからないけど、ここから逃げるのも難しそうなので、なるようになるしかない。
「プラネトルム? 過去に数度しか見たことがない貴重な素材だぞ」
素材の鑑定はできたっぽい。他はどうなんだろ?
言葉の続きを待ったけれど、さすがに結果を独り言でつぶやくことはなかったから、ハウメアさん待ちかな?
寝ながら待っていると、扉が開く音がした。ハウメアさんの気配は覚えきってないけど、別人な気がする。
「プルトさん、また勝手に触媒使いましたね? イアドのうちの支店が大混乱ですよ」
「やあ、ケレス。おかげで良い魔法が使えたよ」
ケレスさん。声だけでわかるのは男性ということだ。ちょっと低めの声で、ハウメアさんより落ち着いた口調だ。
「あのですね。星の魔石の数もほとんど無いんですから、勝手に使わないでください」
「もちろん。今回、龍の魔玉を相手に使ったところで意味がないのがわかったから、もう魔玉相手には使わないよ」
「はぁ……今度、補填できる何かを持ってきてくださいね。で、その猫は? 次の実験動物ですか?」
「猫ではなく首輪が対象。これ、かなり貴重な素材でできたアイテムだ」
「外せないんですか?」
「見事にくっついてるね。何の魔道具かこれから調べるところだ」
「首切ればいいじゃないですか」
「猫ごと消えても困るよ」
恐ろしいことを考える人だ、ケレスさんとは仲良くできない。
それにしても、今回は死亡したら魔石に変わってしまう世界なのが逆に助かった。装備ごと消えてしまう可能性があるから、相手の装備が欲しければ生かしたままにする必要がある。
「それで、素材以外は何かわかりました?」
「属性力が含まれてるね。対応する魔法が全部強化されるだろう。あと、この首輪ってひとつに見えて5つの首輪の集合体のようだ。多分、あとふたつで完成。完成したら、属性外の魔法も強化される可能性がある」
火龍のイニスさんと、土龍のテーラさん以外に首輪をもらったから、5つそろってるんだよね。龍が全員で力を合わせてひとつの首輪にしようと躍起になっているけど、デザインに優劣は許さない感じなので、パッと見た感じではひとつの首輪に見える。
魔法の強化については知らない。通信できるだけって聞いてるけど、どうなんだろ? 妙に全員張り切ってたからなぁ。ギンガの物とは形状も違うから、効果も違うのかも。
「そんなすごい物、なんで猫に? 飼い主は自分で使えばいいだろうに」
「付与された鑑定阻害が強力だから、普通の人には使いづらい。例えば誰かを鑑定して、その人が職もなくスキルもない場合は信用できるか?」
「いや、逆に怪しいな。人には何かしら特徴があるものだ」
「猫なら特徴が無くても気にされない。仕事もしないから職業は見えない。子猫にスキルが無いのも当たり前だろう。結果、鑑定で猫としか情報が無くても、違和感がないから誰もが油断して見逃す。どこにでもいるし、首輪をつけても違和感を持たれない。操作して潜入させるには最適の生物だ。案外、飼い主も操られてるんじゃない?」
王笏が取れたら全員プレゼントだったけどね?
目元を隠すポーズを最初両手で隠すって書いてたのですが、微動だにせず眠る子猫動画を見ると、そこまで光の明るさを気にしてないだろうということで変更しました。でも、両手で目を隠すポーズは好きです。




