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「え」

「疲れてル」「元気なイ?」


 知り合って間もない小鬼たちに指摘を受け、思わず苦笑する。

 自分はこんなにわかりやすい人間だったのか。


「ありがと。大丈夫だよ」


 気づけばデスクワークに数時間費やしていたらしい。

 久しぶりに無人になった事務所では、作業に没頭する暁を諫める声も、ご飯をねだる声も聞こえてこなかった。


 千晶がこの家を出て、丸二日が経った。

 甥に憑いてきた烏丸も当然のように姿を消している。


 つい数ヶ月前まではこれが普通だったはずなのに。


「赤い河童のこト。アキラ調べてル」「ル!」「ル!」

「赤い河童って、琉々くんのこと?」


 問うと、一様にうんうんと頷き返された。


「前に、車に乗ってっタ」「アキラ、女の子、気になってタ」「だから、お手伝イ!」

「ええっと……?」


 つまり、小鬼たちも三日前の車に秘かに乗り込んでいて、琉々の元いた川やそこで話した少女とのやりとりを見ていた、ということだろうか。

 まったく気づいていなかった。千晶や烏丸は、この小さな同乗者たちに気づいていたのだろうか。


「女の子の名前、サチ。家族、母一人、父いなイ」

「え?」

「家には、いなイ。母が電話で、喧嘩してタ」「してタ。母、怒ってたタ」「父に、すっごく、怒ってタ!」


 家鳴たちが我先にと報告してくるのは、どうやら先日に言葉を交わした少女──サチの家庭事情だった。


 正直プライバシー的に問題がある気がしないでもないが、サチと琉々の繋がりが見つけられるのであれば、正直とても助かる。

 恐らく軒下で観察してきたのだろう彼らからの報告に、今は有り難く耳を傾けることにした。


「ええっと。サチちゃんの家に、若い男の人はいなかった?」

「若い男、いなイ」「女の人だケ」「父は、若作りしてル、母に言われてタ!」


 なるほど。若いお父さんか。

 もしかすると、琉々の記憶にある少女と若い男はサチとその父親かもしれない。


「ね。ペンダントについては、何かお話してなかった?」

「ペンダント、地味」「茶色で、モクメ、地味」「父の、手作リ!」

「木目、手作り……それじゃあやっぱり」


 ペンダントは、父からサチへのプレゼントか。暁が一人呟くと同時に、小鬼の一人が「あ!」と嬉しそうに声を上げた。


「あと、もうひとツ! 父、テング!」

「……へ? 天狗?」


 呆気に取られた暁に、残りの二人が「違ウ」「違ウ!」と揃って首を横に振った。


「テング、違ウ?」「違ウ」「違ウ」

「じゃあ、父、何だっタ?」「……テーグ?」「……テンゲ?」


 どうやら、父に関する情報が錯綜してるらしい。

 円陣を組んで悩ましげにあぐらを掻いた小鬼たちに、暁は労いのクッキーを渡した。


「十分だよ。本当にありがとうね、家鳴くんたち」


 この事務所兼自宅には、もうあやかしをひきつける要素は何処にもない。

 きっとこの子たちも、数日以内には新たなねぐらへ移っていってしまうだろう。


 そんな、まるで子どもが拗ねたような呟きが胸にこぼれ、暁は秘かに自分を嫌悪した。




 一度引き受けた依頼は、完遂まで見届ける。

 それが七々扇よろず屋本舗の基本理念だ。


 日が傾き辺りがオレンジ色に染まっている。

 姿を見せてもらえるだろうか。一抹の不安を忍ばせながら、暁は間黒川でも人目の少ない緑生い茂る箇所まで足を運んだ。

 最近の琉々の潜伏地だ。


「……なな、おう……さま?」

「え……、琉々っ?」


 か細い声が自分を呼ぶことに気づき、急いで川沿いへ駆けていく。


 抱き上げた琉々の体はとても熱い。

 相当に衰弱していることが一目でわかった。




「われわれあやかしにとって、住み処の存在は非常に大切なものなのです……」


 慌てて自宅に連れ帰った琉々が、困ったように笑う。


「わたくしも、まさかここまで影響を受けるとは……元来暑さには強いはずなのですが、やはり少しずつ、体の不調の頻度が増して……おりまして……」

「わかった。今は無理しないで。とにかく休んで」


 本来赤茶色の肌のはずの琉々が、今は熱のせいか随分と赤い。

 ひとまず応急処置の濡れタオルを額と脇の下に設置して、ベッドに横たえた。


 三日前の遠出ではわからなかったが、あの長距離移動もかなりの負担だったのかもしれない。

 河童の好物とされるキュウリを浅漬けにして出してみたが、食欲はあまり戻らなかった。


 そして何より、この街から千晶がいなくなったことも影響しているのではないだろうか。


 存在だけであやかしに不思議な力を与える、無邪気な笑顔。

 自分を呼ぶ甥の声を聞きたくなり、素早くかぶりを振る。


 甘えるな。もうあの子はいないのだ。

 どうしよう。私は、どうしたらいい?


「……家鳴くんたち、いる?」

「いル」「いル!」「どうしタ? 河童、きタ?」

「ごめんなさい。少しの間、この子の面倒をお願いしたいの。できるかな?」


 念のため、通信連絡用のワイヤレスイヤホンを起動させたまま、テーブルの上に置いておく。

 軒下からわらわらと姿を見せた家鳴たちにあとを頼むと、暁は車のキーを乱暴に掴み取った。

 今はとにかく自分に出来ることをしよう。


 今すぐに住み処を見つけなければ──琉々の命が危ない。


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